婚約しました

寿と別れ、広いパーティルームの扉を開け、階段に足を踏み入れる。
まるでどこかの沈没船映画のワンシーンみたいで、少し胸を躍らせた。

なまえが階段を一段一段降りるたびに、視線が集まる。
300人以上いる人数の中で寿の姿をすぐにとらえ、二人とも微笑み合った。

「なまえ嬢!すごく綺麗ですわよ!」
「ええ!このドレスも美しい...」
「お誕生日おめでとう。」

すぐに女の子たちに囲まれ、寿の姿を見失った。
そしてお父様が現れ、一緒にあいさつ回りに向かった。
初めて会う社長、政治家、様々だったが笑顔で居続けた。

「よし、もう好きに動いていいぞ。...だが今日は全員がお前を見ている。くれぐれも醜態はさらすな。」

『はい。』
お父様から離れ、のどが渇いたのでドリンクを持っているウェイターに近づくと誰かとぶつかりそうになった。

『あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか?』
顏をあげた見覚えのない女の子には涙が浮かんでいる。

『え...』

「待てよ!由香!」
その女の子の腕を引き留める男が現れたが、なまえにとって見覚えのある顔だった。
そしてなまえの顏を視界にとらえた男は、すぐに目を逸らし、腕から逃げて行った女の子を追っていった。

「どうしたんだ、なまえ?そんな所でつったって。」
寿がドリンクを私に差し出し、近づいた。

『あ、ありがとう。...いや、恋って大変だなぁと。』

「それ、俺に言うか?」

『あ、ごめ...』

「謝んなよ。....いつ発表だ?」

『ん、あと10分ぐらい。』

「そっか。あと10分でお前は他の女になんのかー。あー、俺もお金持ちの坊ちゃんで生まれたかったぜ。」

『?』
意味がよく分からず首をかしげるなまえに寿は苦い顔をした。

「俺が...お前に見合う階級になって...お前を幸せにしたかったっつー話だよ...。」
寿は切なげになまえの頬に手をやり、優しく撫でた。
涙がでそうになったが、なんとかこらえた。

『....そうだね。』

「もう行けよ。」
心なしか寿の声が震えているように聞こえた。

『...ん。』
頬にあった寿の手を優しく握り返し、離した。


そして人ごみをかき分けながら上崎が待つようにいっていた、古時計の下に立つ。

「お嬢様、早かったですね。」

『うん...暇だし。』

「...では早めに裏に回りましょうか。」

そしてステージの裏に回る。
着いたと同時にお父様とお母さまのスピーチが始まり、黙って聞く。
そして合図とともにステージの上に足を踏み入れるとおびただしい数のスポットライト、フラッシュ、視線を浴びた。

『本日は〜』
用意していたスピーチを言い終えると、お父様が一歩前に出た。

「実は娘が幼い頃から決めていたことがあり...」

お父様は婚約について話し出す。

「日本四代財閥の一つである藤真家のご子息と婚約を決めております。」
と言うとさらにフラッシュが多くなり、ざわめきの声が上がる。
そしてみんなの視線が横にずれたので、横を見るとステージの袖から男が現れた。
お母さまが私に婚約者、という事を耳打ちをしてくれた。

フラッシュでよく顔が見えなかったが、慣れると顔がはっきり見えた。
先ほど、泣いている女の子を追いかけていた美少年だった。
それ以前にどこかで見た覚えがあるのが思い出せないでいた。

そして司会者に隣に立つように促されたので、ゆっくりと彼の傍による。
彼は私を見て微笑んでいる。
先ほどの女の子を追いかけていた険しい顔とは異なり、どこか嘘があるような笑顔で。

そして彼は腕を少し広げたので、私も微笑みながら彼の腕を組んだ。
そして前を向き直ると寿と目があった。
小さく拍手をする姿を見てどうしようもない気持ちにかられ、今すぐステージから飛び降りたくなったが、さすがにできなかった。

司会者の話を聞く限り、私とは一つ年が離れていて寿と同じ年、そしてバスケットボール部の監督であり、エースらしい。
名前は藤真 健司というらしい。

そして彼にマイクがわたり、言葉を選びながらスピーチをして決めはこうだ。
「彼女と幸せになりたいと思います。」
その言葉に会場の女の子の叫び声が聞こえた。

二人でそのまま舞台そでに降りると、すぐに腕を離した。
沈黙が流れたが、最初に沈黙を破ったのはなまえだった。

『えと...北大路 なまえです。よろしく?お願いします....。』
すると彼の張り付いた笑みは消え、無表情な顏になる。

「ああ。」
低い一言の声だけ返され、彼は人ごみの中に消えて行った。

彼のあまりの違いさになまえは唖然とした。
そこに上崎が現れた。

「お嬢様、お疲れ様です。...どうかしましたか?」

『何なの、あの男!これから一生一緒だってのに!!よろしくの一言もないわけ?!』

「お嬢様....。声を抑えて...。」

『腹立つ!!』

そしてその後はパーティルームに戻っても質問攻めでストレスがたまる一方のまま、パーティは終わりに近づいていった。

お父様の一言で閉めくくられ、来てくれた方たちに見送るために玄関の前で愛想を振りまき、残り数人だった所に寿が現れた。

『寿...。』

「誕生日おめでとう。じゃーな。」
それだけ言い、彼はわたしに背を向け、帰って行った。

全員が帰ったのを見て、ため息をつき、部屋に戻ろうとすると上崎に呼び止められた。
「お嬢様、まだ終わっていませんよ?」

『どういう事...?』

「これから藤真家の方ともう一度顔合わせです。」

『え?!さっきもやったじゃん....。』

「これからの事について健司様も交えて、お話をするそうです。」

『あんな奴に様つける必要ないって。』

「お嬢様..。」
上崎はそんな私に頭を抱えるが、とりあえず客間に向かうとすでに全員が揃っていた。


「来たか、座りなさい。」
と促され、ソファを見渡すが空いているのは健司とやらの隣だったので大人しくそこに座った。

「今日から晴れて君たちは夫婦も同然だ。」
お義父様が私たち二人を見ながら話しだす。

どうやら私たちは藤真家で暮らし、藤真家の中でも二人の為に建てられた別邸に住むらしい。
今迄通りの高校生活を送り、私はそれ以上に花嫁修業を受けるらしい。
それも藤真家はヨーロッパに事業を拠点としていることから、英語だけでなくフランス語、ドイツ語を学ばなければいけないらしい。
勉強はどちらかというと苦手ななまえにとってどれも頭が痛くなるようなことばかりだった。

来週からの予定だったが、どうやら明日中には荷物を全部整理し、明後日から住むらしい。
ああ面倒だ。

そして解散した。
今日はもう遅い事からか、藤真家は私たちの家に泊まるらしい。
最後まで気を緩めることが出来ない。

部屋に戻り、ベッドにダイブした。
上崎が着替えなさいと言ったので適当に脱いで、気づいたらそのまま寝てしまっていた。

明日からは忙しい。

fin



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