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『…おいしい……こんなに美味しいスープ、はじめて……』


スプーンを握ったまま呆然とした様子でスープを見つめる名前。そんな彼女の反応にサンジくんはとても嬉しそうにしている。
「まだ怪我人なんだから、消化にいいものを!」というチョッパーの言葉によって作られたカボチャのスープ。「俺達が釣った魚じゃねえのかよ!」とルフィが文句を垂れていたけれど、「名前ちゃんは怪我人なんだ」というサンジくんの言葉と睨みに不満そうに口を尖らせて押し黙った。どうやら釣りをしている間に随分と仲良くなったらしい。

ほうっと感動したように息を漏らし、また1口スープを飲む名前。なんだかその様子を見ているだけでお腹いっぱいになりそうだわ。なんて考えていると、「とっても美味しそうに食べるわね」とどうやら同じことを考えていたらしいロビンがくすりと笑う。


『だって、ほんとに、すごく美味しから…』

「はは、そんなに褒めても貰えるなんてコック冥利に尽きるよ」

『…料理は愛情って言うし、サンジさんは、この船の人達が大好きなんですね』


ふわりと笑ってそう言った名前に、ぴしりとサンジくんの身体が固まる。「なんだよサンジー」「俺たちのこと大好きなのかよー」とニヤニヤとし始めたウソップとルフィに「おろすぞ!!俺が愛を込めてるのはナミさんとロビンちゃん、そして名前ちゃんにだ!!」とサンジくんが怒鳴ると、そんな様子に微笑ましそうに名前が目細める。

まあ、なんていうか、本当に普通の子だ。
いや、普通の子よりも穏やかというか、柔らかいというか、とにかく平和な場所で育ったのだろうということがよく分かる。
白い肌に巻かれた包帯やガーゼはどう見ても不釣り合いだし、何より、こんな世界で生きているというのに、海賊対しての耐性が全くと言っていいほどない。なにしろ、第一声が“殺さないで”だ。それもか細く頼りない、今にも泣きそうな声で。海賊である以上、煙たがられたりすることは当然だ。けれど、小さな身体を更に小さく丸めて、蹲りながら泣くその姿に胸がいたんだのは私だけでは無いはずだ。だって、隣でそれを見ていたゾロやサンジくんからは、息を呑むような音が聞こえてきたし。

普通の子。なのに、ちょっと不思議な子かも。

なんて思いながら、スープを食べ終えた名前を観察していると、お皿をサンジくんに向かって渡した名前が「皿洗いとか、手伝えることありませんか?」と首を傾げる。


「え?いや、名前ちゃんにそんなことさせられねえよ、」

『でも、私、助けてもらったばかりか、船に乗せてもらってるのに何もしないのは…』

「真面目ねえ、そんなこと考えなくていいのに、」


ほんと、馬鹿が付きそうなほど真面目だ。呆れたように言葉を零した私に、苦く笑う名前。
まあでも、こういう時は何かさせてあげた方がこの子の気持ちが楽だろう。
チラリとチョッパーへと視線を移すと、「どうした?」と首を傾げられる。「名前に、みかんの収穫、手伝ってもらっていいかしら?」と尋ねると、うーんと少し眉根を寄せた後、「少しならいいぞ」と船医から許可がおりる。


「て、ことだから、どうしても何かしたいなら、私と一緒にみかんの収穫してよ」

『あ…は、はい。ありがとうございます、ナミさん』


またふわりと音がつきそうなな顔で笑う名前。なんだか慣れないなあ、とその笑顔に胸のあたりが少しこしょばゆく感じた。



***



『この木って、ナミさんが手入れしてるんですね』

「そ。これはあたしの故郷から持ってきた木だからね、」


パキっと収穫用のハサミを使ってみかんを切る。渡した実を傷んでいるものとそうでないものにわけるのが名前の仕事だ。
つやつやと光るオレンジ色はいつ見ても大好きな色だ。ベルメールさんが教えてくれたみかんの手入れは今もこうして役立てている。


「…この木はね、元々、私の育ての親が育ててたみかん畑にあったものよ」

『育ての、おや…?』

「そ。私拾われたの。その人に。ベルメールさんって言うんだけど、血の繋がりのない私に本物の愛情をくれて育ててくれた」


「でも、」とその先を続けようとして手が止まる。不思議そうに「ナミさん?」と首をかしげた名前。ゆっくりと手に持っていたみかんを見つめると、少し傷のついたそれに、左腕の刺青がずきりと疼いたきがした。


「…ベルメールさんはね、海賊に、殺されたの、」

『え………』

「だから私は、海賊が大っ嫌い。今もそうよ?自分が海賊になったからって、好きになったわけじゃないわ。…だから、あんたがあの時“海賊”だって知って私たちを怖がった気持ちも、よく分かる」


