×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
私を、忘れないで―…。


『っ……だ、れ…?』


耳元で囁くように聞こえてきた声にゆっくりと瞼を持ち上げる。仰向けの状態からゆっくりと立ち上がろうとすると、やけに固い感触にぼんやりとしていた意識が漸く覚醒する。
床、だ。布団の上ではなく、床の上に寝ていた。そのうえ、


『ここ…どこ…?』


目に写ったのは見たことのない薄暗い部屋。教室、だろうか。その思えるのは、辛うじて黒板と数客の椅子があるから。その他には何も無い。本来ならあるはずの教卓も、机も、とにかく何も無い。その代わりとばかりに、周りには見知った皆が倒れている。
とにかく皆を起こそう。
一番近くに倒れていた日向くんに手を伸ばして、「日向くん!」とその背を揺すると、小さく呻いてからゆっくりと起き上がった日向くんは、掛けたままの眼鏡を押し上げながらこちらを見上げた。


『大丈夫??どこも痛くない?』

「っはい…。てか、ここは…?」

『分からないの。学校っぽいけど……』

「学校……?俺らは合宿所にいた筈なんすけど……あの、あと、」

『うん?なに?』




「あんた、誰っすか??」




眼鏡越しに向けられた視線と、問いかけられた質問にひゅっと息を飲んだ。



***




向けられる視線が痛い。苦しい。

あれから、日向くんと2人で他のみんなを起こしてみたけれど、なぜか、誰1人として私のことを覚えていない。
日向くん。リコちゃん。鉄平くん。俊くん。大我。テツヤくん。幸くん。黄瀬くん。森山くん。小堀くん。大坪くん。木村くん。清志くん。緑間くん。和成くん。翔一くん。青峰くん。さつきちゃん。岡村くん。健介くん。辰也。紫原くん。そして、征十郎くん。
全員、1度は話したことのある人達。それなのに、皆が口を揃えるのだ。私なんて知らない、と。
「誰だあんた?」「何者だ?」と問われる度に、冗談だよね?と笑いたくなるのに、向けられる視線の鋭さに“冗談”などではないのだと思い知る。

どうして。どうして皆は私のことを忘れているの?

皆の視線から逃げるように視線を落とすと、キラリと胸元で光る指輪が目に入る。ぎゅっとそれを握り締めた時、状況を確認するためにで話し合いをしていた征十郎くんがゆっくりと歩み寄ってきた。


『せ……赤司、くん…』

「…俺のことを知っているんですね」

『…赤司くんだけじゃないよ。ここにいるみんなの事も知ってる…』

「…名前を聞いても?」

『…苗字名前。大学1年生だよ。…高校は誠凛に通ってた。合宿にも、お手伝いとして参加…してたんだけど……』


何言ってるんだ、こいつ。口には出さなくても、みんなの目がそう言っている。目の前の征十郎くんも、赤い瞳をスッと細めて怪しむように私を見つめている。


「……残念ながら、ここにいる全員、あなたの事を知らないと言っています」

『っ…でも、私は…!』

「単刀直入に聞きます。俺たちをここに連れて来たのは、あなたですか?」

『ち、ちがっ…!』

「違う?ほんなら、何か証拠でもあるん?信じて欲しいって口で言うだけなら誰でもできるわ」

「この状況。どう考えても、この中で一番怪しいのはてめえだろうが」


征十郎くんに続くように、翔一くんと清志くんが責めるように声を上げる。いや、責めるように、じゃない。責めているのだ。お前のせいだと。
こんな2人を、こんな皆を、私は、知らない。
いつも優しくて、指輪にばかり縋っていた私を受け入れてくれた、温かい皆が、

ここには、いない。

ジワリと目頭が熱くなる。零れそうになるものを抑えるように、指輪を握る手に力を込める。泣くな。泣いちゃ、だめだ。この状況で泣いたところで、何も変わりやしないのだ。ゆっくりと息を吐き出して、煩い心臓の音を落ち着かせる。引き結んでいた震える唇をゆっくりと解こうとしたその時。


―………ヲ……レ……デ…―


『っえ…?』


廊下から聞こえてきた消え入りそうな音。いや、声、だろうか。目を丸くして窓の方へ視線をずらすと、「どうかしましたか?」と怪訝そうに征十郎くんが眉根を寄せる。


『…今、何か、声が……』

「は?声?」

「…そんなもん聞こえなかったっスよ。つか、そうやってさっきの質問から逃げるつもりっスか?」

『ち、ちがっ…!本当に、今、廊下から声が、』


聞こえたの。そう続けるはずの声が止まる。
何故か。それは、声を出せなくなったから。窓ガラス越しに見えた、“女”の姿に。

音もなく現れた“女”は、白い着物を身にまとっている。無造作に伸びた長い黒髪のせいで顔はよく見えないけれど、でも、その隙間から見えるはずの目が、そこに、ない。眼球が、ないのだ。着物から見える手足も異常なほど細い。なにより、一番恐ろしいのは、首が、ありえない方向に曲がってもなお、歩いていること。


「なっ…!」

「なんだよ、あれ…!?」


誰かが震えた声をだす。口を抑えてその場に座り込むと、すーっと廊下を通っていた“女”が、不意に足を止めた。そして。


バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ


「ひっ……い、いやあああああああ!!」


やせ細った腕からは考えられないような力で窓を叩く“女”。窓の近くにいたさつきちゃんが悲鳴を上げれば、更に“女”の力は強まる。
ピシリと、ガラス窓にヒビが入る。まずい。このままじゃ。耳を抑えて蹲っているさつきちゃんに手を伸ばせば、涙で滲んだ瞳が驚いたように丸くなった。


『さつきちゃんっ!!!!』


パリンッ!!!!


『っ、いっ……』


蹲るさつきちゃんを、覆い被さるように抱きしめると、綺麗な桃色の瞳が驚いたように見開かれる。飛び散ったガラスの破片のせいで、腕に出来た傷に顔を顰めれば、次の瞬間、誰かの声が鼓膜を揺らす。


「っ逃げろ!!!!」


ハッとしたように、全員が教室を飛び出そうとする。さつきちゃんの上から退き、「行こう!」と彼女の手を引いて立ち上がらせると、さつきちゃんの無事を確認して安心したように息を吐いた青峰くんが、彼女の腕を掴んで走り出す。私も、逃げなきゃ。
腕から流れる血を止めようと手で押さえて立ち上がろうとしていると、「何やってんすか!」といまだ座り込んだままでいる私の目の前に現れる誰か。


「あんたも逃げンだよ!!!」

『っ!ひゅ、…が、く……』


怪我をしている方とは反対の腕を掴まれたかと思えば、強い力で引っ張られ立ち上がらせられる。そのまま、走り出した日向くんの背中に、じわりと込み上げてきた涙。それを拭おうとした時、

キンっと、何かの落ちるような。
そんな、音がした、気がした。
私を忘れないで

prev | next