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  デデドン!(絶望)


くのたまの子達と化粧の勉強をした同日の夕刻。

「失礼しま、」
ヒャッホゥイ!待ってました!!」
「うわっ!?」

土井先生が部屋の扉を開けたと同時に大声で出迎える。

「ど、どうしたんですか。急に大きな声を上げて」

心臓辺りを抑えながら土井先生は扉を閉めた。
そんなに驚かせてしまったのか。
ただでさえ胃を弱らせている土井先生なのに悪いことをしてしまったとか思う。

「いやー、すみません。早く先生にお会いしたくてつい」


土井先生が動きを止めた。
しかし少女マンガのごとく「ドキン…☆」とかいうシチュエーションではない。
土井先生の顔がね、あからさまに引きつったからね。
そんな顔しなくてもいいじゃないか!落ち込むわ!

「い、いやいや言葉が悪かったです。先生にお聞きしたいことがあって待っていただけですから!」
「そうでしたか…。驚かせないで下さいよ」

私が否定すると土井先生はほっとしたように息を吐いた。

「いきなりそんな事を仰るからついに気でも触れたかと思ったじゃないですか」
なんか先生って地味にひどいこと言いますよね?

ついにってなんなんだ。
土井先生はいつか私が気が狂うとでも思ってんのか?
失礼なやっちゃな!
私の視線に気付いたのか土井先生は慌てて「す、すみません」と謝ってきた。

「その…あの天女さんも同じようなことをよく仰ってましたから」
「天女…ああ」

ノアちゃんのことか。
同じような事というと、土井先生に対して会いたかったとか言っていたんだろうか。
あー…まあ、土井先生は初恋泥棒と呼ばれる輩だもんね。
ノアちゃんも気になっちゃうんだろうね。
私は微塵も思わないけど。

「あはは、安心してください。私は用でもない限り先生と会いたいなんて思いませんから」
「…その言い方は傷付きます」
「おっと失礼しました」

しかしさっき土井先生もひどい事を言ったしお相子ということにしてもらいたい。


「…それで話を戻すんですけど!先生に聞きたいことがあるんです!」

話を元の路線に戻す。
まず座ってくださいと土井先生を促した。
土井先生が座ってくれたのを見てから話を進める。

「私、帰ろうと思ってまして!」
「か、帰る?」

そう言うと土井先生は目を見張らせた。

「はい!いやー、なにもこの世界で生きようとする必要なんかなかったんですよね!色々と勉強させて頂きましたけど、やはり元いた場所に帰るべきじゃないかなぁと思ったんですよ!なんで今まで気付かなかったのか不思議ですけど!」

はははーと軽く笑っておく。
いやほんと、なんで気づかなかったんだろう。
流れに身を任せていたら何故かここで生活する雰囲気になってたんだよな。
うん、帰りゃいい話だ。
帰れるならそれに越したことはないし!

「ほら、やっぱり他所から来た私なんて居ない方がいいですよね!その方がwin-winですし!」
「うぃ、うぃん…?」
「あ、双方に得があるという意味です」

そう説明したら「なるほど」と頷いてくれた。

「…けれど、帰る手立てなんてあるんですか?」

眉を寄せてそう土井先生が聞いた。

「えっ?やだなー、それを先生に聞こうと思ってたんですよ!それが聞きたいことで…って、あれ?」
「え?」

私の言葉に土井先生が驚いたような顔になった。
えっ、ちょっと待って。
なんで土井先生が「帰る手立てがあるのか?」なんて聞くの?

