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病み上がりにはご用心

「神矢がインフルエンザぁ!?」

部室で平古場が素っ頓狂な声を上げた。
同じく部室にいた甲斐も目を丸くしているが、その情報を持ってきた木手は普段と変わらない顔で頷く。

「ええ。今し方職員室で聞きました」
「しんけんか…」
「ちぬー(昨日)から休んでるから気になってたけど、まさかインフルとはなぁ」
「ですから今週いっぱいは休むそうです。と言っても彼女は大した仕事はしませんからね。居ても居なくても変わりませんが」
「…」
「木手ー、部活に影響出なくても凛に影響が出るかもしれないんどー」
「はっ!?ぬ、ぬーあびてるんばぁ裕次郎!?」
「止めてくださいよ平古場クン。神矢クン如きで部活に支障を出されたらこちらも迷惑を被ることになるんですから」
「し、支障なんか出るか!」

力を込めて否定する平古場。
しかし「どうだか」と甲斐は苦笑し木手は溜め息をつく。

「インフルエンザですから神矢クンは約1週間出席停止です。まだ今は熱も高いらしいですから近付こうなどと考えないでくださいよ、平古場クン」
「な、なんでわんにあびるんばぁ!?」
「それは自分が1番分かっているんじゃないですか?」
「そ、それは… 」
「とにかく、テニスと神矢クンの休みは別です。2人とも、練習中に気を抜くことはないように」
「へいへい」
「…分かってるさぁ」

甲斐は手をひらひら振って返事をする。
平古場の方は分かっているとは言っておきながらも、顔はやはり不満そうだった。



「で、結局はこうなるんだよなー」

数日後。
平古場と甲斐、そして知念は涼音の家の前に立っていた。
手にはビニール袋、その中には飲み物やゼリーが入っている。
木手に釘を刺されたというのに、涼音の見舞いに来ているのだ。

「何が分かってるーだよ、凛?やっぱり涼音のくとぅ気になってんじゃん」
「き、気になんかしてねーんどー!ただ、おばあに話したら見舞いに行けってあびられたから…仕方なく来ただけさぁ」
「へー、おばあにわざわざ涼音のくとぅ話したんだな?やっぱ相当心配してるやっし」
「だっ…だからそういうんじゃっ…、あー!からかってんじゃねーらん裕次郎!!」
「ハハッ、まぶやーまぶやー」

声を荒らげて怒る平古場だが、甲斐はまったく謝る気や反省する気はないらしい。

「…主将はインフルがうつるかもしれないから行くなってあびてたさぁ。じゅんに行って大丈夫か?うつりでもしたらぬー(何)あびられるか分からんやー」
「たぶんいいだろー。休み明けたら出席停止も無くなるって話さぁ。…知念は涼音のくとぅ心配じゃねーの?」
「…心配はしてるさー」
「だよなぁ。さすが知念、どっかの誰かさんとは違って素直さぁ」
「…」

平古場はバツが悪そうに顔を顰める。
素直でないと遠回しに言われても、ハッキリ否定出来ないと平古場本人が1番分かっているからだ。

「んじゃ、行くかぁ」

そう言って甲斐は涼音の家のチャイムを押した。



ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。

「誰か来たよー母ちゃん」

寝っ転がりながら報告する。

「来たよー、じゃないわよ。おかーさん掃除してんだからあんたが出なさい!」
「えー?ヤダーうち病み上がりバリバリなんですけどぉ」
「何言ってんのとっくに熱引いて元気なくせして!寝転がってお菓子食べながら漫画読んでるなら少しは動きなさい!体鈍っちゃうでしょーが!腐っても運動部じゃないの!」
「いや腐ってるって娘に対する言い方。というか運動部じゃなくて(嫌々やらされてる)運動部のマネージャーだからね?体が鈍ろうがどーでもいい…」
「行きなさい!」

ゲシッ

「ギャッ!?」

蹴られた!蹴ってきましたよこの人!?
蹴るとかどこぞのコロネ眼鏡を彷彿とさせる行動止めてくれんかね!?
せっかく学校休んでテニス部と離れられたってのに!

