始まりの日
◇◇◇
人が2人寝ても余裕のある大きいベッド、真っ黒なカーテン。余計なものは一切ないそんな部屋は、嗅ぎ慣れた煙草の匂いが仄かに漂っていた。
「こ、し…いたい」
ベッドの上で
うつ伏せになったままそう涙声で呟くと、今朝よりも酷くなった掠れ声に自分でもびっくりした。
上半身に、やけに大きいYシャツが一枚だけ。ボタンを留めていないので裾が横に広がっている。
そんな事後を思わせる格好で、先程から続く鈍い痛みを紛らわそうと腰を擦った。
事実、さっきやることをしたばっかなのである。
ズレた黒縁の眼鏡を掛け直した自分事、日向 伊呂波は腰痛の原因を作った相手を視力のあまり無い瞳で探した。
容易に見つかった相手は上半身だけ裸で、ベッドの端に座り煙草を悠々と吸っている。
煙草……吸いすぎはだめって、いつも言ってるのに…。
実際、いつも言った所で改善してはくれないんだけど。そんな事を思いながら、その横顔をじっと見た。
若干ぼやける視界の中でも凄く綺麗で、いっそこの世のものとは思えない。そんな姿は女だったら誰でも恋をしてしまいそうだ。
今まで、数少ないけれど見てきた人の中でも比べられないくらいかっこいい。
だって、毎日見ていても
つい見とれてしまうんだから。
「…流君」
無意識に呟いた名前に、流君は一度だけチラリと目線をこっちに向けるとまた煙草を吸い出した。
うっ…。な、流し目かっこいい…………。
今日も今日とて格好いいです、まる
あ。
じゃなくてっ!違うんだよ!
重要な事を思い出した。
勢いをつけてガバッと起き上がる。この際、腰が痛いのは我慢。否、忘れてた。
そのままガクッと崩れそうになる腕をなんとか叱咤して踏ん張ると急に動かした身体は、ギシギシと悲鳴をあげた。
うわ…気付いたら痛くなってきたぁ。
で、でも我慢…がまん。
だってまだ間に合うはず、だから…。
「りゅ、りゅう君っ…」
そう意を決して再度流君を見上げた。
◇◇◇
「………がっ、学校いこ?」
そうなのです!学校!
今朝は無しって言われたけど…。
そんなに時間たって無いだろうし(たぶん2、3時間くらい…きっと!)間に合うかも!という考えで背中を向けている流君に聞いてみた。
「………」
だけど、返ってきたのは無言。
…何か怖いオーラが出てる気が…。部屋の温度が下がったような感じがしたのは気のせいじゃない…はず。
「お、怒んないでっ…?
でもさっ…今日は転入日だし、ね…。え…と」
心なしか涙声で訴える。
それもしょうがない…はず。
流君……怒ると怖いし。
「……。」
段々視線が下がって来るのを自覚しつつ待ってると、流君がゆっくりと近付いてくる気配がした。
少しの期待に顔を上げると行き成り、ふーっと煙草の煙をオレの顔面へと吹きかけた。
「ふわっ」
突然の苦い煙にケホケホッと咳込む。
何事かとおずおず流君を伺うと、腕を掴まれてぐぃっと引っ張られた。
その勢いのまま、横抱きに変えられ扉の方へと進む。
急な行動に、はだけるYシャツを気にすることなく目の前の首筋へ腕を回す事が精一杯だった。
かなりプチパニック中です。
「けほっケホ……。り、…りゅう君っ?どう、したの……?」
捕まる力を少しだけ強くしてそう不安気に言ったら、
「…風呂入んだろ」
と、一言。
……ん?え、あの。
もっ…もしかしてそれはっ!
ちょっとした期待に胸が跳ねる。
了承という事でしょうかっ!
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