▼   ʟ 少年は見つめる/Perfect? tea time



「そんなに頬張って喉に詰まらせない?飲み物はもう少し待っていて」

両頬を膨らませたベレトがこっくりと頷く。無表情に慣れたのか、従順な頷きによるものか、ハムスターのような素直な食欲を見せられたからか。その仕草は一転子供らしく思えた。
さて、この様子では早急に飲み物が必要だ。
……ええと、と唱えてレイネは家政婦に教えられた手順を思い出す。
カップをお湯で温めたから……茶葉を蒸らして……ひとつひとつ口に出して記憶を反芻しながら紅茶を淹れる様子を、ベレトはじっと見つめていた。子供の柔軟な脳みそは初めて触れる知識をスポンジのように吸収していく。

「お茶一つ入れるのにも細かい手順があるんだね。お茶によっても淹れ方が違うらしいし……」

独り言のように語りかけつつベレトの前に置かれたカップの中で、夕焼け色は波紋を立てた。湯気に乗り鼻腔をくすぐる香り。薄い感情は興味を煽られて微かに波打つ。

「どうぞ。良かったらここに砂糖と、ミルクもあるから」

すすめられるまま紅茶を口に含む。口いっぱいに広がる優雅な風味はなるほど甘いものと相性が良く、また美味しい。

「どう?口に合った?」

ベレトは頷く。それは相変わらずの無表情だったが、それが彼にとっての最大限の感情表現だとこの短時間で理解したレイネは表情を綻ばせる。

「なら良かった。誰かに紅茶を淹れるのなんて初めてだから少し不安だったの」

柔らかく吹き抜ける午後の風が二人の髪を撫でる。レイネは頬杖をついてベレトを眺めていた。それはすっかり微笑ましいものを見る目であった。
――レイネには、同じ年頃とは思えない雰囲気がある。
レイネがベレトについてある程度見当がついたように、ベレトもまたレイネを観察していた。旅の先々で見かける少女たちよりも落ち着き払っていて面倒見のよい様は、幾分か大人びて映る。そして大きな感情に左右されない分、彼の見立ては本質を突く。

「おかわりは要る?」

傾げられた小首に頷きを返せば、満足げに目が細められる。それは時折乱雑に頭を撫でてくれる父によく似た、しかしもっと柔らかい女性的な思いやり。初めて向けられる眼差しゆえに彼がこれまでの人生を辿っても答えは存在しない。微かな感情の名は空白のまま。
ベレトにとって初めてのお茶会は、海の風と甘い焼き菓子、温かい紅茶とひとりの少女だった。


――このあと彼は夕飯もしっかり完食しレイネを驚かせたのだが、それはまた別の話である。