「くそー、ドメバ(DV)母ちゃんめ…」
「文句言うならお母さんの代わりに掃除しなさい。あと掃除機かけて窓拭いて、洗濯物畳んで晩御飯作んのよ!」
「ワーイ誰が来たのかナー!?」

逃げるように玄関に向かう。
家事ポンコツなうちがやったって何も片付かないと思うんだけどね!
出来もしないのにやって余計怒られんのはイヤだから、ここは大人しく来客対応しておこう。
まあどーせ新聞勧誘かなんかだと思うけどさ。

「はーい」

ガチャ

「おっ、涼音!」
「…あっ?甲斐くん?」

ドア開けたら甲斐くんがいた。
まったく想像してないことにドア開けたままフリーズしちゃったじゃないか。
しかもその後ろには平古場くんと知念くんもいる。

「え、何しに来た?…まさか休日練習の呼び出し!?いやいや、まだうち出席停止だから行けんし!来いって言うんなら医者という名のマネージャー通してください!通したところで行かんけどなあ!
「…元気じゃねーか」
「だな。安心したんどー」
「安心?…はっ!元気だからってまだ部活には行けないからな!?行きたくな…おっと本音が」
「…呼びに来た訳じゃないさー」
「そうなの知念くん?…じゃあ何しに来たの?」
「見舞いさぁ」
「みまい…え?お見舞い?」
「ん。…うり、これやるさー」
「おぉ?」

そう言った知念くんは手に持ってる袋を渡してくれた。
中を見てみると、スポーツ飲料とかゼリーとか、The☆お見舞い品!みたいなものが入ってる。

「おーぅ…ホントにお見舞いに来たのか君ら。マジすか」
「ぬーよ、その驚いたちら(顔)?」
「そりゃ驚くさ。うちロクに仕事しないし、部活とか居ても居なくても変わんねーだろ笑笑!とか思ってるもんだと…」
「あー…」
「まあ…」
やっぱそうなんかい

なに口ごもってんだ!
いや、仕事しないのは事実ですけど!
なんか傷付くだろ!

「涼音、何してんの?誰来たの?」
「あぁ、母ちゃん…」

いつの間にか後ろに母ちゃんが来ていた。

「あらっ?あらあらー!平古場君じゃない!」
「ど、どうも…」
「それにこの子達、もしかしてテニス部の?」
「そー。お見舞いだって」

甲斐くんも知念くんも律儀に頭下げてくれる。
外面いいのな。
知念くんは中身も外も良いけどね!
母ちゃんに袋を見せると、そりゃあもう嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
いやあさっき実の娘のケツ蹴り上げてた人物とは思えない笑顔ですね!

「やっだ、やっぱり人気者ねえ涼音!平古場君だけじゃなくて格好いい子が他に2人も!あぁ〜あたしも鼻が高いわぁ〜!」
「人気とかそういう問題じゃないと思う…」

ひとりでキャッキャ喜ぶ母ちゃん。
確かにね、こいつら見た目はいいかも知れんけどね?
見た目だけだからね?
中身も良いのは知念くんだけだからね?

「…この人、神矢のあんまーか?」
「…おう」
「…なんか分かる気ぃするさぁ…」
「…確かに…」

おいそこ、何ごにょごにょしてんだ。
聞こえてるんだからな!
こんな親だからアクティブ神矢涼音氏が生まれるんだな…みたいな目で見てくんな!
母ちゃんはうち以上にアクティブなんだからな!?

「そうだ!せっかく来て貰ったんだから上がって行かない?上がって行って!」
「は、はぁ…」

ほら見ろー、母ちゃんがいつもの事ながらアクティブなこと勝手に言い出したよ!
上がって行ってって、半ば強制じゃないか!
3人とも顔見りゃ戸惑ってるってのがよく分かるよ!

