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風になれっ!

今日の休日練習に、甲斐くんが珍しく自転車で来ていた。
「たまには気分変えてこーいうのも良いと思ったんだばぁよ」とか言ってたけど、おそらく遅刻しそうだったからだろう。
乗って来たのがママチャリみたいに荷台が付いてる奴だったから確実に朝慌ててお母さんか誰かの物を借りて来たに違いない。
たぶんおそらく、十中八九。
…いやまあそれはそれで構わないんだけど、自転車があるという事に目を付けた奴がいた。
そう、何を隠そうあのコロネ野郎こと木手くんだ。
人の手より多くの荷物を運べるだろうと、買い出しを押し付けて来た。
うちと甲斐くんに。
自転車乗って来たのは甲斐くんなんだから買い出しは甲斐くんだけに行かせればいいのに…と思ったけど、考えればそれは無理なことだった。
寄り道帝王な彼には1人で行って余分なものを買わずにまっすぐ帰るなんて、そこの道行く赤の他人に連帯保証人になって貰えるくらい無謀な話だ。
うちはさしずめ買い出しプラス甲斐くんの面倒を見ると言う役どころか。
それは大変面倒くさい。

「涼音―!ぬーしてるんばぁ遅いんどー!」
「ちょ、待っ……はやっ!」

冒頭で話したとおり、ただいま甲斐くんと買い物中。
今はまだ買い出し前だから荷物はないんだけど、それをいいことに甲斐くんはチャリに乗ってスイスイ走って行ってしまう。
うちは徒歩なんだからその辺を考えていただきたい!

「ま、待ってよもー!」

声を上げると、それに反応してようやく甲斐くんが止まってくれた。
数メートル先で。

「ったく、遅いだろー」
「一般女子の脚力を過信しないで貰いたいんだけど!」

やっと甲斐くんの横に着いて必死になって訴える。
なのに甲斐くんときたらあっけらかんとした顔をしていた。

「自転車と並走くらい出来ねーと駄目やし」
「無理だろ!さっきも言ったけど一般女子の脚力なめんな!」
「涼音はそこらのいなぐ(女)と違うだろ?」

それは良い意味でなのだろうか。
いやもう…詮索するのも面倒くさい。

「…というかさ、普通女子を走らせて運動部男子がチャリ乗るかな!?逆じゃね!?」
「あー…ま、そういやそーだなぁ」

おい、今更気付くのか。

「せめて甲斐くんはチャリ押して歩くとかしたらどーなの?」
「んなくとぅ(事)したら遅くなるさー」

遅くなるのが嫌なら甲斐くん一人でぱっと行ってぱっと買い物して帰ればいいだろ!

「あ、ならやーも乗ってきゃいいやっし」
「…は?」

良い案浮かんだ!とばかりに言って来る甲斐くん。

「え、うちも…ってどういう事?」
「やくとぅ、やーはここ乗りゃいーってくとぅさー」
「え?」

甲斐くんはべしべしと後ろの荷台部分を叩いて示してきた。

「…はっ?つまり…2ケツしろと?」
「おー」

甲斐くんの言葉に目を丸くさせる。
2ケツって、つまり2人乗りってことですよね?
え?うちそんなリア充なイベントしたことないんだけど!
しかも男子となんて!
そんなレベル高いこと出来ねーよ!
というかそういうイベントはイケメン彼氏が出来てからの楽しみにしときたかった!
え?イケメン彼氏なんか出来ないって?
うるせぇよ。

「うり、こうしてる時間が無駄なんだばぁよ。乗れって!」

ぐいっと腕を引っ張られてようやく我に返る。

「うぇっ?あ、わ、分かった、分かったから」

い、いきなり掴まれて照れたとかんじゃないんだからねっ!
こいつ無意識に女子のハートを落とすテク使ってきやがるから困る!
…とかなんとかまた思いつつ、よっこらしょっと自転車の荷台部分に乗る。
おー…2人乗りなんか滅多にしないから珍しい視界。

