覚えることは難しいんです
「それで、平古場クンとは仲直り出来たんですか?」
「んー…たぶん、一応?」
木手くんに聞かれて、あやふやな答えを返した。
昨日平古場くんと散々言い争って最後には叩かれたんだけど、今日は無視されることはなかった。
話し掛けたらぶっきらぼうだけど返事はしてくれしな。
仲直りしたと言えるかどうかはビミョーだけど、これがうちらの適正な距離なのかも知れないな。
変な関係だよなぁまったく!
「俺に手間を掛けさせないのならどうでも良いですがね」
どうでもって。
木手くんから聞いておきながらその言い方よ!
放任か!
木手くんがそういう人だってことは分かってるけどね!
「そんなことよりいい加減覚えましたか?スコアの数え方」
「え?うーん…最初は15点でしょ?次は30点で…次が45?」
「40です。何回言わせるんですか、もう20回目ですが」
「サーセン…」
そう、うちはただ今木手くんとテニス基礎の勉強中なのだ。
部活後の部室で2人っきり、マンツーマンで。
うーん、帰りたぁい☆
21 覚えることは難しいんです
「あーもー!何でやねん!意味わかんねー!」
両手を放り出して声を張り上げる。
机の向かい側に座ってた木手くんが「うるせーな」とばかりに顔を顰めてるけど知ったこっちゃない!
テニスのルールなんか分からんわ!
大体なんなんだ、このスコアの数え方!?
0→15→30ときたら普通次は45だろうが!
「俺にとっては何回やっても覚えない貴女の方が意味が分かりません」
「これでも真剣に覚えてるんだけども!」
「真剣?ハッ」
な…なんてやつだ、人を鼻で笑いやがった!
木手くんは頭の悪い奴に心底冷たい気がする。
「では、最初に教えたプレイスタイル。何があったかいい加減覚えましたね?」
「ぷ、プレイスタイル…」
このやりたくもないマンツーマン勉強会をやる羽目になった元凶とも言える言葉ではないか。
軽くトラウマである。
そーいや、この勉強会始まって最初に教わったのがプレイスタイルだったっけか…。
あーダメだ、記憶がもはや遥か彼方。
「えーと、あれでしょ?なんか木手くんみたいな、どこでも戦えるようなタイプとか…甲斐くんみたいな粘り勝負するタイプだとか…平古場くんたちみたいな、サーブなんとかとか…?」
「後半うろ覚え過ぎますよ。俺はオールラウンダー、甲斐クンはカウンターパンチャー、平古場クン、知念クン、田仁志クンはサーブ&ボレーヤーだと教えましたよね。ではそれぞれのメリットデメリットは?これも教えたはずですが」
「えっ、知らん…って嘘ー!うっそでーす!すんごい怖いから真顔でゴーヤ突きつけないで!というかどっから出したのそのゴーヤ!?」
「人間はゴーヤくらい常備するものですよ」
いや、しねぇから!
フツーの人間はゴーヤ常備しねぇから!
「はあ、本当に君は…記憶力が皆無と言っても過言ではありませんね。本当にやる気あるんですか?ふざけているのなら承知しませんよ」
木手くんが足元にあった鞄にゴーヤをしまいながら言った。
そこから出したのね…。
というか木手くん相手にふざける訳ないじゃないか。
「うちは至ってド真面目ですけどっ!」
「それなら余計に悪質ですね」
こんちくしょう。
「では次。スマッシュとロブとボレーの違いはなんですか?」
「えっ違い?な、なんか…スマッシュはこう、ズビシッッ!と打ち込むやつで、ロブは…ロブ?ロブとは?ボレーは…えーと…」
やべえ、全てがうろ覚えすぎる!
「……」
そして木手くんの無言の圧力が怖い。
「…タイブレークの意味は?」
「タイブレーク?ブレークって確か休むってことだから…あっ、タイ人が休むこと!」
「……デュースになった時はどうなりますか?」
「がんばる」
「馬鹿ですか」
「ちょっ!そこはオブラートに包もう!?」
だんだん無言が長くなるなあとは思ったけど、まさか声を大にして馬鹿にされるとは!
「馬鹿でないなら何なんですか。どれも一度は教えた内容ですよ。どうしてどれも覚えてないんですか」
「む…難しいから」
「難しいの以前に覚える気が無いんじゃないですか。この頭は飾りなんですか?脳も入ってないようですが」
「入ってます!スゲーしっかり入ってます!」
真顔で頭をべしべし叩かんで欲しい!
