人生波乱万丈! | ナノ
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  違和感


「留三郎、お前はあの天女についてどう考える」

午後の実技授業も終わり、仙蔵と食堂に向かっていた最中そう問われた。

「天女?って、あの新しく来た女のことか?」
「ああ」
「あー…俺は直接会ったことはねぇが…ま、下級生に手を出したって噂がある奴なんざ好かねえな」

前に望愛が、新しく来たあの女は下級生を誑かし処罰を受けて怪我をしたと言っていた。
望愛もあの女が嫌だと言っていたし、まず下級生に手を出すなんて性根の腐った輩なんか好きになれる筈がねぇ。
そう言えば仙蔵も同意だとばかりに頷いた。

「私としては早急にこの学園から消え失せて貰いたい所だ」
「まあな」
「出て行かないと言うのならばこの手で消してやっても構わん」
「…そこまでなのか?」
「ああ」

頷く仙蔵の目は何時に無く鋭い。
確かに出て行けばこちらとしても嬉しい限りだが…さすがに手を下そうとまでは思わない。
幾らいけ好かないと言っても、くの一でもねえヤワな女を消すなんて気分の良いものではない。
六年生内であの女に対する印象は悪いが、その中でも特に仙蔵と文次郎の敵意は傍から見てもあからさまだ。

「だが望愛も最近機嫌良いだろ?だったらこっちから仕掛なくても良いんじゃねぇか?」

望愛は些細な事で良く機嫌を損なう。
この間、小平太のいけどんアタックに巻き込まれほんの僅かなかすり傷を負った時にはえらく怒っていた。
なんとか宥めてから医務室に連れていったんだが…まあ、望愛は手の焼ける妹みたいなもんだからな、これくらい仕方ねえ。
そんな望愛も何故だか最近やたら機嫌が良い。
だったら場を荒さず今のままでもいいんじゃねーかと思うんだが…仙蔵はそうでもないらしい。

「何を言っている。いつ何を仕出かすか分からん輩を野放しにして置く訳にはいかないだろう。望愛に火の粉が掛かってからでは遅い」
「まあ…それはそうだけどな…。そういや、前に文次郎と小平太が脅してやったと大口叩いてたじゃねえか。なら時間の問題だろ?」

あいつらの手柄っつーのも癪だが、一介の女が脅されてこのまま呑気に居座っていられるとも思わねえからな。

「…だと良いんだかな」

腑に落ちていないのか、仙蔵はまだ厳しい顔付きをしている。
だがふとその顔が緩んだ。

「仙蔵ーっ、留三郎ー!ご飯行こー!」

ああ、と納得する。
望愛が向こうから掛けてくるのが見えた。
仙蔵もそれが見えて顔が自然に緩んだんだな。

「そんなに慌てて走るな。転びでもしたらどうする」

走り寄ってきた望愛にやたら優しい声で仙蔵が言う。

「えぇー、いいじゃない!早く仙蔵たちとご飯行きたいんだもんー」
「仕様のない奴だ」
「…仙蔵、お前もそんな顔出来るんだな…」
「何が言いたいんだ留三郎」
「いや別に?それより食堂行くんだろ?」

顔が緩々だぞ、という言葉は飲み込みさっさと歩き出せば、仙蔵も望愛も俺に続く。
その間にも望愛が俺の袖を引いた。

「ねえねえ、ご飯終わったら町に行こうよー」
「町にか?」
「うん!前に見た櫛屋さん行きたいの!」
「またか?前に新しい奴買ったばっかじゃねえか」
「いいのー!見てるだけでも楽しいもん!」
「望愛、欲しいものがあれば私に言え。何でも買ってやろう」
「ほんとー!?」
「おいおい仙蔵、甘やかし過ぎじゃねえか?」
「何を言っている。望愛が欲しているのなら買ってやれば良いだろう」
「あのなぁ…」
「やったぁ、仙蔵やさしー!」

仙蔵は喜ぶ望愛の頭を撫でている。
…仙蔵は目に見えて望愛を贔屓してんだよな。
別に悪くはねーんだけどな…。

「あ」
「どうした?望愛」
「あれ。新しい天女の子だぁ」
「あいつが?」

急に立ち止まった望愛が指さした先には、何故か埃で汚れた着物で倉の前に立つ女が居た。
あいつが新しい天女、か。

「思ったより普通の奴だな…って、おい!仙蔵!?」

俺が呟くより早く、仙蔵は歩き出して新しい天女の元へ近寄って行く。
おいおい何考えてんだあいつは!
望愛と共にその後を追い掛けると、仙蔵はその女に声をかけた。

「貴様、そんな所で何をしている」

その女は仙蔵の低い声に露骨に驚いて、壊れた絡繰のようにこちらを振り返った。
何も言葉を発さずただ目を白黒させている。
と、その女の後ろにしんベヱ、喜三太、怪士丸が居るのに気付く。
なんでこんな所に居るんだ?
…まさかまた下級生に良からぬことを企んでんじゃねぇだろうな。

「しんベヱ、喜三太、それに怪士丸も居たのか。こいつが新しい天女様とやらだろ?どうして一緒に居るんだ」
「この間、文次郎と小平太が警告をしてやったと言っていた筈だが。…小平太が言っていた通り、しぶとい奴のようだな」