「はい、」と持っていたみかんを名前に渡すと、ゆっくりとした動作でそれを受け取った名前の視線がみかんが入っている籠へと落とされる。余計な話をしてしまったかな、と少し後悔していると、徐に口を開いた名前がそっと尋ねてきた。


『…どうして、ナミさんは、海賊に?』

「…それは…」


名前の問いかけに、思い浮かぶのはあの日の光景。“ナミなら出来るよ”と笑ってくれるベルメールさんと、幼き日のノジコの姿。ふっと笑みを浮かべた私に、俯いていた名前がゆっくりと上がる。どうしたのか?とでも言うように瞬きをする名前に、まだ木になったままのみかんをそっと撫でてみせる。


「ベルメールさんと約束したのよ。自分の目で見た世界地図を書くって、」

『世界地図って…じ、自分で?書くんですか??』

「そうよ。私は、私の目で見た世界地図を完成させてみせる」


「そのために海に出たんだから」と笑って見せれば、呆気に取られたように固まっていた名前がゆっくりと深呼吸をする。ぼそりと零すように「すごい…」と呟いた名前に、「感心し過ぎよ」と笑うと、そんなのことは無いと言うように名前は首を振る。


『地図って、完成したものを買うものってイメージしかないから…だから、自分で作るっていうナミさんは本当にすごいと思います』

「普通はあんたの考え方が正解よ。結局、この船に乗ってるくらいだから、私も夢見る馬鹿の1人ってわけ」


冗談交じりでそう返したところで、「んナミすわあああん!名前ちゅわあああん!休憩用のドリンクでえええす!」とサンジくんの声が響く。「休憩よ」と言って後方甲板の方へと降りると、オレンジジュースの入ったグラスを持ってきたサンジくんにお礼を言って1つそれを受け取る。


「名前ちゃんも、どうぞ、」

『あ…ありがとうございます、』


サンジくんから渡されたオレンジジュースを1口飲んだ名前は、またほうっと感動したように息を吐いた。この子、これからサンジくんの作ったものを食べる度にこの反応をするのかしら。「美味しいかい?」と尋ねる彼に、「はい、」と頷いた名前は、ふと思い出したようにサンジくんに向かって声を掛ける。


『…あの、サンジさんも、その…何か、夢があってこの船に乗ってるんですか…?』

「え、俺かい?俺は…オールブルーを見つけるためさ」

『…おーふ、ぶるー?』


どうやら聞いたことのない言葉だったらしい。頭の上にはてなマークを浮かべている名前に小さく笑ったサンジくんは、オールブルーがどういうとのなのかをとても楽しそうに話し出す。時折相槌をうちながら、サンジくんの話を聞いていた名前。氷が溶けちゃうわよと、そんな2人を傍目にしながらもちゅうっとオレンジジュースを味わっていると、ハッとしたサンジくんが慌てて名前に向かって申し訳なさそうに眉を下げる。


「ご、ごめん名前ちゃん。つい夢中になって話しちまったせいで、ジュースの氷、溶けちゃったね」

『え?…あ、いえ、そもそも私が聞いたので…』

「けど…」

『…この船に乗ってる人は、みんな、すごく素敵な夢を持っている人ばかりですね…』

「え…」


眩しそうに目を細めた名前のそっと笑みを浮かべる。氷の溶けたオレンジジュースを1口飲む。薄くなっているであろうそれも美味しそうに飲むその姿は、きっと、海賊船には酷く不釣り合いだ。


『ルフィさんは、海賊王になるために、ウソップさんは勇敢な海の戦士になるために、チョッパーさんはどんな病気も治せる万能薬になるために、ナミさんは自分の目で見た世界地図を書くために、そしてサンジさんはオールブルーを見つけるために。…どれも、私には想像出来ないくらい大きくて、不思議で、でも、すごく素敵な夢で…』


細まっていた瞳が、優しく伏せられる。緩く弧を描いた唇をそっと開いた名前は、伏せていた瞳をまたゆっくりと開ける。


『だから、“夢見る馬鹿”なんかじゃないですよ』

「っ、名前…」

『麦わら一味って、大きな夢でも堂々と話すことが出来る、そんな、素敵な人達の集まりなんですね』


ああ、もう、ほんとに。なんて、不釣り合いなのだろう。
目尻を下げて優しく微笑むその姿は、海賊船にはやっぱり似合わない。チラリとサンジくんを見ると、タバコを落として、呆けた表情と名前を見つめているものだから、つい笑ってしまう。

名前、普通の子だ。
真面目で、穏やかで、臆病で、泣き虫で、けれど人よりも柔らかすぎる空気を持った、そんな、普通の子だ。
プロローグ 8

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