泣いてねーよ!
「
こんにちはー!」
そんな無駄に元気な声と共に部屋の扉が開け放たれた音がした。
声からして七松小平太だろう。
こんにちはーじゃねえよいきなり入ってくんなよ入っていいか了承得ろよ!
「……」
わらわらと六年のヤローたちと天女様が部屋に入ってくるのが気配で分かる。
私はただ関わりたくなくて布団にもぐったまま。
ここは寝たふり一択ですね!
「うん?なんだ、誰もいないじゃないか」
「良く見てみろ、小平太。寝ている様だ」
起きてるけどね!
「えー、なんだぁ。せっかくお話できると思ったのに。頭まで布団被っちゃってるし顔も分かんない」
「新しい天女がどんな顔をしていようが、俺は…その、お前の方が…」
「えっ、なに?文次郎?」
「そ、その…」
「何顔赤らめてんだキ文次郎!望愛にそんな顔向けてんじゃねえ!」
「んだと!?留三郎!お前だって良く同じ様な顔してんじゃねぇか!」
「してねーよ!やんのか!?」
どたばたと争う音がする。
犬猿コンビといわれる潮江文次郎と食満留三郎が喧嘩し始めたんだろう。
「ちょ、二人とも落ち着いて!」
「まったく、望愛の前で何をしているんだ」
「もー!ダメだよ文次郎、留三郎!」
寝てる人(たぬき寝入りだけど)の傍で暴れ始めるのも可笑しいけど、寝ている人(たぬき寝入りだけど)に対しての気遣いはゼロですかそうですか!
寝てるって分かったのに何故に声を潜めない!
何故ケンカ始めるんだ!
つーか帰れよこのクソ野郎共ォォォ!!!い、いやだめだ。落ち着け私!
怒鳴り散らしたい気を必死に堪える。
すると天女様の声に従ってか静かになった。
もうほんと外でやって下さい、私関係ありません。
私怪我人ですから!
「…ねえ、この子怪我してるって言ってたよね?」
「…もそ」
「だよね。この子、下級生の子をたぶらかす?みたいなことしてたから先生たちに罰を受けたんだって…それ、ほんとかなぁ?」
「何だと?」
何だと?
やべえ立花仙蔵とセリフが被った。
いや、私は口には出してないけど。
「そうなのか?」
「そう聞いたの。でも、女の子がそんなことするわけないし…」
「いや、分からないぞ。こういった輩は何を考えてるのか理解出来んからな」
分からないぞじゃねーよ潮江文次郎!
私にとっちゃお前らの考えてることが分からんよ!
なんで!?
何故に私は下級生を誑かしたことになってんだ!?
一応はエンジェルを守って怪我したってのに何故バツとして怪我させられたことになってんだ!?
そんな噂があるの!?
「何にせよ、下級生を誑かすなんて非道なヤツだな!」
「どうする、ここで一端締めあげるか」
「(ひぃっ!)」
う、うそだろ!?
そんな嘘で締め上げられるの!?
こいつらの言う締め上げるってイコール殺害じゃないの!?
死ぬ!今度こそ私しぬ!?
カーン
頭の中を走馬灯が回り始めた時、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
「あ、お昼休み終わっちゃうよ!」
「…こいつはどうする」
「このまま野に放っておくわけには…」
声のトーンが幾分低い中在家長次と潮江文次郎の言葉に震える。
「今日はやめとこうよ。みんなに怖いこととかして欲しくないもん」
「…さすが、望愛は優しいね」
「えへへ、伊作には負けるけどねー」
「じゃ、次にこいつに会ったらぶっ飛ばしていいんだな!」
よくねえよ!?何言ってんだよ七松小平太!
「お前は何を聞いてたんだ。そんな事したら望愛が困るだけだろう」
「無茶しちゃダメだよ小平太ー」
「むー…ならばしょうが無い」
「ほら、もう行こー?」
天女様の声に従い、どうやら全員部屋を出たようだ。
パタン、と扉が閉まる音と、六年と天女様が帰っていく音が聞こえる。
完璧な静寂が出来てからきっちり10分は布団の中にいた。
布団から恐る恐る出てあたりを伺う。
やはり誰もいないが…まだ心臓はバックバク言っていた。
はぁぁ、と深く息を吐く。
「し…死ぬっ…死ぬかと……思っ」
「だいぶ六年生も可笑しいだろ?」
「
ぎぃやあああああああっ!!!?」
背後からかけられた声に絶叫してしまった。
な、なに誰!?
誰もいないと思ったのにっ!
「…どこからそんな声出せるんだ」
「へっ…へ、え…!?」
顔を向けるとそこには五月蝿そうに耳を塞いでいる三郎が。
なんだこいつか!てかまた来たのか!!お前授業じゃないのか!!!
「び…ビビらせんといてくださいよ…っ!うぅえ…」
びっくりし過ぎて吐きそうになる。
く、口から心臓が出そうだ…!
「あー怖かったな。泣くな泣くな」
「泣いてねーよ!」
吐きそうなんだよ!「だが実際に聞いて理解しただろ?六年生がどれだけ天女サマに陶酔してるか」
さらっと三郎は話を元に戻す。
心臓発作を起こしかけた私に気を遣えこんにゃろう。
「陶酔…かどうかは…いやでも、だいぶ天女様が相当大事なんだなとは思いましたね…というか!なに!?私って下級生誑かそうとして先生にボコられて怪我したってことになってんの!?なにその噂!初耳ですけど!?」
「安心しろ。私も初耳だ」
宥められるように言われる。
そう言われても全然安心できませんけど!
「恐らくあの天女サマの出任せだろうな」
「…はっ!?え、出任せ!?」
何言っちゃってるのあの子は!
「なんでそんなテキトーなこと言っちゃうんだ…」
「そりゃ、和花が自分の立場を奪うかもしれない新しい天女サマだからだろ」
なんでさらりと名前呼びしてんだこいつ。
…いや、今はそれどころじゃない。
「…つ、つまり、私が周りからちやほやされるのを阻止しようと根も葉もない噂流して社会的に抹殺しようとしてるって事ですか…!?」
「理解が早いな。付け加えるならば、社会的且つあわよくば六年生に物理的にも抹殺させる気なんだろうな」
「ま…マジ…ですか…」
天女様全然ふわふわしてなかった。
ガンガンに私を亡き者にしようとしてた。
怖すぎるだろばかやろう…!
「…だから言っただろう。天女サマのことはお前と無関係じゃないと」
「…え?」
頭を抱えていた私に三郎がそう言う。
そういえばコイツと初めて会った時、天女様の話題は関係ないと言った私に対して意味深な笑みを浮かべてたっけ。
「あの天女サマは自分に不利に成り得る存在は全て消す。今までだってそうだった。…だからその可能性がゼロではない和花も自ずと関わるのは分かり切っていたからな」
「…な…なんだよそれえぇぇ…」
私は極力関わらないようにしてたのに!
関わらずに学園を出ようとしてたのに!
何故!なんで誰も彼も向こうから関わってくるんだッ!!!
「…死に…たくない…ですぅ…」
床に突っ伏し、うめき声に近い声で呟く。
「ま、頑張れ」
軽々しく言いやがる三郎。
その楽しんでるような顔に苛付き、鳩尾に1発パンチを食らわせておいた。
ぐっ、と籠った声を出した三郎を横目に六年とは絶対に関わらないと心に誓った。
つづく