「…てかさあ、いきなり無理難題吹っかけすぎとちゃいまっか?うちにはそんなハイレベルなルールを覚える頭、備わってないねんけど」
「なんですかその似非関西弁。関西人が聞いたらぶん殴られますよ」
「まじすか」
それ以前に木手くんに殴られそうだけど。
「とにかくさ、急にこんな山ほど覚えろっつったって無理だよ。いつかちゃんと覚えるからさぁー少しずつにさしてくださいよぉー」
「駄目ですよ」
「ちっ。木手くんのケチ」
「ケチだとかそういう問題じゃありません。マネージャーとして覚えていただかないと困るんですよ」
「そりゃー…いやまあ、分かってますけども」
まずマネージャーになりたくてなったわけじゃないんだけどな。
何でなったんだろうね?
ああそう言えば平古場くんのせいだったっけか。
アイツめ。
「全国大会に出るような学校のマネージャーがルールも知らなかったら恥でしかないでしょう」
「全国?…え、全国!?ここってそんな強いの!?」
嘘だぁ!
「嘘じゃありませんよ」
なぜ心が読める。
「て言うか比嘉テニス部ってそんな強かったの?全っ然知らんかったんだけど」
「今までは足掻いても地区予選止まりでしたからね。しかし今回は違います」
「違うって、何が」
「俺達はどんな理不尽なスパルタにも耐えて来たんですから。だから負ける訳にはいかないんです」
「スパルタ…」
え、そんな激しい練習してた?
「してましたよ。貴女の目は節穴ですか」
「サーセン。…てか毎度毎度木手くんはなんでうちの思ってること分かるのさ!?エスパーかよ!」
木手くんの属性はエスパーだったのか?
お前なんか好きなポ●モンキャタピーのくせによぉ!
お前はいとでも吐いてろ!
がつん
「いってぇ!?」
「貴女は思っていることを顔に出し過ぎなんですよ」
「え、えぇ…」
だからってグーで殴るか?
いやまあ、顔に出し過ぎてんなら自業自得かと知れないけども。
…それから結局、何も学ばないまま時間だけが過ぎた。
そして気付けば最終下校時刻。
「…貴女が真面目に取り組まないから時間だけが過ぎてしまったじゃないですか」
「すんません…」
「こんな時間になったのに結局何も覚えてませんよね」
「木手くんの仰る通りです…」
「はあ…」
でっかい溜息つかれた。
そう言ううちは疲れた。
あ、韻踏んでる。
ラップに出来そうだ。
木手くんに溜息つかれた!
そんなうちは疲れた!
フゥッ!
「馬鹿なんですか」
「ごめんなさい馬鹿です」
脳内も大変疲れているようだ。
早く帰りたい。
「元から貴女が短時間で覚えられるとは思っていませんでしたけどね。…そうですね、全国が始まる前までには必ず覚えてくださいよ」
「あ、あー…出来たら」
「覚えなさいよ」
「努力シマース!」
「まったく。…では帰りますよ。ほら、早く支度しなさいよ」
「へーい…」
「さっさとしないと置いて行きますよ」
「わ、分かってるって!って、うっわ暗ぇ!」
木手くんに促され(脅され)部室の外に出たけど、思いの外真っ暗でびっくりした。
どんだけ長い時間勉強させられたんだ。
精神的にも身体的にも疲れるはずだよ!
「暗くなった事も気付いてなかったんですか?」
「それだけ集中してたって事です!確かに気付かなかったのはアホかも知れないけどそんな蔑んだ目で見るの止めてくれないかな!?」
「…俺は普通に見ていただけですが」
「お、おぉ…そ、それはスイマセン」
どうやら被害妄想が過ぎたようだ。
いつもいつも木手くんに馬鹿にされてんだからそう思っちゃうのは仕方ないことだと思います。
☆
「…というか、木手くん家ってこっちだっけ?」
木手くんと話しながら(大半貶されながら)自分ん家に向かって歩いてたんだけど、ふと木手くんはこっちに来てていいのかって思った。
だって木手くんの家とうちの家の方向は逆じゃなかった?
なんで同じ方向に向かって一緒に帰ってんだ。
「反対方向ですよ、俺の家は」
「やっぱ?なんで逆方向来てるの?あ、家に帰りたくないとか?反抗期か!」
「馬鹿ですか」
今日だけで何回聞いたんだ、この言葉。
「じゃあなんでこっち来てんの。寄り道でもするの?うちは付き合わないからな!」
寄り道と言ったら無駄に長く無駄に金がかかるっていうイメージが植えつけられてるんだ。
甲斐くんのせいだぞ。
「こんな時間から貴女と寄り道するほど俺は暇じゃありませんよ」
「じゃあ尚更なんで」
「…貴女がそこまで鈍感だから平古場クンも甲斐クンも振り回されてるんですよ」
「はぁ?なんのことさ」
むしろ振り回されてんのはこっちなんだけど!
うちは被害者だぞ!
「…はぁ。全く貴女は馬…」
「馬鹿って言うな!聞き飽きたわ!」
「…貴女は空気が読めませんね。折角の善意で辛うじて女子に分類される貴女を家まで送ってあげようと思っただけですよ」
馬鹿が空気読めないに変わった。
KYって甲斐くんのことだろうに。
…というか、今何つった?