「い、いやね母ちゃん?うちインフルだったんだし…」
「もう治ったんじゃない。今更うつらないわよ!」

うつるうつらない、の問題じゃないよ。
面倒なんだよ!

「丁度部屋も片付いたことだし!ねっ、ほらほら!」
「ちょ、母ちゃん!やめてやめて!迷惑してるから!」

特にうちが!

「そうそう、頂きもののお菓子もあるのよー!沢山あるから上がって上がって!」
聞けよ!

うちの話なんてまる無視で、母ちゃんは平古場くん達の背中を押している。
さすがにキッパリと断れないみたいで、みんななすがままに部屋に上がらせられてしまった。
どうしてこうなるんだ!



「じゃあお菓子と飲み物用意してくるからね〜!」

ばたん。

「…」
「…」
「…」
「……」

結局、3人ともうちの部屋に通ってしまった。
母ちゃんは鼻歌歌うくらいゴキゲンに部屋を出て行った。

「もう……その…なんと言いますか……大変申し訳ない

平古場くん達に土下座して謝る。
冗談抜きで土下座する。
頭を床に擦りつけんばかりに。

「き、気にすんなよ涼音。うり、ちぶる(頭)上げろって」
「うぐぐ…」

甲斐くんに気を遣われてしまった。

「にしても、神矢が振り回されてるなんて珍しいなぁ」
「ハハハ…見て分かる通りとてもストロングだからね…そう簡単には拒めないと思うわ」
「相変わらずだな…」
「…ん?「相変わらず」って凛、あぬあんまーのくとぅ知ってるんばぁ?そう言えばやーは名前も知られてるみたいやし」
「あー…まあな」
「平古場くん、前は定期的に家までうちを叩き起こしに来てたからね…」

家というか部屋までな。
求めてもないのにね!

「へー…んじゃもう家族ぐるみなのか。さすがやっさー」
「そ、そんなんじゃねーらん!やくとぅ人を茶化して楽しむの止めろっての!」
「…神矢、週明けから部活来るんばぁ?」
「ウェッ?あぁ、うん。残念ながら

急に知念くんに話を振られたもんだから変な声出してしまった。
病み上がりと言ったらまだ病み上がりだけど、うち自身が運動してるわけじゃないからな。
こないだマネージャーなら部活しても大丈夫ですよ、って病院の先生に言われたし。
大事を取ってあと1年休むか退部するべきだと思うんだけどね!

「それなら良かったさー。やーが居ないと凛君のテンションがずっと低かったからなぁ」
はあっ!?
「えっ、マジでか。なんか悪かったね平古場くん。でも安心して!来週からはいつもの元気な涼音ちゃんがいるから☆」
「ふっ、ふらー!」

がん!

「あいったぁ!?」

え、殴った!?
うーわ殴ったきおったでコイツ!

「ちょっ、ほんの冗談なのに何キレてんのさ!病人殴るなし!」
「もう病人じゃねーだろ!」
「病人ですー!あーイタイイタイ平古場くんに殴られた頭が痛いなァー!?」
「…それは病人ではないんじゃ…」
「細かいことを気にしたらダメだよ知念くん!それより今は平古場くんにいくら慰謝料を請求するかの方が大事なんだからね!そーれ慰謝料!いーしゃりょうっ!」

がつん!

「いでぇ!?」

前にも言った気がする慰謝料コールを手ぇ叩きながら言ったらまぁた頭叩かれた!
いつの間にか部屋に来てた母ちゃんに。

「母ちゃん!?ちょ、なんで殴る!」
「あんたのはしたない声が廊下まで聞こえたからよ!」
「はしたないって…」
「ごめんねみんな、こんなちゃらんぽらんな娘で〜」

そう言いながら母ちゃんが机にぼんぼんお菓子とジュースを置いてく。
そして誰一人と母ちゃんの言葉に否定しないというね?
「娘さんはちゃらんぽらんじゃないですよ☆」くらいの気の利いたこと言えよな!

