勉強するっきゃない
新野先生が出張から帰られても、何故か左近くんは怪我の手当に来てくれていた。
口では「保健委員ですから!来たくて来ている訳じゃないですから!」と言いつつも毎回来て丁寧に包帯を変えてくれる左近くんはツンデレの鑑だと思います。
…というか、生徒と関わるなと言われてるのに何故こうして手当が許されてるんだろうか。
いやまあ可愛い子を拒むなんてできないのだけど。
「…よし。終わりました」
「ありがとうね」
今日も来て包帯を取替えてくれた左近くんにそう言われた。
「だいぶ良くなりましたね」
「うん、痛みもなくなったし」
怪我はだいぶ良くなって傷はほとんど見えなくなった。
若さからか治りがいい。
若いっていいねーほんと!
「でも新野先生は大事を取ってまだ休まないといけないと仰ってましたから無理はしないで下さいよ」
「それは耳が痛くなるくらい何回も聞かされてるから大丈夫。心配ありがとうね」
「だっ、誰も心配なんかしてないです!」
つん!と顔を背ける左近くんはツンデレ以外の何者でもない。
その可愛らしさに情けなく顔を緩ませる。
「…これ、何ですか?」
使っていた包帯や薬を片付けていた左近くんが、机の上に置かれている本に気付いた。
「ああ、勉強用の本だよ」
着物を着直しながら答えると左近くんは興味を持ったのか本を数冊ペラペラ捲る。
「こんな一年生が使うような本で勉強されてるんですね」
…うん、若干言葉にトゲがある気がするが気にしないでおこう。
「この時代ことの知識は限りなくゼロに近いから…その本でも私にとっては難しいんだけどね」
まず文字の読解から入らなきゃいけないから大変なんだ。
気分としては外国語を学んでる感じ。
「…文字も勉強されてるんですか?」
机に置かれた筆と硯、そして小学生の漢字練習帳のごとく文字を書き綴った紙を見ながら言われる。
「うん、一応は」
この間、土井先生が昔使っていたというお古を持ってきてくれたんだ。
字を書くということを失念していたために勉強することが増えて落ち込んでいたけど、せっかく土井先生が持って来てくれたんだ。
勉強するっきゃないだろう。
「…にしても…ぷっ」
「
なっ」
なんという事だ!
私が必死に文字の練習をしていた紙を見て左近くん噴き出したぞ!
だから!なんでこの学校の人は人が真面目にやってんのに笑うの!!
「なんで笑う!?こっちは真面目にやってるんだから笑っちゃいけませんよっ!」
左近くんの手から紙を奪い取る。
確かにミミズがのたくった様な字体だけど!笑うことないじゃないか!
「ああ、すみませ…ぷっ、だ、だって一年は組の奴らだってもっとマシな字を書きますよ?」
「し、仕方ないじゃないか独学だし!筆も久しく使ってないんだからねっ!」
言い訳を連ねて悲しくなった。
確かに筆はあんまり使ったことないけど、学校で書道の時間だってあったし全くの初心者ってわけじゃない。
だらって11歳の子に笑われるって!
「…独りで勉強されてるんですか?」
「え?そりゃあ…先生達は私に教えてくれるほど時間があるわけじゃないし…一人でやろうと思えばなんとかなるから」
「……」
そう聞いておいて左近くん、返事がない。
なに、蔑みたいの!?
字が下手で誰にも教われない私を見下してるの!?
「…あの!」
「っ
はい!?」
急に大きな声を上げられびっくりする。
何事かと左近くんを見ると口を一文字に引き結んで私を見てきた。
僅かに顔を赤くしている左近くん。
「ど、どうした?」
「…ひ、一人でだったらいつまでも上達なんかしませんよ!仕方ないですからぼくが教えてあげます!」
「おぅえ?」
びしっ!と私を指さしながら左近くんは言った。
結構プライドが高い彼だから素直に「教えましょうか?」とは言えないようだ。
なんだよもうかわいいなぁ!
…いや、でも可愛いからってそこはすんなり受けれない。
必要以上に関わらないように言われてるんだし。
手当てもして貰ってたのにこれ以上関わるのはアレだよなぁ…。
「あ、ありがとう。気持ちはすごい嬉しいよ。でも迷惑かけちゃうし…君も勉強することあるでしょ?私に時間かけるなんて勿体ないから」
「えっ…あ、そ…そう、ですか……」
優しーく出来るだけ傷付けないように言ったつもりだったのに左近くんは見るからに落ち込んでしまった!
小さい手で服の裾をギュッと掴んで俯いてしまった。
なにそれ!なにその格好!可愛すぎるだろおお!
罪悪感が出るより先にキューンとしてしまう!
「あ、や、やっぱ教えてもらおうかな!?」
「!」
自分の心変わりの速さに呆れるけれどこんな可愛い子が勇気振り絞って言ってくれたんだから断れるわけないだろう!
ほらみろ、教えて欲しいって言い換えた時の左近くんのぱあっとした笑顔!
可愛すぎ吐ける。
「ひ、1人じゃ分からないことだらけだし、教えてくれるなら捗るだろうし!」
「そう言われたら仕方がないです!せめて読めるくらいには書けるようになって頂かないと困りますからね!」
「(すっごい嬉しそうだなぁ)確かにそうだね。…暇な時だけでいいから、よろしくね」
「はいっ!」
きらっきらした顔で左近くんは頷く。
果もなくエンジェルだ。
使った道具を片付け、私に向かってぺこっと頭を下げ部屋を出ていった。
ちょっと勢いで頼んじゃったけど、あの可愛い笑顔を見れたんだ。
…うん、後悔はないぞ。
つづく