仙蔵は顔付きに加え言葉すら棘があるように聞こえる。
脅されたっつーのにまだこうして学園内を歩き回っているとは、しぶといというか図太いというか。
一視すると女もこちらを睨み付けるような顔をしていた。
…俺が思っているより悪どい奴なのか。

「こんな所で何をしていた?」
「いえ、その…ちょっと探し物をして、て…」
「探し物?探し物って、なんでそんな奴に手伝って貰ってるんだ?」

顎で女を示せばそいつはまた睨むような顔をする。
仙蔵の言う通り、早急に手を打つべき奴なのかも知れないな。
横に目をやると仙蔵と目が合った。
俺が思っていることは分かったらしく小さく頷く。

「…他の人達は委員会が忙しくて…それに先輩方は、いつも天女様と一緒ですから…」

喜三太の声にその顔を見ると何故か俯いていた。

「…それに先輩方は最近、委員会にも来て下さらないし……お願いするにも出来なくて」
「委員会か…」
「先輩方が委員会に来て下さらないと、仕事も上手く片付けれなくてっ!」

堰を切ったように喜三太としんベヱが言い始めた。
確かに最近、委員会には顔を出してない。
俺だけじゃなく仙蔵も他の六年生も出席していないが、それは決して放任ではない。
俺らは最上級生で卒業する身だ。
下級生に自立し仕事を自分たちでこなす事を学んで欲しいだけだ。

「だ、だから食満先輩っ、用具委員会に戻って来て下さい!」
「しんベヱ…喜三太……。委員会はもう下級生に任せるって言っただろ?」

二人の前にしゃがんで諭す。
俺がそう言えば仙蔵も望愛も続いた。

「いつまでも頼るだけでは駄目だぞ」
「そーそー。男の子ならそれくらい1人でやんなきゃ!子どもじゃないんだから」
「で…でも、ぼくたち…」
「それにー、委員会とか真面目にやるなんておかしくない?六年生って15歳でしょ?中学生にもなって学校の仕事やってるってなんかダサーい」

ねー、と望愛に同意を求められたが、言葉に違和感を覚える。
「チューガクセイ」とやらが何かは分からねぇが、真面目にやるのがおかしいから委員会から離れている訳じゃねぇ。
仙蔵は頷いているが…。

「…ん?喜三太、それは…」

そこでふと喜三太が手にしている物に目が付いた。
慌てて背に隠すが、あの壷は…喜三太がいつもナメクジを入れているものじゃねぇか。

「…お前ら、まさか探し物って…!」
「……ナメクジなのか」
「えぇっ!?な、なめくじぃ!?そんなの探してるのっ!?」
「…ああ、喜三太はナメクジを飼っていてな…」

そう説明すればあからさまに望愛は嫌そうな顔になった。
望愛は生き物が全般的に苦手だ。
騒ぐと手が付けられなくなるから出来るだけ関わらせないようにしていたんだが…今回は運が悪い。

「なんで!?飼ってるとかおかしくない!?…っていうより、探してるってことはどこかに居るって事だよね!?やだぁ!きもちわるい!」
「…喜三太、ちゃんと自分の飼っているものは自分で管理しないと駄目だろ!」
「望愛は虫が苦手だからな。…安心しろ望愛、ナメクジくらい私が始末してやろう」

仙蔵の言葉に顔には出さなかったが驚いた。
しんベヱと喜三太には手を焼いているといつも聞かされていたが、それでも邪険に扱うことなどなかった。
しかし今の仙蔵の目にはしんベヱも喜三太も映っちゃいない。

「ホントに?仙蔵ありがとうっ」
「し、始末っ…!?だ、だめですよ立花先輩ぃ!ぼくのナメクジさんにそんなことしないでください!!」
「何を言ってるんだ、逃がしたお前に非があるんじゃないか」
「そ、うですけど…!でも…!」

流石に言い過ぎじゃねえか、と口を挟もうとしたが先に女が間に割って入ってきた。

「あ…あぁー!その、ナメクジさん達はすぐ見付けますんで!ねっ、始末とかそんな言わないで!」
「…お前に何が出来る?他所から来た部外者が」
「…さ、さあ?」

仙蔵がそう聞けばそいつは首を傾げた。
なんだこいつは、何か案がある訳でもなく首を突っ込んできたのか。

「と、というか怖がってますし、あんまり酷いことは言わないほうが」
「怖がる?」

そいつに言われ、隠れている喜三太達の顔を伺う。

「(…!)」

3人とも、上目に俺達の方を見ている。
その目はまるで俺達の顔色を伺っているような…怯えているような、兎に角今までに見たことが無い顔だった。
何でだ、どうしてそんな顔をする?
確かに今の仙蔵はキツイ物言いだった。
だが怯える事はない、筈だ。

「ね、ね、そんなことよりもう行こうよ。…そのツボの中にもなめくじ居るんでしょ?」
「…そうだな、こんな奴に構っている程暇では無いしな」
「……」
「留三郎、行くぞ」
「あ、ああ」

仙蔵に呼ばれ我に返る。
3人の表情がどうにも引っ掛かかる…が、結局何も言わず、黙って仙蔵と望愛に続き食堂へ向かう。

しかし頭の中は疑問が残った。

俺達がしている事は、何か間違っているのか?



つづく