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  幼い子供のようだ


早いもので和花さんが来てから一週間が経とうとしていた。
怪我もだいぶ良くなったらしいが、医務室横の部屋から出ることも無く他との交流も極力避けていてくれるようだ。


「失礼します」

彼女の部屋を訪れ、引き戸を開ける。

「調子は如何です……か」

そう言いかけ顔を上げると机に向かっていた彼女と目が合う。
しかし何故かその顔はやけに疲れ切っていた。

「…こんにちは…ハハ…お陰様で…」

返事はしてくれたものの浮かべた笑顔は力の弱いものだった。

「ど、どうかされたんですか?顔色が良くないですよ」
「い、いやー…その…医務室の横だと…うん、色々な方たちが往来しますから…気が気じゃなくて」

どうやら彼女は学園長先生からの言い付けを律儀に守っていてくれるようだった。
確かに医務室を利用する多くは生徒であり、その生徒たちと交流も控えるように言われている彼女は人が来る度気付かれないように気を配っていてくれたのだろう。

「…す、すいません。変な事言って」
「いえ。…こちらこそ気を遣わせてしまって申し訳ない」
「ええ!?い、いや謝っていただくようなことは…!」

大袈裟なほど首を振られ苦笑してしまう。
ふと彼女が向かっている机を見ると、私が運んだ書簡がずらりと並べられていた。

「勉学の方はどうですか?」
「あ、な、なんとか…なんとか?…が、頑張ってます」
「難しいですか?」
「…ハハハ」

答えの代わりに苦笑いが返ってくる。
どうやらあまり捗っているわけではないようだ。

「やはり貴女の時代のものとは違うんですか?」
「そ、それはもう…。って、他の…私と同じ所から来た子からは聞いたりしないんですか?」
「そうですね。…貴女のように勉強をしていた方は居ませんでしたから」

そう答えると彼女は目を丸くさせた。
何か言いたそうに口を開きかけるがすぐ閉じてしまう。
「そうなんですね」と当たり障りのない答えを返してくれるのは彼女の気遣いだ。
あえて必要以上に関わろうとしない態度はとても有難い。

「…何か分からないことがあれば聞いて下さい。私に出来ることがあれば出来る限りの手伝いはしま「なら校医の先生を説得して今すぐこの学園から出してください!

食い気味に言ってきた彼女につい困惑してしまった。

「い、いえ…そ、それはちょっと…」
「何でですか。ここにいたら邪魔な存在ですよね私!校医の先生曰く怪我が治っても少しは体を生活に慣らさなければいけないと言われてあと二週間は居るようになんて言われましたがとてもじゃないけど無理です!はやく外に出してください!!」
「ち、近い近いです!」

話す度に距離を詰めて来られ反射的に手で制す。
我に返った彼女はすいませんでした、と謝り元の位置に戻った。
ほっと胸をなで下ろし、若干顔をむくれさせている彼女を見る。

「…新野先生が居るように仰ったのならそれには従って頂かなくては駄目ですから。我慢してください」
「……」

声にはしてくれなくても彼女は頷いてくれる。
部屋の外に出る事や外との交流も制限されたらそれは息苦しいだろう。
早く出たくなるのは分からないこともない。

「…怪我が治れば多少なりとも部屋からは出ても良くなりますし、それまでの辛抱ですから。それまでは何冊でも本は持って来ますし、先程も言いましたが分からないことがあれば何でもお教えしますよ」
「…お願いします」
「ああ、次は筆と紙も用意しますね。読むだけでは頭に入らないかも知れませんし」

提案すると何故か彼女は「えっ」と短く声を出した。

「どうしました?」

見ると目を大きく開き、次第に顔色が悪くなってきた。
気分でも悪くなったのか?と焦ると、「ふ、筆…そ、そうか…筆か」と呟き頭を抱えた。

「えっ、な、どうしました!?」
「い、いえ…その、なんでも…そうか…忘れてた、筆か…」

ブツブツと呪文を唱えるかのごとく呟く彼女を諭し理由を問う。
そうしたら彼女の時代では日常的に使う筆記具は筆ではないと教えられた。
聞けば筆自体はあるが彼女は使うことはあまり無かったのだという。

「うわぁ…筆とか…筆とか!またやんなきゃいけない勉強が増えたぁあ…」

机に突っ伏して落ち込む姿を見ているとつい笑ってしまう。
喜怒哀楽が激しく思っていることをそのまま外に出す。
純粋で素直なところはは組の生徒たちと変わりない。

「…なんで先生は私が真剣な時にいっつも笑うんですかぁぁ…」

笑っている事に気づかれ睨まれてしまう。
そんな顔も幼い子供のようだ。

「す、すまない。…初めは慣れないでしょうが、直に慣れますよ。そう落ち込まないでください」
「…はい」

そう答えはするものの、彼女は肩を落としていた。


それから再び机に向かった彼女を見て、私は部屋を出て自室へ向かった。
確か部屋に昔使っていた筆と硯があったはず。
少し古いものではあるが使い易さは間違いない。
渡せばまた肩を落とすだろうが、それでも彼女は素直に受け取り文字の勉強を始めるだろう。
彼女の真面目さがあれば文字も知識も習得するにはそう時間はかからないだろう。

「(今いるあの人も、彼女くらいのやる気があれば…)」
「あっ、半助先生っ!」

ため息をついていると後ろから声がかかる。
…忍術学園で日常的に私を名前で呼ぶ人なんて滅多にいない。
天女である彼女を除いて。

「…どうしましたか、天女さん」

振り返ると人懐っこい笑顔を浮かべた天女さんの姿が。
しかし私がそう尋ねると頬を膨らませた。

「もー、天女って呼ばなくても望愛で良いって何回も言ってるのに!」

その言葉に苦笑する。

「なにか御用ですか?」
「えーと、特に用はないですけど!姿が見えたから声かけちゃっただけです!」
「そうですか」

にっこり笑う天女さんはとても可愛らしい。
確かに上級生たちが放っておかないのも分からない気がしなくもないが…。

「…貴女は何か勉強されていますか?」
「え?」

そう聞くも、天女さんはアハハと笑った。

「わたし、生徒じゃないですもん大丈夫ですよー。あ、でも六年のみんなと一緒にいるから自然と学んでる気がします!」
「そう、ですか」

そういう事を聞いたわけじゃないんだが…。
とにかくこの天女さんは自ら勉強をする気にはならないようだ。
そう言えば筆は持ったことすらないと言っていたと六年生から聞いた気もする。
…同じところから来てもやはり人は違うものだ。

「…では私はこれで」
「えっ、ちょうどいい時間だし一緒に食堂行きませんか?」
「いえ、仕事がありますので」

やんわり断ると、口を尖らせながらも「分かりましたー」と返される。

「じゃあまた今度!約束ですよー!」

歩き出した私の背中にそんな声が飛んできたが返事はしなかった。




つづく