アナタが世界でボクが色。 | ナノ


1



ベッド。それしかない。物の置かれていない薄暗い無機質な部屋。


隅の黒いカーテンの隙間から、一筋の光が高級そうな広いサイズのベッドへ降り注いでいる。


照らし出されているのは、絡み合うように眠る2つの影。隆起する真っ白なシーツは、一定のリズムで上下している。


不意にその1つ『日向 流生』が、機械的に何度目かの瞳を開いた。

どこか危険の色を含んだ漆黒の瞳は、薄暗い室内のなかでも一際異質に光っていた。白と黒、それしか写さないような目はしかし隣で安らかに眠るもう一人をチラリと視界に写しだした。
整った顔立ちのその少年は、頬をほんのりと赤く染めて長い睫毛を伏せている。キラリと艶めいた、軽く癖毛質な薄い色合いの髪はどこか儚げな印象を与えていた。



「おい」



唐突に低音の色気を纏う声が、静まり返っていた寝室へ響き渡る。
少しも不機嫌さを隠そうともしていない声。


「……」


「……、ぅー…」


「…―伊呂波」


問い掛けに応えるようにその『伊呂波』と呼ばれた影の1つは、まだ起きたくないのか長い睫毛を震わせぐずるように再度シーツの中へと潜りこんだ。


「…も…すこ、し……」


シーツの中から紡がれたその声は甘く寝起きとはまた違った掠れ声だったが、聞こえるか聞こえないかの蚊の鳴くような声をしかし彼の耳には届いたようで漆黒の瞳がその温度と共にスッーと細められた。


「……」


ギシリとベッドのスプリングが軋む。流生が軽く身体を起こすと、何の前触れもなくシーツを剥いだ。


「…犯されてぇのか」


一瞬の沈黙後、また一段階下がった不機嫌なオーラと低音の声が部屋に浸透すると、伊呂波は寒さも忘れ弾かれたようにガバッと相手が居るであろう方に声を張る。


「、起き、る」


冷水を浴びせられたような青い顔で焦る声は微かに震えている。しかし、うろうろと見上げるぱっちりとしたくすんだ瞳には、一切相手を映していなかった。


「…『起きる』じゃねぇだろ」


「…で、でも昨日遅かったから、それにっ」


伊呂波のしどろもどろな語尾に流生は「言い訳は聞いてねぇ。」とひしゃりといい放つ。

「予定は無しだ」

今日絶対に言われたくなかった言葉を吐かれた。終わりだとばかりに気配は遠退く。
伊呂波は目頭がぼんやりと熱くなるのをおさえた。


「……や、やだ流くんっ…」


「あ?」


「……っ」


伊呂波が口ごもると『流くん』と呼ばれた流生が、目を細め不機嫌そうにジロリと睨む。しかし、その雰囲気に気付かないのか「でも」と口を開いた。どうしても、諦めきれない理由がある。


「だ…だって、今日行くって言った、じゃん……」


「あぁ?」


ここで、負けたらいけない。本当に予定が無くなってしまう。それだけは避けたい。伊呂波は流生の気性をその身を持ってわかっている。


「…い、…言ったもん」


シーツを握り返し、負けじと睨み返す。じっと見つめていた瞳が揺らぐ。長い睫毛を上下する度にぽろりと溢れ出しそうだ。


「…だったら早く起きろ」


「……ごめん、なさい」


鳥の囀りさえも聞こえないそんな空間に、すべての理不尽を飲み込んで、か弱い声がポツリと広がった。


暫しの沈黙の後、流生は徐に細い腰を引き寄せて、顎を強引に掴むと噛みつくように唇を寄せられた。

prev next