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あれ俺どうしたんだっけ 酒飲んで、それからじいちゃんと喧嘩してそれで どうなったっけ ああなんだか太陽のいい香りがする これはずっと前にいつもそばにあった香りだ、懐かしい。ああそうか これはお祖父様の香りだ。





「ほう 名は雅人というのか 我が息子ながらなんとも似つかわん名をつけたのう もっと他にあっただろうに…おい儂の孫よお前は今日からみやびだ いい名だろう?」

「いやです おれはとうさまがつけてくれた名がいいのです」

「生意気なクソガキだのう お前は一生みやびだ ばーか」

夢だろうか 懐かしいこれは初めてお祖父様と会った時だ 俺がまだ3歳の頃。俺には両親がいて幸せに暮らしていたのだが、父方の祖父つまり先代であるお祖父様が後継者がいない、と俺を引き取った。両親はもちろん反対したが、父は審神者になる事を猛烈に嫌がり家を出て行ってまで普通の職についた。そんな父に継ぐことなど出来ず、次に白羽の矢が立ったのはまだ幼児である俺。教育次第ではどうにでもなると思われたようだ 政府も審神者が減っては困るのだろう、直々に父の元へ行き俺の引取許可を強制的にとった。そして俺とお祖父様の気まずい生活は幕を開けた。


「ふぅ そういえばお前今何歳だ」

お祖父様は審神者というがいつも暇そうに縁側で寝そべったり 座り煙管を燻らせていた。今日もそうだ、座布団を折り曲げ枕にし寝そべり燻らせ終わったのか煙管を縁側にコツンと叩きつけ吸殻を砂の上に捨てた。

「3さいです もうすぐ4さいになります」
「じゃあお前幼稚園とか 行くわけか」

その言葉に当時の俺は胸を躍らせた、審神者になる為ここに連れてこられたのだから幼稚園や小学校には行けないとばかり思っていた。

「か、かあさまには4さいになってサクラがさいたらようちえんせいになれると言われましたっ」

「 じゃあ桜が咲くまで待つのだのう
忘れてなかったら通わせてやる」
「や、やくそくですよおじいさま!」

「へいへい お前そういう顔もできるんだな クソガキは元気な方がいいぞ」

そう言うとお祖父様は大袈裟に笑いながら俺の髪をくしゃっと撫ぜた。初めて触れたお祖父様は暖かく太陽の香りがした。これはきっといつも日向で寝ているからなのだろうと 当時の俺は自己解釈していた。


「おいみやび」
「……。」
「呼んでんだから返事しやがれクソガキッ」

ゴンッ

「うわあああああんっ
おじいさまがぶった おれ、う、ああああああっ」
「あーーーあーー!!うるせえ!黙れ!
だからいつまでたってもクソガキなんじゃお前はっ」
「うっ…」
「お? 泣き止んだかのう」
「…ないて、ませんので 名で よん、でください」
「どの口が言うんだバカが」

ゴンッ

「うああああんっ また、ぶった
おじ、さ まっひ、どおれ、ないっんうわああああんっ」


毎日のようにゲンコツを落とされ泣いていた、元々両親と暮らしていた頃は男であるにも関わらず外ではあまり遊ばず、室内で読書したり絵を描いたりとそういったものばかりやらされていた。外への露出を避けることで政府やお祖父様の目から避けたかったのかもしれない。両親なりに俺のことを考えてしていてくれたことなのだろうがそれが裏目に出て、いつも男らしくない 男が泣くなと言われ続けていた。そんな日が何日も続き俺が幼稚園の年中になった頃だった、あいつと会ったのは。



「おう帰ったか」

いつも通りお祖父様は縁側で暇を持て余していた。だが今日は少し疲れているようにも見えた。

「はい ただいまかえりました。
おじいさまがやしきの前までむかえに来てくれないので 留守か居留守かわからない と、先生がおこっておられました」
「嫌味か」
「いつものことなので なれました」

そう、お祖父様はいつも送りも迎えもしてはくれなかった。縁側で行って来いと 帰ったかと言うだけ。そして今日はなぜか正面玄関の鍵が閉まっており中に入れなかった先生は本当にいるのかと心配していたが、俺にはお祖父様がいる確証がなぜか持てた。先生に別れの挨拶をし、母屋の横をすり抜け家の裏にある縁側へと顔を出した。

「まあ儂の仕事は家でできるからのう 外には出んよ 居らんでも鍵がかかっとっても帰ってこい ああそうだった今日はお前に新顔を紹介する ほら、出てこい」

「いやはや 主に似つかん息子だな」
「息子じゃねえよ孫だって言っただろ お前人の話聞けや」

母屋から出てきたのは綺麗な三日月だった。

「おいみやび お前は見るの初めてだろう? これが付喪神だ しかものぅ、こいつは天下五剣の一つ三日月宗近」

「お主はみやびというのか まことに愛いやつだな 主には勿体無い」

綺麗な三日月はお祖父様の横に立ち腰を屈め俺を覗き見た 俺のことをみやびと、そう呼んで。

「儂のこと散々言っとるが、誰の霊力でここにいれると思っておるのかのぅ?
今日だってお前のせいで散々霊力を使ってしまったわ」

「ははっ すまんすまん主 ちょっとした冗談だ して、みやび 俺と仲良くしてくれ…どうした坊 なぜ泣いている?」

くすくすと笑いながら言う三日月だったが 俺の顔を見ると目を丸くした。

「うっ …ん、うう…」
「ははっ やってしまったのう三日月 うちのガキはみやびじゃあないんじゃよ」

やはり俺はこの呼び名が嫌いで仕方がなかった そう、泣くほどにだ。大袈裟だと言われるかもしれないがあの時の俺にはどんなことよりも自分の名を呼んでもらえないことが苦痛ですらあった。なのにお祖父様はにやにやと笑いながら煙管を燻らせている。

「そうなのか坊よ 」

庭で立ち尽くし片腕で顔を隠し泣いている俺の前に座り髪をふわふわと撫ぜた。何故だかその優しさに涙腺がどんどん緩んでいく。

「馬鹿かお前 甘やかしたってなんの解決にもならんぞ」
「何を言っておる主 この年頃は甘えたい盛りだ 厳しくしてもいいことはない」
「ふは お前に育児に対して意見されるとは思わんかったのう」

そうお祖父様は笑うが、煙管を縁側に何度も叩きつける音が聞こえる。きっと苛々しているのだろう。

「して 坊 お主の名を俺に教えてくれないか
呼ばれたくない名で呼ぶには坊があまりに可哀想でやれない」

俺が顔にやっている腕を優しく退け 涙の跡を指で拭いながら綺麗な三日月が俺を見つめた。その月が思ったよりも近くて 俺は場違いにもかかわらず言ってしまった。

「きれいだ」

ハッとした時には遅く 言葉になっていた。

「っ おやおや まさか坊に 口説かれるとは
じじいも捨てたものじゃないな」

瞳の月を少し揺らし驚く三日月、だが顔を離すわけでもなく微笑みながらまた俺の髪を撫ぜる。

「ほおーー ふーーん?」

お祖父様はさっきとは打って変わり大層楽しそうにしている 顔を見たわけではないが声色からして察することができる。

「泣き止んだみたいで良かった
さあ坊そろそろ 名を教えてくれ」

そう言うと俺から顔を離し微笑みながら言う三日月。



「お おれは 雅人ですっ 」






(いい名だな雅人 よろしく頼む)





20151202*



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