やっぱ恐ろしい
そいつが現れたのは、私が部屋で一人静かに昼ご飯を食している時だった。
「初めまして、『河童女』さん」
「……」
あまりにも急なことで声が出なかった。
それどころか箸で掴んでいた酢の物をぽろりーんと落としてしまう。
「いや、ここは『天女サマ』と呼んだ方がいいか」
「……」
全身総毛立ってる私の前に立つ、群青色の忍び装束のこいつ。
こいつは五年の…不破雷蔵?それとも雷蔵に変装してる鉢屋三郎か?そのどっちかだ。
同じ顔だし分別つかねぇよ!
…いや今はどっちでも構わない!
なんでこいつここにいるの!?
私がおばちゃん特製の美味しい美味しいご飯を食べていたら、急に天井裏からこいつがひらりと降りてきやがったのだ。
五年とか上級生やん!天女様マンセー!な奴らやん!
もう殺りに来たの!?
死ぬ!?
私死ぬ!?「なっ…………何、ス、か……!?」
やべ、声がカッスカス!
緊張でうまく声が出ねえ!
それを見た雷蔵か三郎がぷっと笑う。
「そんな緊張するな。今すぐ殺そうとか物騒な事は考えちゃいない」
今すぐではなくても、つまりはいつか殺る気なんだろ!
あー怖い!上級生怖いですねっ!
内心はご乱心真っ只中なのに、恐怖で言葉が出ない!
それを見て呆れたように笑う雷蔵か三郎。
「私は五年ろ組の鉢屋三郎。天女サマの名前は?」
こいつ三郎だったのか。
まああれだけ人を小馬鹿にした態度だったからな、そりゃ三郎だろうな!
性格がふわふわしてる雷蔵(不破だけに)とは違うもんな!
というか名前って、なぜ教えなきゃなんないんだ!
こっちは出来るだけ学園の生徒に関わらないようにしてるのに、なぜお前から来る!
…そうか、関わって親しくなったと思わせてグサッと行くパターンか!
こりゃあ本名を明かす訳にはいかない…!
「…た、田中ハナコと申しま「拾石和花、だな」
なんで知ってんだよおおお!さらっと答えんじゃねえよおお!
私の焦りが伝わったのか三郎はにやりとそれはもう嫌な笑顔を浮かべた。
「この間学園長先生たちと話していた時も天井裏にいたからな。名前も聞いていた」
お前かい!
六年の奴らじゃなくて天井裏におったのはお前かい!
つーか『も』ってなんだよ!
お前は一体どれくらい天井裏から見てたんだよ!
「い、いやそれより…なっ、なんでここに…!!」
「まあ、敵情視察と言った所だ」
敵 情 視 察!もう敵確定されてますねっ!
ていうかこいつガツガツタメ口だな!
怒りやら焦りやらが混同している私など気にも止めずに三郎は観察するかのように見てきやがる。
「…今の所、大して害は無さそうだな。頭も良くなさそうだ」
「害……」
ああ、天女様にとっての害か否かってことか。
やっぱ天女様の道を阻むものは消すのか。
うっわ、こっわ!
…というか面と向かって頭良くないとか!なんちゅーやつや!
「あ、あの、私は皆さんに関わる気は毛頭ございませんし…今はこうして怪我が治るまでここに置いてもらってるだけで、治り次第出ていくつもりですので…」
お前も私に関わるんじゃねえ。と言う事を遠まわしに伝える。
「…飽く迄出ていく『つもり』、なんだろ?」
冷めた目で言われる。
言いたいことは伝わってねーし!
まずそこを汲み取るな!
私が言いたいのはそれじゃねえがな!
人がやさしーくまるーく言ってやったってのにこの野郎!
「…気に障ったんならすいません。言い直します。治ったら即座に出て行きますので
あんたもとっとと帰れ。そして私に関わるな」
ぴしゃりと言ってやる。
こういう聞き分けが悪いタイプはだめだ。
はっきりきっぱり言わないと揚げ足ばっかとってきやがる!
