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あ、と思った時、視線の先に見えたのは、天に向かって真っ直ぐに伸びる銀色の刃。

刀だ。

甲板の脇に座り、刀の手入れをしているゾロさん。ついまじまじと見つめていると、そんな私の視線に気づいたらしいゾロさんが「…なんだよ?」と眉根を寄せる。


『あ…す、すみません…日本刀って本物みるの初めてで…』

「にほんとう…?なんだそりゃ?」

『え…あ…か、刀の、ことです、』


そっか。ここには“日本”がないのだから、“日本刀”という表現は使わないのか。慌てて言い直した私に少し怪訝そうにしながら、「…興味あんのか?」とゾロさんが尋ねてくる。興味、そう言われて少し考えていると、「なんでそこで考えるんだよ」と呆れたように息を吐かれる。


『綺麗だなあ、とか、かっこいいなあとは思います、けど……』

「けど?」

『持ちたいなあ、とは思わないので…』


ピタリと手入れをしていた手が止まる。ゆっくりと視線を刀から私に向けたゾロさんの視線が何故か痛くて逃げるように視線を彷徨わせる。


「…そりゃそうだろ。持つ理由がなきゃ、持ちたいなんて思わねえよ」

『…ゾロさんは、理由があるんですか…?』

「…まあな」


再び手を動かしたゾロさん。そんな彼の姿をじっと見つめていると、「あら?」と聞こえてきた声に顔をそちらへ向ける。


「珍しい組み合わせね、」

『ロビンさん、』

「刀に興味あるの?」


ゾロさんと同じことを聞いてくる彼女に苦笑いを浮かべて首を振る。「そうよね」とくすりと笑ったロビンさんは、階段の手すりに背を預けると、そっと口元に笑みを浮かべる。


「あなたには、刀なんて似合わないものね」

『…まあ…持つ理由もないので…。でも、ロビンさんが刀を持ってる姿も想像できませんね』

「私には、他に“戦う術”があるから、」


戦う、すべ。
一瞬言葉を詰まらせると、「おい、」とゾロさんが咎めるようにロビンさんを呼ぶ。その声に申し訳なさそうに眉を下げたロビンさんは、「ごめんなさい」と謝罪を口にする。


『え、い、え…なんで、謝るん…ですか…?』

「…震えるわ」

『え……』


ロビンさんに指摘され、自分の手を見ると、確かに小さく震えていて、思わず自嘲してしまう。なんて情けないのだろう。
けれど、考えてしまったのだ。海賊として冒険をしている彼らは、きっと、誰かと争うことだってあって、そして、その人たちを傷つけたり、傷つけられたりしたことがあるのだろうと。この世界ではきっと、当たり前のこと。でも、私からすれば、酷く恐ろしいことだ。
穏やかで優しいこの船の皆からは想像もつかない様。だからこそ、それが少し、怖いとも思ってしまった。

「すみません」と謝る私に、「どうして謝るの?」とロビンさんが目尻を下げる。上手く言えなくて、黙ってしまえば、見かねたゾロさんが大きく息を吐き出す。


「…言っとくが、俺達は敵でもねえ限り刃を向けたりしねえよ」

『っそんなふうには思ってません!』

「っ!」

『ただ、嫌に、なって…。海賊って聞いてたのに、“戦う”姿を想像しただけで、少しだけ“怖く”なった自分が、嫌に、なったんです…』


じわりと目尻に涙が浮かぶ。「お、おい、」とゾロさんが少し焦ったように声を掛けてくれるけれど、浮かんできた涙はとうとう頬を滑り降ちる。ああ、もう、ほんと。情けない。ナミさんから借りている服の袖口で涙を拭おうとすれば、それよりも早くロビンさんの手が伸びてきて、親指で涙を掬われる。顔を上げて彼女を見ると、優しく微笑んだロビンさんは、どこか羨ましそうに目を細めた。


「…優しいのね」

『…優しいんじゃなくて、臆病な、だけです、』

「そんなことないわ」


緩く首を振ってくれるロビンさん。そんな彼女に「ありがとうございます」とお礼を言うと、嬉しそうに目を細められる。ああ、ほら、彼女もこんなにも温かい。
この世界が、酷く恐ろしい所だということは、もう身をもって体験している。けれど、それだけではないということも。この世界ととても怖いけれど、同時に、とても温かい。
すうっと大きく吸った息をゆっくりと吐き出す。照りつける太陽に目を細めながら空を見上げると、「どうかしたの?」とロビンさんが小さく目をむく。


『……不思議な、世界だなって、思って、』

「どうして?」

『海賊がいて、武器があって、人を傷つけたり、傷つけられたりするのに、それなのに……そんな世界でも、こんなふうに温かくて優しい場所があるから、だから、』


本当に、不思議な世界だ。
私の言葉を聞いたゾロさんは少し間を空けると、「はんだそりゃ」と小さく息を吐く。けれどその声が何処か優しい色を含んでいるのは気の所為ではないだろう。ロビンさんはと言うと、私の視線を追うように空を見上げ、ふと笑って「そうね」と頷く。その姿がとても綺麗で思わず見惚れていると、目が合ったロビンさんにふふっとおかしそうに笑われてしまった。
プロローグ 9

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