「…帰る方法的なもの、なにかしらご存知では…?」

恐る恐るそう聞いてみる。

「ええ!?私がですか!?知りませんよ!」
「い、いや…その直接帰る方法でなくとも!…ほら、最近になっていつの間にか現れた祠みたいなものとか、どこに繋がってるのか皆目検討もつかない洞穴みたいなものとかは…!」

たまに見かける平成に帰れる夢小説だと、なにかしらの場所とかキッカケがある。
それがどんなものでどんな所かは全く分からないけど。

「そのような話は聞いたことはありませんよ」
「ま、まじですか…」

残念ですが、と続けられる。
…なんら根拠はなかったけど、先生方は情報を得てるものだと思い込んでいた。
教えて貰ったらとっとと帰れる!なんて思っていた。
なんで思い込んだんだ私。
ほんとバカ。

「…はっ!そ、そうだ!私、はじめに裏山の池から出てきたらしいんですけど!そこはどうですか!?行ってみたら何か手掛かりが…!」
「裏山は今はやめた方がいいですよ。最近山賊が出ると噂になっていますから」
「げっ。…い、いやでも、帰るためならそのくらいの危険とか!」
「何言ってるんです!もし裏山に行って山賊に遭遇して襲われでもしたらどうするんですか!下手したら次は命が危ないかも知れないんですよ!?帰りたいと思っているのに死んでしまったら本末転倒じゃないですか!」
「お……仰る通りです…」

め、めっちゃ怒られた。

でも確かに土井先生が言う通りだ。
死んだら意味無いし、死にたくない。
出来る限り命あって元の世界に帰りたい。
そして画面越しに(ここ重要)忍たまを見ていたい。

「す、すみません。強く言い過ぎました」
「いえ…先生が仰った通りですから…。でも、本当になにも手掛かりのようなものとか…無いんですか?」
「今のところは…無いと思います。それにもし帰る手段を知っていたのなら直ぐにお教えしていますよ。それを隠してまで和花さんやあの天女さんをここに置いておく理由はありませんし」
「えっ?あ、ああ…そりゃそうか」

確かにそうだ、知ってんなら隠す必要なんかないわ。
こうして学園内に留まらせる前に帰って頂くよねふつう。


じゃあつまり、やっぱり、帰る手段は今のところは無い。と。


「あ゛ー…あああぁ、まじかぁ」

がっくりと床につっ伏す。
デデドン!(絶望)」とSEが鳴った気がした。
なんか、全身の力が抜けた気がする…。
無駄に期待した。あほや。
今年一番の感情の起伏だ。

…あ、しかもさっきユキちゃん達に「今までお世話になりました!」とか調子にって言っちゃった。
やべえ、それ撤回して謝らなきゃいけない。

「だ、大丈夫ですか?」

私が絶望に打ちひしがれているのを見かねてか、土井先生が気遣って声をかけてくれた。
なんや、優しいなちくしょう。

「ははははは…」

だけど今の落ちきったテンションからは簡単に脱せそうもない。
笑って誤魔化しておいた。




「…所で、先生は何の御用でしたか?」

あれからしっかり10分は落ち込んでいたけど、ようやく落ちたテンションが僅かに戻りつつあったので土井先生に聞いてみた。
部屋に来た途端話しかけちゃったもんだから、土井先生の用事なんだったのかまだ聞いてない。

「ああ、そうでしたね。…その、今は言いにくいんですが…」
「え?」

言い難い、だと?

土井先生の言葉に何も返さず眉を寄せる。
なんだ言いにくいことって。
まさか忍術学園から出ていける日が先延ばしになったとか?
そんなんだったら学園長先生に直談判しに行ってやるからな!
…とか思ってたけど、済まなそうな顔をした土井先生は何かを机の上に置いた。

これは…。

「…そろばん、ですか?」

そう置かれたものを見て言ったら、土井先生は目を丸くさせた。

「ご存知なんですか?」
「え?いや…これは私のいた時代にもありますし。一応、習ってたりもしましたから」
「そうだったんですか。あの人は知らなかったものですから、てっきり貴女方の時代には無いものだと思っていました」
「ああ…いや、確かにそろばんは廃れていると言いますか、それよりもハイテクなものは沢山ありますけれど…」

ノアちゃんはそろばん知らないのか…。
知らないとか、あの子はいくつなんだ?
最近の若い子はそろばんを知らないってことなのか、それともお嬢様かなにかなのか。
…私の子供の時なんて、大半は珠算塾通ってたもんなんだけどなぁ。
うーんジェネレーションギャップ。

