せめて、この手のぬくもりが消えないように。 | ナノ



少年と抱擁。




甘味屋で火黒がお金を払って外にでると
先ほどまで日が昇っていたはずなのに、いつのまにか沈もうとしている。

そんな景色を背景に、火黒は真っ白い少年・・・もとい、冬獅郎を探していた。

「おーい、冬獅郎ー??」

もしや、逃げたのか?
そんなことが頭に浮かんだが、それもすぐに無駄な心配に終わった。


冬獅郎は待っていた。
人込みから逃げるように、捨てられてなお、飼い主を待っている猫のように。

火黒はその姿を遠くから見つけ、胸が締め付けられるような感じがした。


その直後、走る。
走って、驚いている冬獅郎をめいいっぱい抱きしめた。

「・・・何?」

警戒心剥き出しで、でもやっぱりこんなわけのわからない自分を
突き放さないのはこの子供がとても優しいからだと、火黒は思った。

「・・・こんなところで待たなくていいんだぞ、冬獅郎。」

ぴくり。

反応した冬獅郎に、火黒は気づかなかった。




「そろそろ行くか、冬獅郎。
・・・さっきは取り乱してすまなかったな。」

優しい笑顔だ。
冬獅郎は「別に。」と返しながら思った。

しかしこれは罠だ。
巧妙に、かつ繊細に俺を誘う罠。

優しく見せて、油断をさせて。
俺が心を開いたとたんに本心を見せるのだから酷く、醜い。


しかし、さっきのは・・・
何故受け止めたのだろう、俺は。

あんなわけのわからない者からの抱擁(ほうよう)を安易に受け入れるなんて。

おかしい、おかしい。
危うく飲み込まれるところだった。

いや、今も飲み込まれかけている。


「・・・どうした、冬獅郎?」

「いや、なんでもない。」

手を繋いで歩くなど、何時振りだろう。

きっと、手など赤子の頃、片手で足りるくらいしか繋いだことなどないのだろう。


でもこの手の温かさはきっと、偽りではないはず。



「さぁ、帰ろうか。俺の・・・いや、俺たちの家に。」


だからせめて、せめて
俺たちの家と言ってくれたこの男の言葉と笑顔が少なからず、
罠ではないことを刹那に願う。






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