「んじゃ、いちゅんどー!」
「えっ?あ?いきな…ぎゃっ!」

乗った事を確かめもせずに、甲斐くんはいきなりペダルを漕ぎ出した。

「待って危ない落ちるッ!止まって止まって止まれ!」

慌てて訴えると共に、背後から甲斐くんを叩く。
叩くと言う名目でほぼ殴る。

「いって!ちょ、ぬーよ!?」

でも止まってくれたから結果オーライにしよう。うん。

「いや、まだうち乗っただけだからね!?いきなりスタートされても困るんだけど!」
「あぁー…そりゃ悪かったさー」

あんま悪いと思ってねぇだろこの帽子野郎。

「じゃ、なま(今)からいちゅんどー?もういいやっさー」
「え。…あ、というより…これ、どこ持ちゃいいの?」
「は?」

やめて、「何言ってんだ?」みたいな顔。
テンションが平古場くんみたいでムカつく。

「どういう意味なんばぁ?」
「え?い、いや…出発したらどこ掴めばいいのかなーって…。ここ?」

荷台の出っ張ってる金具を指さす。

「いやそんなとこ掴んだらバランス悪いだろー」
「ですよねー…」

じゃあどうしろと。
甲斐くんの制服でも掴めと?
そんなんじゃ結局バランス悪いと思うけど!

「ま、心配ならわんにしがみつけばいいやっし」
「は?」

え、何と?
しがみ付けって?
……何この子、呑気に笑いながらマジで言ってんの?
ただのクラスメイト兼部活マネージャーにもそんな事言えるのか。
はんぱねぇな、こんな中身空っぽそうなぱっぱらぱーでも人気あるわけだ。
…ま、別に本人が言うならいいか。
うちにもイケメン彼氏が出来そうもないし、滅多に出来そうなリア充体験だ。
自分で言ってて悲しくなったよ、くそ。

「…じゃ、お言葉に甘えまして」

ギュッ

「!」
「…え」

言われたとおり後ろから思いっきり、だっこちゃん人形如くしがみついた。
そしたら何故か甲斐くんがビクッとした。
どうした!?

「な、なに?」
「い…いや…じゅんに(本当に)くっついてくるとは思ってなかったっつーか…」
「え……えっ!?」

驚いて咄嗟に離れた。
な、なんだ冗談だったの!?
分かんないよそんなん!
冗談なら即座に「冗談でしたー☆てへぺろっ!」くらい言ってよ!

「ご、ごめんマジごめん!ホントすいません!真に受けてすいません!」
「…構わないんどー」

そう言って帽子被り直す甲斐くん。
え、なに怒った?怒らせた?
そーっと覗き込むけど表情が読み取れない。
…なんか耳元赤い気がするけど、なに?
照れ…てる訳ないよねゴメンナサイ。
良いように解釈してスミマセン。

「…」
「…」

無言が気まずい。
ど、どうしようやっぱ自転車止めて歩いて行った方がいいかな!?
むしろうちが一人で買い物言った方がいいかな!?
甲斐くんと距離置いた方がいいかな!?
とか思った瞬間。


パン!


「おうふっ!?」

び、ビックリした!
急におっきい音したからまたうちが叩かれたかと思った。
何事かと前を見たら甲斐くんが両手で自分の両側のほっぺたを叩いた音だったらしい。

「な、え?ど、どうした甲斐くん?」
「…何でもねーらん!うり、へーく(早く)行かねーと木手にどやされるさー!」

振り返って言った甲斐くんは別段いつもと変わりない笑顔だった。
あ、良かった怒ってはない…みたいだ。

「そ、そうだよね、分かった」
「おー、なら気ぃ取り直していちゅんどー!」

そう言って甲斐くんはまた前を向いた。

「え?わ、わかっ……ぎゃあっ!」

うちが返事をするより早く、甲斐くんは自転車を出発させた。
しかも思った以上に速いスピードだった。

「ちょ、早い早い!落ちっ、落ちる落ちる!落ちるから!」
「さっきみたいに掴まってりゃいいんどー!」
「えぇ!?で、でも…!」
「スピードあげるさぁ!」
「うぇ!?ちょ、まっ……ぎゃー!」

ぐんっと一気にスピードをあげた甲斐くん。
体を後ろに持ってかれそうになり、嫌でも甲斐くんに掴まらなければいけなくなる。
い、いや別に嫌とか思ってる訳じゃないけどさ!

「涼音―!ちゃんと掴まってろよー!」
「わ、分かってるよー!」

甲斐くんの言葉に大声で返す。
くっついてるせいか、声がやけに近い。
それでも速いスピードで進む自転車、2人の声は風の中に消えて行った。




おわり

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