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  おかしな人


「よぉーし、完成」

蛸壷のターコちゃん11号から上がり、踏鋤の踏子ちゃんを地面に刺す。
掘り終えたばかりのターコちゃんを見下ろして頷く。
うん、中々の出来栄えだ。
さてこの蛸壷には誰に嵌って貰おうかなぁ、と考えてふと思い出す。
前に比べて最近は落ちてくれる人が少なくなっている。
思い返せば、あの天女様が来てからだったっけ。
今まで一番嵌ってくれていたと言っても過言じゃない六年生の善法寺伊作先輩も、天女様や他の六年生の先輩達と一緒に行動してるせいか落ちることが少なくなった。
それも天女様に怪我させないためかなんか知らないけど、ちょーっと先輩方は過保護なんじゃないかな。
この間も食堂で、ついうっかり天女様にみそ汁を被せちゃったら凄い勢いで怒られたし。
確かに熱かったけど着物にかかっただけなのに。
それからは天女様は僕を避けるようになったっけ。
天女様にはあんまり興味もないし蛸壷にも落ちてくれないから、別に良いんだけど。

まあいいや。
次の蛸壷でも掘ろうかな。

「…ん?」

地面に踏子ちゃんを突き刺そうとした時、誰かが中庭を歩いているのが見えた。

「(あれは確か…新しい天女様だっけ)」

くのいち教室の生徒でもない、あの天女様でもない女の人。
だったら新しく来た天女様って事だ。
そうだ、あの人にも落とし穴に落ちてほしいって思ってたんだよね。
何やらため息を吐きながら歩いてるけど、あ、そのまま真っ直ぐ行くと。

ずしゃあ!

「ぅぎゃあ!…ぐへぇ!」

天女様がターコちゃん8号に落ちた。
女の人とは思えない面白い声を出したなぁ。
ちょっと見てみよう。

「な、なんっ…うおっ…!?」
「おやまぁ、豪快に落ちましたねぇ」
「な…!?」

蛸壷を覗き込んで声を掛けると、天女様は僕を見るなり両手で顔を覆った。

「…顔を両手で覆ったりして何してるんです?」
「いや…なんでも……もうこのまま土に還りたい…」
「分かりましたー」
「は?」

要望通りに土に還すつもりで土を掛けてあげた。
そうしたら「ぶへぁ!?」とかまたおかしな声を出した。

「ちょ、まっ…やめ…!ぶはっ…やめんかゴラァ!なぜ埋める!?殺す気かぁ!」

おー怒ってる。
顔に土かぶったままだけど。
にしてもおかしなことを言う人だ。
自分で土に還りたいって言ったのに。
おかしな人ですねー、と言ったら苦虫を噛み潰した様な顔で「それはあくまで揶揄であってですね…!」とか言っていた。

「そんなことより、あなたが噂の新しい天女様なんですよね?」
「は?」

確認のために改めて聞いてみたのに、「は?」って。
なんで怪訝そうな顔しているんだろう。

「いや…まあそう呼ばれてたりしてますが…」
「おぉー」

顔に掛かった土を払いながらそう言った。
やっぱり天女様であってたらしい。

「な、なんすか『おぉ』って」
「いえ?前から天女様に嵌って頂きたかったんですよー。どうですか、僕の傑作の蛸壷ターコちゃん8号は」

そう聞くと、天女様は困ったような顔になるのが見えた。
ああ、この人もまた怒るのかなぁ。
…なんて思っていたのに返ってきた言葉は予想外なものだった。

「…とりあえず、貴重な体験させて頂きましてありがとうございますですけども」
「…」

貴重な体験?
そんなこと言われたのは初めてだ。
どう言葉を返そうか考えていたら天女様は困った様な顔をして言った。

「あ、あのー…とりあえず助けてくれませんかねぇ…?」

ああ、忘れてた。
手を伸ばすように言うと素直に僕の方に手を出した。
それを掴んで引き上げる。
思ったより軽くて簡単に上げることが出来た。

「はぁ…ありがとうございます…」

お礼を言いながら天女様は着物についた土を払っていた。
その顔をじーっと見る。
背は僕より少し高いくらいだけど前の天女様に比べたら地味な顔してるなぁ。
…そう言えば、名前はなんて言うんだろう。
そう思っていたら顔を上げた天女様と目が合う。

「な、なんですかね?」
「僕は四年い組の綾部喜八郎です」
「は?はぁ…」

いや、「はぁ…」って。
名乗ったら普通、そっちも名乗るものじゃない?

