▼   ʟ 父親たちの懊悩





「レイネが、笑わないんだ」

吐き出されたのは、優男にそぐわぬ重苦しい声だった。
レスター諸侯同盟領の小さくも活気ある港町タロム、その若き町長ルーバート=ヴァステンリユク。彼の目下の悩みは最愛の愛娘についてであった。
彼の妻は既にこの世には居ない。娘を身篭ったと同時に流行り病に侵され、方々へ飛び回り手を尽くしたが娘の命と引き換えにこの世を去った。故にルーバートは遺された娘を目に入れても痛くない程に可愛がっていたのだが──。

「今は話しかければ答えてくれるし、微笑みならば返してくれる。つい最近までは部屋に籠りきって、どこか落ち込んでいるようだったんだ。母親がいない寂しさのせいだろうが…。
とにかく他の子どもたちのように無邪気に笑ったところを、私は見たことが無くてね」

一世一代の──少なくともルーバート本人はそう思っている──悩みを零せば、数泊の宿と食事の御代の代わりに愚痴相手に選ばれたジェラルトはお手上げのポーズをとった。

「おいおい、笑い返してくれるだけ良いじゃねえか。こちとら会話もままならねえぞ。そも、赤子ん頃から表情一つ変えねえ」

「そうか、事はそちらの方が重大なようだ、すまない。だが私達には共通点がある。そう思ってこの話し合いの席を用意したんだ」

「共通点?そいつは……」

「私達は寡夫だということだ。つまり我らが子には母が居ない」

「つまり、母親が居ないからあいつ……と、レイネも感情が薄いってことか?」

「ああ。そう思って新しく妻を娶ることも考えたが……無理だ。彼女以外の妻など考えられない」

「レイネが関係に困るようほど感情が乏しいようには見えねえけどなあ」

「なあジェラルト。お前は我が子の目の奥に、何か子供らしからぬ、底の無い、深いものを見たことはないか。
上手くは言えないが、あの子は……ただの子供ではないかもしれない」

「おいおい何をバカなことを……と言いたいところだが、その感想は分からなくもねえ。子供らしくねえって言いたいんだろ?」

「あの子はもしかしたら……本当に、生まれ変わりなのかもしれない」

「生まれ変わり?」

「我が妻は、レイネを産むと同時に命を落とした。だから……」
 
「やめとけ。お前が連れを喪って傷心する気持ちも分かる。けどな、あの子はあの子だ。混同するんじゃねえよ」

「……そうだな。すまない。残務続きで少し疲れているようだ」

「おう。座り仕事は大変だな。体を動かしたほうが変な事を考える暇もない。
忘れるなよルーバート。俺たちはあいつらを……自分の子を、喪った伴侶の分まで護り育ててやらなきゃならねえ。
笑わねえってんなら笑うようになるまで見守る。それが託された側の責任だ」

「まったく耳が痛いよ。ジェラルト、お前は強いな。もっと早くお前と出会えていたら良かったよ。」

だが、とルーバートは言葉を繋げる。

「妙なんだ。教えていないことをいつの間にか知っているし、同じ年頃の子と比べてずっと大人びている。
上手く言えないがとにかく、普通とは違うんだ。……やはり……」

深刻を極めた表情、導き出される結論。翠の瞳に確信の光が宿る。

「やはり……うちの子は、天才に違いない」

レスター諸侯同盟の小さな港町、その若き長。
ルーバートは、親馬鹿であった。