「それじゃ、ごゆっくり!」

ばたん!

さっきより力強くドアが閉まった。うるっせ。

「…というか、インフル病み上がりと何をゆっくりしろってんだ…とっとと帰っていいよ君たち?」
「…それが見舞いに来てやった奴にする言い方かよ」
「いやースミマセンネ」

だって治った今インフルがうつる確率は低いかもしれんけど、もしうつしたとなれば確実に怒られるじゃん?
怒られるのうちじゃん?嫌やん。

「まあ…長居するのも神矢に迷惑かかるしなぁ。少ししたら帰るんどー」
「…あびられなくてもそのつもりさぁ」

母ちゃんが乱入したせいか、さっきまで目ェ吊り上げてた平古場くんも落ち着きを取り元している。

「えー、別にいいやし。晩飯時くらいまでならセーフだろー」
「いやいつまでいる気だよ甲斐くん」

なんだよセーフって。
晩飯食っていく気か!自分のお家で食べな!

「それより凛君、ノートは?」
「あー…忘れてた」
「ノート?」

ノートってなんだ?
…はっ!部誌か!?
書けというのか!?
そんな、部活休んでんだから何も書けないじゃん!
部活に参加しててもロクに書けないんだからな!

「…うり」
「おっ?…え?」

渡されたのは部誌じゃなく、フツーのノート。〇ampus。

「…えっ?」

ナニコレ?と言う目で渡してきた平古場くんを見る。

「見りゃ分かるだろ」
「…ノート?」
「分かってんなら聞くな」
「いやいやノートは分かるよ!?うちそういう意味で聞いたんと違うからね!?このノートはなんなのさ!」
「やーが休んでた授業のノートやさー。凛がまとめたんだぜ」

平古場くんでなく甲斐くんが教えてくれた。
ていうか、授業のノートって。

「……えっ、これうちの分?」
「そうだぜー」
「これを、平古場くんが?」
「…そりゃ真面目に授業聞いてない裕次郎には無理だからな」
「それはごもっとも」

授業中うちがふと気付いたらいっつも寝てるもんな、甲斐くん。
自分のノートですら取ってないだろ。

「いやー…でもまさかノート取ってくれてたとは…ビックリだわぁ…」

居ても居なくても変わらないと思ってたんだよね?

「…やーは普段から勉強してねーとテストで点取れないだろ」
「あぁ、それはまあ…」

確かにね、うちは「ノートあろうが無かろうが勉強出来なーい☆」ってタイプでもなけりゃ「ノート?そんなものなくてもテストなんて余裕☆」ってタイプじゃあない。
テスト前に必死こいて勉強してやっと点を取るギリギリタイプだから、ノートはめっちゃ重要なのだ。

「…ぬーよ、感謝のひとつもないんばぁ?」
「エッ?いやあるよ、それはすんごいあるよ。むしろなんか感激の域まで来てるというか…。平古場くん、優しいなぁと」

珍しくね。

「…」
「無視かい」

うちが久方ぶりに褒めたというのに、平古場くんは何も言わない。
変わりに目を真ん丸にしたと思いきやフンっと言わんばかりにそっぽを向いた。
いやいやいや、お礼を言われたら「どういたしまして」or「You are welcome」だろ!
…あれ、考えたらうちも「ありがとう」とは言ってないか。まあいいや!

「…ん、そろそろ帰るかー」

そこで、知念くんがゆっくり立ち上がった。

「えぇー?わんまだ何も食べてねーんどー!」
「あーはいはい、ほら甲斐くんお菓子持ってっていーから!これも、あとこれも、ポケットにいれな!ほらほら!」
「ははっ、なんか涼音おばぁみたいやし」
うるさいわ

お菓子を全部譲ってやってんのに何という言い草か!
とにかく、知念くんも平古場くんも帰る気があるみたいだし、甲斐くんもお菓子渡せるだけ渡したから今日はこれでお開きだね!やったネ!

