aspiration | ナノ
お祖父様と俺とそして三日月との三人での暮らしはどちらかといえば楽しいものではあったが、辛いことはやっぱり 唯一ある。
「どうした雅人
お前はいつも涙をためている」
自室で膝を抱えて座り込んでいる俺に近づき、いつものように指で涙をぬぐいならくすくすと笑う三日月。
「三日月 おじいさまがまた名を呼んでくれない」
「主はああいうお人だ 深く考えてはお前が辛いだけだ」
座り込む俺の前に正座し ぽんぽんと膝をたたく三日月。それを合図に俺は三日月の膝に顔をつけ 腰に手を回す。ぐりぐりと頭を三日月の腹に当てればくすくすと笑いながら頭を撫でられる。
「おれは自分の名が好きだ とうさまとかあさまがおれのために考えてつけてくれた名だ」
「俺が呼ぶだけでは駄目か?」
ゆっくりゆっくり俺の頭を撫でる。
「だめじゃないけどいやなんだ」
自分の気持ちを表現することが上手くできなかったあの頃の俺なりの答えだった。
「そうか なら仕方ないな」
次はあやす様に背中をぽん、ぽん と一定のリズムでたたく。そのリズムはとても心地よくいつも俺はこの時にいつの間にか寝ていた。そんな毎日が続き俺は小学生になり、そして中学生になったある日のことだった。
「ただいまかえりました」
「おう帰ったかみやび」
「お祖父様 大丈夫?」
中学生に上がったばかりの頃からだっただろうか、お祖父様は縁側ではなく本床の間にいるようになった。それに伴い、煙草を燻らせることもなくなった。
「吐かせクソガキ 儂を誰だと思っとるんじゃ」
そうは言うが昔ほど元気がないのは目に見えてわかってしまう、三日月もお祖父様の側から離れることはあまり無い。少し前まで俺に付きっきりだったはあいつが今はお祖父様に付きっきりになるほど容態はいいものではないのだと あの頃の俺は察していたのだが、認めたくない事実だった。
「はは お祖父様は本当に口が悪い
そんなに元気なら問題なさそうだな」
自分に言い聞かせるように呟く、今の俺にはお祖父様しかいない きっと両親はもう俺のことを引き取ることはないだろう 政府だって審神者として教育されている俺を一般家庭に戻してくれることはないだろう。それならば尚更だ、悪い方に考えるのはやめよう。お祖父様だきっと少し経てばまたいつものように縁側で寝そべっている。そうやってこの頃の俺は言い聞かせていた。
「お祖父様 かえりました」
「ああ 遅かったなあ」
少し経てば、いや少し経った。なのにお祖父様は縁側 なんていられるわけもなく床に伏せていた。長話をして疲れさせてはいけないと最近では挨拶でしかお祖父様の部屋を訪れなくなってしまった。俺はただお祖父様がいなくなってしまうという現実から目を背けることしか出来なかった。
「雅人」
自室で考え事をしていると三日月が入ってきた。
「ああ じいちゃん」
「考え事か 雅人」
「あ うん 、 お祖父様のこと考えてた」
三日月と二人きりで話すのは久々だった。お祖父様に付きっきりでいるのは前にも増してだったし、俺は日中学校にいるから尚更そんな機会はなかった。
「雅人 認めたくはないと思うが 主はもう長くない」
「ああ 」
やめてくれ、泣きたくなる。涙を流さないようにそっぽを向き空返事をする。
「それに伴いお前が審神者となる日も迫っている」
「ああ 」
「聞いているのか雅人」
「…、ああ」
「今は真面目な話をしている じじいだからといって馬鹿に…雅人 泣いているのか」
必死に耐えていたものは三日月に肩を掴まれたことで全て溢れ出した。
「本当にお前はいつまでたっても泣く虫がついて回るのだな もう子供ではないのだろう」
三日月は肩から手を退かせ髪を撫ぜる、俺は涙を止める術を知らない。だっていつも止めてくれたのは三日月だったから。
「知ってるかじいちゃん この国じゃ20歳になるまで子供なんだ だから俺はまだまだ子供だ」
唯一言えた強がりに三日月は口角を上げた。
「ははっ そうか 坊なら仕方ない 好きなだけ泣いてしまえ」
そう言うと俺をぎゅっと抱きしめた。何故だか三日月もお爺様と一緒の太陽の香りがした。もっと泣きたくなった。
それからすぐお祖父様は死んでしまった 最期は眠るように死んでいった。それからすぐ俺は審神者になり今に繋がるわけだ。
「んっ 、」
ふと太陽の香りがし目を開けた。
「やっと目を開けたか」
「… 三日月」
そこにはあの頃から何も変わっていない三日月がいて なんだか無性に鼻の奥がツンとした。
「本当に坊には泣く虫がついているな」
「まだ泣いてねーよばか」
「そうかそうか それは悪かった」
手の甲で目を覆い隠す、今こいつを見たら俺は絶対泣く。
「なあ三日月」
「どうした雅人」
「ごめんな」
「ああ」
(ていうか俺どれだけ寝てたの)
(3日ほどだな)
20160121*
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