「…」
「…?」

じーっと顔を見てたのに、天女様は何も言わない。

「…」
「…」
「…」
「…あ、あの」
「名前」
「ハ?」
「僕が名乗ったんですから普通そちらも名乗るものでしょう?」

ぜんっぜん僕が言いたい事に気付かないから、こっちから言ってあげた。
気は長い方じゃないしね。
僕が言うとやっと理解したのか天女様は「えっ、あ、ああ」とか変な声を出した。

「そうかすいません。拾石和花です」

ようやく名前が分かった。
和花さん、か。

「和花さんって変わってますねぇ」
「は…はい?」
「落とし穴に落ちて貴重な体験をしたとか。普通の人はそんなこと言いませんよ。大半の人は怒ってきますし」

そう言ったら、和花さんが居た世界では落とし穴に嵌る機会は少ないと教えてくれた。
へー、そういう世界もあるのか。
もしかしたら和花さんの居たところにも面白そうな落とし穴とか仕掛け罠とかあるのかも。
ちょっと話をしてみたい、なんて考えていたら急に和花さんは焦ったように「私は部屋に戻らないとですので…!」とか言って踵を返した。
僕が声をかけるよりも早く歩き出す。
あ、そっちにも蛸壷があるんだけど。

らぁっ!?

…またおかしな声を出して和花さんの姿がなくなった。
近付いて穴をのぞき込むと、愕然としたような顔をした和花さんが居た。
あーあ、土を払ったばっかりなのにまた土まみれだ。

「そっちにもターコちゃん9号がありますよって言おうとしていたのに」
「ちょ…っと言うの遅いですかねェェ…」

怒ってるのか引きつった顔をしている。
土まみれだから怖さも何もないんだけど。

「和花さんが話も聞かず歩き出したのが悪いんですよー」
「ぐっ…」

言い返せないのか和花さんは悔しそうに口を閉じた。
表情がころころ変わる人だなぁ。僕とは違って。
縁にしゃがんで手を伸ばすと、和花さんはむすっとした顔で手を握った。
引っ張りあげたら不機嫌な顔のまま「…ありがとうございます」と言った。
怒っていてもお礼はちゃんと言うんだ。おかしな人。

「これ以外にもここにはたぁくさんの落とし穴があるんですよ?」
「げっ、ま、まじですか…」
「この中庭を落とし穴に落ちずに渡りたいのなら、僕の後に着いてきて下さーい」
「えっ?い、いや、私、あまりここの生徒さんと関わらないようにと言われてるんで…!」
「道を案内するだけじゃないですかぁ。それとももっと落とし穴にはまりたいんですか?」
「い、いやー……それはちょっと」
「なら、やっぱり着いてきて下さーい」

そう言って踏子ちゃんを肩に担いで歩き出す。
ちょっと歩いてから振り返ると、和花さんは数秒悩んでいるようだったけど歩き始めた。

…見た限りだと地味でどこにでも居そうな人なのに、少し変わっている。
違う世界から来た?らしい天女様なんだから、変わってるのも分かるかもしれないけど。
おかしな人だし変わっているけど、面白い。
落とし穴に落ちた時も変な声出すし。
あ、そうだ。もう1回くらい落ちてもらおうかな。
わざと安全な道を逸れて、上手く蛸壷の方に誘導してみる。

ずしゃ!という土が滑る音と共に和花さんから「だっヒェ!!」という何ともおかしい声が出た。
そんな変な声どこから出してるんだろう。

「な…ちょ、っとぉ…!?」
「あーすみませーん。道間違えちゃいましたぁ」
「間違え…!?わ、わざとじゃ…ない、ですよね…!?」
「さぁ、どーですかねぇ」

まあわざとなんだけど。
和花さんは「お、おまっ…」とか呻いている。
その姿を見てぷっと吹き出す。
ほんと、面白い人だ。





「さ、着きましたよ」
「…案内どーもありがとうございました」

ちゃんと部屋まで案内してあげたっていうのに、和花さんは不機嫌そうな顔でぴしゃっと扉を閉めた。
あ、怒らせちゃった?
まあ、あれから2回蛸壷にはめちゃったせいだろうけど。
怒ってるはいるけど、やっぱりお礼は言っていた。
やっぱり変わった人だ。

さーて、やる事も終わったし教室に戻ろうか。
廊下を歩き出したけど心無しか足取りが軽い。なんで?
…ああ、久しぶりにたくさん落とし穴に落ちてもらえたからか。
久しぶりにすっきり出来た。

「…また落ちてもらおっと」

今度はもっと大きくもっと深く、ちょっとやそっとじゃ出られないような穴を掘ろう。
そしたらまたあの変な声を聞けるかも。




つづく