「じゃあ神矢、また休み明けだなぁ」
「だね。今日はありがとねぇ知念くん」
「知念だけかよ!」
「それもそうだ。平古場くんも悪かったね、ノート」
「…おう」
「いや涼音!わんには!?」
「甲斐くんお菓子貰いに来ただけじゃないか」

そう言ったら甲斐くんは何でかぶすーっとしたけど、むしろこっちがお礼言われなきゃいけない立場ですよね?

「……あと、神矢」
「あっ?なに平古場くん?」
「ちゅー(今日)ここに来たくとぅ、永四郎には黙っとけよ」
「は?木手くんに?なんで?」
「あー、そういや木手に釘刺されてたんだばぁよ、ここ来る前。涼音には近付くなって」
「近付くな?え?なにそれイジメ!?

よくある「あいつムカつくから明日から近付くの禁止ね!」とかボス猿的立場の女子が言うヤツじゃないか!

「違うだろ。第一、永四郎がそんな遠回しなくとぅするはずがねーらん」
「確かに」

木手くんなら気に入らないヤツがいるなら直接目の前に行って「邪魔です。消えてください」とか凄んできてあっという間に海の藻屑にするんだろうなー。
ゲロこわ。

「神矢からインフルうつされないように、ってくとぅやさー」
「あーナルホド…ん?いやでも、木手くんも来てたけど」
「は?」
「え?」
「…しんけんか」

3人ともが驚いた顔してこっち見るもんだから、ついたじろいでしまうじゃないか。
揃ってこっち見んな!

「うちがインフルって分かったその日…だったかな?部屋にはあがらなくて家の前で母ちゃんと話しただけらしいけど、今日の知念くん達みたく飲み物とか差し入れ?お見舞い?持ってきてくれててさー」

しかも母ちゃん曰く「お大事に、と伝えてください」と言って帰っていったらしい。
母ちゃん伝いだったけど、木手くんからそんな柄にもない優しい言葉をかけられて、熱と関節痛でやられてたうちには刺さったよね。
謎の感動で泣いたよね。
あーもう、体調崩すと涙腺弱くなるのは治らないから困ったもんだよ!
この事実は誰にも言わず墓まで持っていこう。

「…永四郎…人に言いつけておきながら自分はさっさと来てんじゃねーか…」
「涼音が部活に居ても居なくても変わらないってあびたの木手なのによー…」
まじかよ

それ言ったの木手くんだったのか!
くそー、感動の涙返せよォ!

「…つまり、主将も神矢のくとぅ心配してたってことさぁ。やーぬあんまーのあびてた「人気者」、って言葉も間違ってなかったんじゃないの?」

そう優しく言ってくれた知念くんと、さっきまでふくれっ面してたのにいつの間にか元に戻って笑ってる甲斐くんと、相変わらずどっか不機嫌な平古場くんの顔を順番に見る。
あとここには居ないけど、木手くんの顔もぼんやり思い浮かべてみる。

「……そう、かなぁ…」

人気者とかおこがましいこと極まりないけど。
考えてみればみんなうちを心配してくれたからこそ、こうして来てくれてるのか…。
なんとも有難いことだ。

…そう考えたら少し、嬉しい気も…しなくもないことも、ないかな!




そしてすっかり元気ハツラツになって通常通り登校した、週明け。

「平古場くんがインフルエンザぁ!?」

木手くんが教えてくれたことに目をひん剥く。

「ええ。今し方職員室で聞きました」
「しんけんか…あーあ、うつされたんだなー、凛」
「いやいや、あの時はもう治ってたんだし!うち悪くな…」
「涼音!」
「え?」
「…ほう?」
「あっヤベッ!」

口滑らした!
甲斐くんがアチャーって顔してるよ!