「…考えてみればそうですよね、あの人の言ったことが「へいせい」の全てでは無いですし」
「ああ…それは確かにそうですね…。知らないことだってありますしねぇ」

ま、同じ時代の同じ時期から来たとも限らないんだけどね。

「でもどうして先生はそろばんを?」
「…その、文字の勉強も頑張っていますから…次のものをと思って持ってきたんです」
「はぁー…なるほど…。帰れないと知って落ち込んでたところに追い打ちとばかりに次の課題を持ってくるとかなかなか先生もキっツイですね
「だ、だから今は言いにくいと初めに言ったじゃないですかっ!」

土井先生に吠えられてしまった。
確かに申し訳なさそうな顔をしてそろばん出されたもんなぁ。
必死な顔をしている土井先生につい笑いそうになってしまう。

「いや冗談です!…まあ、帰れないと分かった以上…やっぱりこの世界で生きていくために学をつけなければいけませんし」

そう言ってそろばんを自分の方へ引き寄せる。

「…ありがとうございます、やってみます。あ、だからって帰るのを諦めたわけではないですけれど!」

念を押して言っておいた。

…帰りたいけど、いつ帰れるかもわからない。
ならば今出来ることをやるしかない。
それに全く同じでは無いにしろ、習ったことがあるそろばんならゼロからスタートではないんだ。
それだけですこーしはやる気になる。
まあほんとすこーしだけだけど。

すると土井先生はどこか感心したような顔で笑った。

「…和花さんは不思議な方ですね」
「不思議?…ですか」
「はい」

どういうことなんだ、と首を傾げると土井先生は言葉を続けた。

「早とちりをしたかと思えば、自分の置かれている状況をちゃんと把握して今何をすべきかは理解している。しっかりしているのかそうでないのか捉えられないですよ」
「え、あー…そうですかねぇ?」
「そうですよ。子供のような、でも大人びたような…。見知らぬ土地に来てしまったというのに落ち着かれているなんて凄いことですよ」
「あ、あははー」

しっかりしてると思われるのは、見た目より実際は年をとってるせいだろうね!
しかも忍たまという知っている世界に来てしまったからこそ怖がる事もなく落ち着いて自分のすべきことを捉えられているんだ。

これがもし、私は実際はもっと年をとっていて、この世界を知っているんデスヨーなんて伝えたらどんなことになるのか。

…うわぁ考えただけでも怖い。
そうならないことを願っとこう…。

「と、とりあえず今度はそろばんも頑張ってみますね」

話を逸らすように言ってみる。
主題を変えたけれど土井先生は深追いもせずに「頑張ってください」と仰った。
やることが増えたのは正直億劫だけど、やるしかないわな。

「ああ、それと」
「はい?」

内心でため息をついていると、土井先生が言った。
なんだと思って顔を上げたら目の前の机にドサドサドサーと大量の…本?冊子?が積み上げられた。

「こ…これ、は…」
「そろばん計算用のドリルです。初心者用のものばかりですが、習ったことがあるというならもう少しレベルの高いものでも大丈夫そうですよね?また明日にでも持ってきますよ」

にこにことそう続けられ言葉が出てこなかった。

どこから出したんや!
てかこの量をやれと?
しかも追加で持ってくるだと?

愕然とした顔で土井先生を見やると、「何ですか?」と言いたいように首を傾げた。

いや、確かに勉強しなきゃですけど限度というものを知って欲しい…!
顔を見る限り確信犯ではないのは分かるけど…!
それがなおさら悪質だったりするんだよなぁ!

「が……頑張りますゥ…」

上ずった声で笑ってみせると、私の気持ちなど微塵もくみ取りもせず土井先生も笑ってくれた。
これだからあなたは今も独り身なんだよ!人の気持ちを理解出来なきゃ永遠に嫁さん貰えないぞ!
…なんて悪口はグッとしまい込み、バレないように小さくため息をついた。




つづく