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「こっちが食堂 えっと 飯食うところとか後 書庫とか色々あるんだ」

遅刻ギリギリになるかもしれないと思いきやその予想とは反し、小狐丸に学内を案内できてしまうほどに時間が余ってしまっていた。

「書庫等もあるのですか…大学とはとても広大な土地を用いているのですね ぬしさまっ」

「あ、 それ 禁止」

「はて それとはなんのことでございましょうか」

身に覚えがないと小首を傾げる小狐丸。

「その ぬしさま だよ
ここではその呼び方禁止だからな」

「そそそんなぬしさま!ではこの小狐どのようにしてぬしさまをお呼びすればよろしいのですか! ぬしさまをお呼びすることも出来ないとあれば お話しすることもままならないではございませぬかっ」

大きな体を揺らしながら俺に縋り付き眉間にしわを作る小狐丸。な、なんだなんでこいつそんなに慌ててんだよ ぬしさまって呼び名がいけないだけで 話しかけんななんて一言も言ってないぞ俺は。

「い、いやだからほら 名前で俺のこと呼べばいいじゃん」
「ぬしさまの、名を ですか、」

そう言うと途端に小狐丸は微動だにしなくなった。

「ダメだったか? じいちゃんや鶴丸達は名前で呼んでるし そこまで気にすることじゃないだろ? 別に俺が審神者だからって名前で呼ぶなとは義務付けられてないし」

「い いえ そういうわけではなく
ぬしさまに誤解をさせてしまったなら申し訳ないのですが ただその今まで ぬしさまのことを名で呼ぶことがなかったので少し小狐めは緊張しているのです…」

「ああ それならよかった!
普通に名前で呼んでくれていいから
別に家に帰ってからもそれでいいし
お前の呼びやすい方で俺は構わないよ」

「で では、その … っ 雅人 さま 」

小狐丸は戸惑いつつも小声で俺にしか聞こえない声で言った しかし、勿論その呼び方も学校では禁止なわけで

「おしい 様はなし」
「そ、そんな っ
ぬしさまを呼び捨てだなんて
そのような無礼極まりないことを…っ」

「そう言われてもなあ 学校で 様なんて呼ばれてたら変な趣味あるのか家に何かしら事情があるのかって思われるし できれば さん とか くん とか 一番いいのは呼び捨てだけど」

小狐丸が慌てながら表情をころころと変えるのがなんとも面白く少し笑いながら言う。

「では みやび と お呼びするのはいけませんか」

みやび それはあいつしか呼ばない俺の名。

「え あーー うーん、 だめ」

頬をかき明後日の方を向きながら言う 笑おうとするがなんともぎこちなくなる。

「三日月はよいのですか、 」

声だけでもシュンとしてるのがわかる。

「はぁ 悪かったよ小狐丸 そうじゃないんだ その呼び方、嫌いなんだよ俺」

このままの雰囲気で1日を過ごすなんて俺には無理だ だったら言ってもいいだろう。そう、俺はこの渾名が嫌いで仕方がない じいちゃんが近侍だからあいつにだけ特別呼ばせてるというわけではない。

「嫌い? ならば何故 呼ばせているのでしょうか」

ちらりと小狐丸の顔を見ると不思議そうに首を傾げていた。それもそうだ、嫌いな渾名を近侍に呼ばせ続けているなんてどう考えても常人がすることじゃない。

「思い出を忘れないためだよ」

「思い出…」

「そう 先代つまり俺のお祖父様、あの人はいつも俺のことそうやって呼んでたんだよ 小さい頃の俺はそう呼ばれるのが嫌で仕方なかった 本当の名前を呼んで欲しくていつも泣いてたんだ でもいざお祖父様が死んで呼ばれなくなった渾名に何故か俺、喜べなかったんだ
もうそうやって呼んでくれるお祖父様はいないんだって思うと ここにぽっかり穴が空いてた
だから、そう呼ばれていた辛さもお祖父様が俺にくれた幸せも全部含めて忘れない為に あいつに呼んでもらってるんだよ、みやびって」

「ぬしさま なぜ私めにそのような話を」

「隠してたわけじゃないんだ ただ少し言いにくい話だったからさ 機会があれば話そうって思ってたよ お前にもみんなにも。
まあただ、嫌いな渾名を何人もに呼ばれたくないわけなんだよ俺としては だから ごめんな?」

さっきとは違って自分でもわかるほど自然に笑顔が出た

「この小狐 ぬしさまに謝らなければなりませぬ いつもいつも三日月ばかりぬしさまを特別な呼び方をして 、と 低俗で恥ずべき感情を抱いておりました 誠に失礼致しましたぬしさま」

深々と頭を下げて言う小狐丸。

「お、おい そんな畏まって言うなよっ
別に怒ってないし むしろ申し訳ないって思ってるよ!今まであいつの呼び方について何も言ってなかったんだからっ

…だからさ、顔上げて 今日は1日俺の学生生活に付き合ってくれよ?」

帽子をかぶっている小狐丸の頭を撫でながら言う 耳のそばを撫でてやると喜ぶんだが生憎今は誰が見てるかわからないここでは避けよう。家に帰ったらブラッシングでもしてやろうかな

「ぬしさまは本当に慈悲深いお方です この狐一匹すら愛をかけてくださるのだから ですがこの小狐丸 このままではぬしさまにも先代様にも申し訳が立ちませぬ 是非とも罰をお申し付けください。」

ほんとこいつの忠誠心っていうか 懐き具合が最近心配だ。

「じゃあ 学校では俺のこと呼び捨てにして それで今回の話はぜーんぶチャラだから はいこれ命令」

早口でそう言うと始まっているであろう講義へと出るため足を動かした。

「え、あ、そ そのようなことで私がしたことは赦されるはずありません!」
「いいんだよ俺が良いって言ってんだから」

後ろから駆け寄りまだ食いついてくる小狐丸、だが俺も足を止めることなく前だけを見て言う。

「ですが、ぬしさま…」

中々諦めない小狐丸に痺れを切らし、足を止め後ろを振り返った。小狐丸は俺がいきなり止まり振り返ったことに驚き体をビクつかせたが はっとし俺の目を見つめていた。

「じゃあさ、名前 呼んでみて?
お前まだぬしさま ぬしさま言ってるよな
俺の言った罰まるで実行する気ないみたいだけど?」


「そのようなことはありませぬっ
ただ その …」

「なに言い訳?」

少し威圧的に言ってみる 別に怒ってるわけでもないのだが、こうでもしないとこいつは俺のとこを名前で呼ばない気がする。

「っ… …ぁ …雅人…」

「ん?ごめん聞いてなかった」

「雅人っ」
「うん なに?」
「こ 小狐はとても心臓が持ちませぬ」

「うんうん 罰だからそれでいいんじゃないの? じゃ 今日の日没くらいまでだけど頑張れよ」
「かしこまりました…」






(ただいまー)(おかえりみやび おや小狐丸何故そのように疲れているのだ)




20150924*



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