「あの時、ということはつまり平古場クンと会ったんですか。俺は行くなと言ったはずですが」

き、木手くんの眼鏡が光っていらっしゃる!

「しかも慌てているところを見ると甲斐クンも行ったようですね」
「げっ」

バレた、と甲斐くんが顔を引き攣らせてる。
木手くんに隠し事とか無謀だったね!なんとなくそんな気もしてたけど!

「はあ…こんなことにならないために忠告したんですよ。どうして貴方達は言い付けを守れないんですか」

なんかお母さんみたいな言い方だな…。
あ、木手くんはテニス部のオカンだから違和感ないか。

「わ、わんと凛だけじゃないんどー!知念だって行ってたさー!」

今部室にいない知念くんのことまでもバラす甲斐くん。ひどい。
死なば諸共!みたいなもんか?

「知念クンもですか…まったく」
「そ、それに木手だって涼音のとこ行ったんだろ!?」
「ええ行きましたよ。行きましたが俺は考慮して家にもあがらず神矢クンにも会いませんでした」
「う…」
「…まあ、あの母親の誘いを断ることは些か苦労しましたがね」
「だ、だろ!?わったーもあぬあんまーに強制的に部屋に連れ込まれただけで…!」
「甲斐くん、人の親をアバズレみたく言わないでくれないかな?」
「え?あ、わっさん」

ここだけ聞いてたら、うちの母ちゃんがいたいけな男子中学生を誘って部屋に連れこもうとしてたみたいじゃないか!

「断りきれなかった貴方達にも問題がありますよ。それに神矢クンも」
「えっ、うちも!?」
「当然でしょ。うつる可能性がまだあるにも関わらず近くにいた貴女にも落ち度があります」
「まじか…」

ほ、ほらな!やっぱりうちも怒られるんだよな!

「罰として今日は甲斐クンと知念クンには練習メニューを普段の倍、神矢クンも普段の3倍は働いていただきます」
「「え゛ー!!?」」

うちと甲斐くんの言葉が見事にシンクロした。

「というか、3倍ッ!?どんだけ!元々甲斐くん達が断ってればこんなことにはならなかったんだから実質うち被害者ですよね!?ひでー!木手くんの鬼!悪魔!」
うるさいよ
「すみません……」

強めに怒られてしまった…。

「貴女は日頃から人の3分の1程度しか働いていないじゃないですか。それを3倍にしてやっと普段するべき仕事の量になるんですよ。むしろ6倍にしないだけ有難く思っていただきたいですね」
「ごめんなさい……」

く、くそー!
理不尽な物言いだとか押し付けだったらパワハラや!って怒れるところなのに、うちが仕事してないのは紛れもない事実だから言い返すことが出来ねぇ!

「では練習へ行きますよ」
「……おー」
「…」
「神矢クン、返事は?」

ぎりりりり

「いでででっ!はい、はいはいはいっ!すみません!!」

頭を思いっきり掴まれる!
頭蓋がっ!頭蓋がぁ!陥没するぅぅ!

「はい、は1回」
「はいいぃ!!」
「まあ良いでしょう」

そう言って、ようやく手を離してくれた…。
やっぱりね、木手くんは気に入らないヤツは遠回しじゃなく直接的に手を下すのよね…。
あいつマジどんな握力してんだよ。

「ああそれと、これに懲りたら完治するまで平古場クンにも近付かないでください。しようものなら今日の5倍を課しますから心してくださいよ」

振り向いた木手くんに釘を刺された。
刺されたけどこんな目に遭って誰がお見舞い行くかってんだ!


後日、インフルを治した平古場くんが学校に来たけど、うちらがお見舞いに行かなかったことが大層不満だったらしく、数日口を利いて貰えませんでした。
自分の命には変えられなかったからね…。
すまん、平古場くん。



おわり

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