短冊かざりに願いを込めて「……ん?」
練習の無いとある日曜日。
美容院帰りの平古場がふと視線をやると、オープンカフェの一角に見知った人影を見つけた。
その人物は買い物帰りのようで机には近くの雑貨屋の袋が置かれている。
用がある訳でもないが、平古場は気付かれないよう後ろから近付いた。
そして何の躊躇いもなく
ガツン!と頭に手刀を入れる。
「
あだっ!はっ!?えっなに!?」
急な事に驚きつつ振り返るのは涼音だった。
「暇そーだな神矢」
「え、平古場くん!?」
頭を押さえながらその殴ってきた張本人を見上げる。
「な、なんでいきなり!というかなんでここに!?」
「美容院の帰りさぁ」
「ああ……よくもまあ懲りずに通うもんだね……」
涼音は呆れたように言う。
しかしふと我に返り声を荒らげた。
「てか何で言葉より先に手を出す!?人違いだったらどうすんの!」
「わんがそんなミスするかっつーの。まずやーを見間違う訳ねーらん」
「マジですか。…まあ見間違うこと出来ないくらい光る物備わってるからねうち!仕方ないヨネー!」
「……そういう意味じゃねーのは確かやし」
「あいた!」
ふふん、と鼻を鳴らす涼音を再び小突く。
「……で、やーはぬーしてるんばぁよ」
話を戻しながら平古場は涼音の向かい側の席に座る。
あ、座るのねと涼音は内心思いつつ買ったものを平古場の前に出した。
「いや、ただの買い物だけど……ほらもう七夕じゃん?そこの雑貨屋で七夕飾り買ったんだよね!」
「七夕飾りぃ?」
確かにあと数日すれば七夕である。
涼音は嬉しそうに言った。
袋からは小分けされた七夕飾りが出てくる。
「…こんな子供騙し、良くやるよなぁ」
「文句はうちの母ちゃんに言って!母ちゃんの命令なんだから」
「ああ……あんまー(母親)か……」
「そうさ、急に竹もらってきた!あんたは飾り買ってきなさい!って言われてこうして来てるのさ」
「……そうあびる割には楽しそうにしてんな」
「まあするからには本気ですから?」
「ガキやし」
「うるさいだまれ」
涼音に睨まれるものの、悪びれもせず平古場は「へいへい」と受け流す。
中学生にもなって七夕飾りを買って嬉々としている涼音を見ると呆れるを通り越して可愛くも思える。
「……お、ぬーがよ短冊もあるのか」
「そりゃ七夕飾りですからね。結構カラーバリエーションあるんだよ」
「へー」
短冊が入った袋を見せるように平古場の前に置く。
と、そのうちの一つを何の許可も得ずに開け始めた。
いきなりのことに涼音は目を剥く。
「ちょ、おい!なぜ何食わぬ顔で開けてんだ!それうちが買ったんだけど!」
「まあ堅いくとぅあびるなっつーの。うり、何か書くもん持ってないんばぁ?」
「はあ?いきなりだなもー……書くもん……短冊のセットで太ペン入ってたけど」
「ああ、それでいいさぁ」
涼音がシンプルな黒ペンを袋から出すと、ひょいっと奪われる。
そしていつの間にか袋から出していた短冊になにやら書き始めた。
「おぉぉい!何書いてんだ平古場ぁ!まず許可を得ろ!うちの了承得てから行動しやがれ!」
「許可得ようとしてもわんが聞いたとこでやーは了承すんのかよ」
「
しないけど。」
「だから勝手にしたまでぃやさー」
「このヤロウ!合理的だな!」
騒ぐ涼音を傍目に平古場はやめる気配すらなく文字を書いている。
「よし、出来たんどー」
「ちょ、結局何書いたの人の物に!願い事なら短冊じゃなく己が力で叶えろや!」
「わんじゃどーしようもできねーから書いたんやし。うり」
「あだっ!」
平古場は立ち上がるなり、べし、と短冊を涼音の額に押し付ける形で渡す。
「だからいちいち危害加えるのはやめてくんないかな!?」
短冊を手にしながら涼音は吼える。
しかし平古場は鼻で笑って返した。
「こんなん危害のうちに入らねーらん」
「あんたは普通にモノ渡すってこと出来ないのか。…………って、あれ!?おい!なんだこれ!これがあんたの願いか!」
短冊に書かれているものを見て怒る涼音。
「わんじゃどーしようもねーだろ?」
「確かにそうですけどねッ!だからってこんなの飾れるかい!」
「ぬーあびてるんばぁよ、せっかくわんが書いてやったんだからちゃんと飾れよー?」
「ちょっと!」
聞く耳持たずで平古場はひらひらと手を振り、その場を後にした。
「……なんだよもう」
一人残された涼音は眉を寄せてその短冊を見ていた。
☆
「よーし、なかなか良く飾り付けれたじゃない」
七夕飾りを満遍なくまとった笹を見て、涼音の母は満足そうに言った。
「でしょー。いやもーうち将来笹飾り職人として食ってこうかなー!」
「
もっと安定した職じゃないとお母さん許さないからね」
「いや分かってますけど…」
軽い冗談を言ったつもりが間に受けられ涼音は困った顔になる。
すると、ふと笹の上の方に飾られた一枚の短冊を目にして眉を寄せた。
「…というかさ、あの短冊も飾らないとダメなの?」
それにつられて視線を移した母は頷いた。
「何言ってんの、とーぜんでしょ!せっかくあのイケメン平古場君があんたのために書いてくれたんだから飾らなきゃ損じゃない!」
「母ちゃんの判断基準が分かんないわ……」
肩をすくめ、もう一度その短冊を見やる。
その短冊には「神矢のバカが少しはマシになりますように」と平古場の字で書かれていた。
そんな言葉が書かれているというのに、母に見せたところ喜んで飾るように言ったのだった。
「……フツーこうやって娘が罵倒されたもの飾りますかね……」
何故か嬉しそうな母を横目に涼音はため息をついた。
しかしもう一度その短冊を見上げ、
「……まあいいか」
と呟き半ば諦めたように苦笑した。
おわり