送る?
誰を?
…うちを?
木手くんが?
「…」
「なんですか、その出目金みたいな表情は」
「で、出目金て!」
驚きすぎて目を見開いてはいたけど、出目金ほど目玉飛び出させたつもりはないぞ!
「ちょ、ちょっとビビっただけだし!送ってくって、木手くんが?」
「現にこうして帰っているじゃないですか」
「…まじですか」
ちょっとびっくり。
言い方は大変気に障ったけど、家まで送るなんてジェントルマン的な心遣いされたの初めてじゃないか?
「えー…わざわざ送ってくれるとか…いや、なんかごめんなさい」
「謝る意味が分かりませんが」
木手くんが呆れたように言った。
けど、なんか笑ってる。
何で?
怖っ。
「殴りますよ」
「なんでッ!?」
こ、怖えー怖えー!
素直に思っただけなのに!
言った訳じゃないく思っただけなのに!
「貴女はもう少し表情を抑える練習をした方が良いと思いますね」
「激しく同感です…」
「ほら、無駄話をしている間に着きましたよ」
「おっ!?そ、そりゃあすいませんでした」
気付いたらもうマイホームの前だった。
アレ?というか木手くんはなんでうちの家知ってんだ?
「馬鹿ですね。俺の知らない事がある訳ないじゃないですか」
「デスヨネー」
まじで木手くんは何なんだ。
神か何かなのか。何でも知ってる神様か何かなのか?
それともゴーヤの神様か。
「さて、明日も朝練がありますからね。ちゃんと甲斐クンを起こしてから来てくださいよ」
「あーい…」
甲斐くんを起こす事はうちの仕事になりつつあるようだ。
こんちくしょう。
「貴女も寝坊しないでくださいね」
「へいへい、頑張りマッスル〜」
「寝坊したらゴーヤ捻じ込みますからね」
「オールしてでも絶対に寝坊しません」
あーもー!少しふざけるだけで木手くんの眼鏡が光る!
冗談が通じねぇ男だなぁ!
「その心意気なら俺も安心です。…それではおやすみなさい」
木手くんはうちに背を向けた。
はぁー、やっぱ木手くんには言葉じゃ勝てないわー。
だからと言って、テニス部はみんなが武術をやってるって聞いたことあるし肉弾戦でも勝てる気しないけど。
って、そうじゃないわ。
そうだ、言わなきゃいけないことがあったわ。
「待って木手くん」
「…なんですか」
「え?あ、いや…その、送ってくれてありがとう」
「…」
え、無言?
せ、せっかくお礼言ったのに何この空気!?
なんかこれ前にも経験したような…。
あ、そうだあれだ。
平古場くんと同じパターンだ。
平古場くんもうちがお礼言ったらフリーズしたことあったわ。
なんでコイツらはうちがまともにお礼言ったり発言したりするとフリーズするのかね!?
「…ふ」
「え、ちょ、笑った!?うち笑うほど変なこと言った!?」
「いえ、別に可笑しくはありませんよ。…礼儀を弁えているのは大事なことですから」
「お…おぉ…そう?」
今のって褒められた?
褒められたってとっていいのかな?
木手くんから褒められたとか超貴重なんだけど!
「その僅かな礼儀を取ったら貴女の取り柄が何も無くなってしまいそうですしね」
「まじでか」
褒められたのに全く喜ばしくない。
うちの取り柄って礼儀だけ?
そんなわきゃないよな!
可愛さとか性格とか成績とか、その他もろもろ…うん、自信ないわ。
「何ボサっとしているんですか。さっさと家に入りなさいよ」
「分かってます、分かってますって…」
くそー、やっぱ口が悪い。
「この時期でも夜は風がありますからね。風邪、引かないように気を付けてくださいよ」
「え?あ…ああ、うん」
なんだろう。
今日の木手くんは言い方はいちいちキッツイけど、紳士さが垣間見えるというか。
今までにない気遣いに戸惑いが隠せない。
「夜更かしせず早く寝てくださいよ」
「…へーい。おやすみ、木手くん」
うちの言葉に、木手くんはフッと笑ってまた歩き出した。
木手くん、口を開かなきゃ紳士イケメンなのにね。
とても残念だわ。
「…さて、行こうかぁ」
角を曲がって木手くんが見えなくなってから、うちは部屋に入った。
今日は散々馬鹿にされたのになに律儀に見送ってんだろ。
でも、なんとなく。今日は良い日だった…かな?
そんな気がする。
―――翌日。
「うえっくしょーい!!べらぼうめぃ!」
「うわ、ぬーがよ神矢、風邪か?」
「ははっ、親父臭いくしゃみやっさー」
「全く…あれほど忠告したというのに」
「サーセン…」
結局風邪を引いたのはまた別の話。
どんまい自分。
つづく
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