「私はあなた方とは関わる気ないですし、天女様とのキャッキャウフフな日常邪魔する気もないです。部屋から出るつもりもないです。だから私は医務室横の部屋に期間限定で住み着いてる座敷童子とでも思ってスルーしてください放っといてください関わらないでくださいそしてさっさと天女様んとこ行ってください。あとついでに殺さないでください」
ノンブレスで言うと三郎はぽかんとした顔になる。
よし、ここまではっきり言ってやれば三郎でも納得するか。
なんて楽観的に考えていたら何故か盛大に笑い始めた。
「っハハハハ!やっぱり変な奴だな、お前」
変なやつって。というかやっぱりって。
変装しすぎて本当の自分の顔を忘れかけたやつに言われたくない。
というか土井先生といいこいつといい、なぜ私が真剣になると笑うんだ。失礼だ。
「乱太郎たちにはあれだけ優しく言葉を掛けて土井先生にも素直に従うとかなんとか言ってたっていうのに、まるで別人だな」
「…あの時も天井裏にいたんですね…」
「まあな」
さらっと言うなよ鉢屋このやろう。
油断も隙もあったもんじゃねえよ!
セコム!セコムしてください!この部屋だけでいいんで!!
「…私なんか見てても何の得もないですよ…もう天女様んとこにお帰り下さい…」
そしてそのまま二度とここに来ないでください。
「…生憎だが、私は天女サマの所になんか行くつもりはない」
「え?」
どういうことだと眉根を寄せる。
上級生はみんな天女様らーぶ!なんじゃないのか。
「上級生の皆が皆、天女サマを崇めてる訳じゃないんだ。まあ大半…特に六年生は天女サマの毒牙にやられてるんだが」
「あ、そ、そう…い、いやでもその話、私関係ないですからね!?求めてないですから!」
手をブンブンと振って拒否する。
せっかく土井先生が天女様情報を入れないようにしてくれたのになんでお前が伝えるんだよ!
すると三郎は意味心に口の端を上げた。
「…それはどうかな?」
「…え…」
その言葉にぞくっとする。
「ちょ、変な事言わないでくれます…?」
「それはすまない」
明らかに心から謝る気は無いような調子で言われる。
なんだよこいつ……!
「…じゃあそろそろ戻る。食事の邪魔して悪かった」
「…ほんとにそうですね」
机に転がった酢の物を恨めしそうに見ながら言ってやる。
せっかくおばちゃんが作ってくれたやつなのに。
私は食べれる回数が限られてるってのに!
「……やっぱり河童となるときゅうりが好物なんだな」
小さい声で三郎は呟いた。
「は?なんの、話……」
と顔を上げた時には、もう目の前には誰もいなかった。
扉開けた気配もないけどたぶん何処かしらから出ていったんだろう。
忍者はやっぱ恐ろしいわ…。
「…というかアイツ、河童っつった?」
…思い返せば、初めにも河童って言われた気がする。
あ。アイツ天井裏で話聞いてたから、一時エンジェルたちに河童って思われかけたことも知ってんのか!
どうせあの三郎のことだ、河童じゃないって分かりつつ人をおちょくり他に言い触らすんだろう。
あいつ河童らしいぞ、とか言って。
最悪やないか!
「…な…なんでこっちは関わるつもり無かったのに向こうから関わってくるかな……チクショウ…!」
この間の土井先生ばりにダン!と机を叩いた。
…その拍子でお皿に乗っていた落としていない酢の物もころりーんと床に飛んで行き、尚更悲しみが増した。
「三郎!」
三郎が長屋に戻ると、その姿を見つけた雷蔵が寄って来た。
「どうだった、新しい『天女様』は。会いに行ってたんだろ?」
そう聞かれ、三郎は心底楽しそうに笑う。
「ああ、思った通りに変な奴だった」
変な?と首を傾げる雷蔵。
すると、眉を下げてこう続けた。
「…今の天女様に影響はありそう?」
「……」
その問に、三郎は苦笑しか出来なかった。
「……今の所は大丈夫そうだ」
「そうか、なら良いんだけど」
どことなくほっとした様な物言いに三郎は心の中でため息をついた。
つづく