雲と豆腐
「雲…雲か…うーん……」
和花が逃げるように食堂を立ち去った後も、久々知は1人で考え込んでいた。
と、そこへ。
「兵助!」
名を呼ばれ久々知が振り返ると同学年の鉢屋三郎の姿があった。
「三郎か。どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないだろ。実習が終わってもお前だけ帰って来ないからこうして探しに来たんじゃないか」
眉を寄せて鉢屋が言う。
「そうだったのか、悪い悪い。実習が早く終わったもんだから食堂のおばちゃんにこの間聞いた町外れの豆腐屋の話をしに来てたんだ」
そう言えば、食堂のおばちゃんに町にある隠れた豆腐料理屋を教えて貰ったと嬉々とした久々知から聞いたことを思い出す。
これ以上話を膨らませるとまた豆腐話が長引くと思い、鉢屋は「そうだったのか」とだけ返した。
「…所で、三郎。お前は『雲』をどう考える?」
「雲?どうしたんだいきなり」
急な質問に鉢屋は丸い目をなおさら丸くさせた。
「いや、ちょっとな。で、どうなんだ?雲は三郎にとって…というより人にとってどんなものだと思う?」
唐突な質問ではあったが鉢屋は腕を組んで考え出す。
「雲か…難しいが、必要不可欠なものなんじゃないか?」
「…え?」
返ってきた言葉に、次は久々知が目を丸くさせる番だった。
「夏は雲が蔭って日を遮ることが出来る。雨を降らせることも雪を降らせることも出来る。人間の生活には欠かせないもの…だと思うが」
「必要…不可欠……」
「それがどうしたんだ?」
鉢屋が怪訝そうな顔になり久々知の顔を覗き込む。
思案するように口元に手を当てていた久々知は何か思い当たったのか急に目を輝かせた。
「必要不可欠…そうか…そういうことだったのか!!分かったぞ三郎!雲の意味が!豆腐の意味がっ!!」
「な、なんだ急に!?というか豆腐!?何の話なんだ!?」
詰め寄られて鉢屋はたじろぐ。
雲と豆腐なんて繋がりが全く見えなかった。
「さっき言われたんだ、豆腐は雲みたいなものだって!初め何のことか分からなかったけど三郎に言われて気づいたんだ!豆腐は雲と同じ必要不可欠なものなんだって!」
久々知は意気揚々と語り出す。
「そ、そうか…それより、そんな事誰に言われたんだ?」
「天女様だよ。新しい天女様!」
「天女…?あいつに会ったのか?」
その言葉に鉢屋は一瞬驚いた顔になるが、直ぐに聞いた。
「ああ。さっきまでここにいたんだ」
そうか、と返し鉢屋は今日の朝のことを思い返す。
そういえば今朝方、部屋で新野先生に学園内を歩くように言われたのを聞いたな…だからか。と納得する。
初めに和花の居る部屋の天井裏に忍び込んでから、度々繰り返すようになっていた。
そのせいか和花の情報は充分に得ている。
「…兵助、本当にあいつがそう言ったのか?」
「ああ」
「…あいつの事だからそんな意味を込めて言ったとは思えないが…」
鉢屋は疑うものの久々知が瞳を輝かせているのを見て改めることも無いと口出しするのを止めた。
そうしている間にも久々知の和花に対する思い込みは激しくなる一方だ。
「素晴らしい人なんだな、和花さんは!凄いとか美味いとか単調な言葉じゃなくて揶揄して答えてくれるなんて!俺もっと色々と話してみたい!」
「買いかぶりすぎじゃないのか…って、名前を知ってるのか?誰から聞いた?」
「本人が言ってたぞ?拾石和花って名前なんだろ?」
久々知がそう言うと鉢屋の表情が曇る。
「あいつ……私には田中ハナコだとか名乗ったくせに…」
自分には偽名を使おうとしていたのに久々知には本名を伝えたと聞き、和花に些か苛立ちを覚えたようだ。
「どうした?」
様子が変わった鉢屋に首を傾げる久々知。
しかし鉢屋は「なんでもない」と首を振った。
「…そろそろ教室戻ろう、兵助」
「ああ、そうだな」
促した鉢屋に続き、久々知も食堂から出て行った。
つづく