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「くそ……!!パーを!パーを出してさえいれば……!」


悔しがる上鳴くんに、「まだ言ってんのかよ」と瀬呂くんが呆れている。そんな二人のやり取りに苦笑いをしていると、「お次の方どうぞー!」というスタッフさんの声に、私と、そして轟くんが水中モービルへと乗り込んだ。

水族館を一通り回り終え、お昼を挟んだ私たちは、午後は体験ゾーンの方へと向かった。
そこで先ず真っ先に目に付いた乗り物が、水中モービルに乗って、水槽の中を回れるというもの。ただ、そのモービルの定員が2、3名ということで、5人いる私たちは2人と3人に別れること。そうして決まったのが、私と轟くん。そして瀬呂くん、切島くん、上鳴くん、という組み合わせだった。

「いってらっしゃーい!」と手を振られながら扉を閉められ、モービルが動き出す。ボチャン!と水の中に入ったかと思うと、次の瞬間、目の前に映った光景に、「きれい、」と思わず呟いた。


「すげえな、これ」

『うん。なんか、私達も一緒に泳いでるみたいだね…!』


水槽の中の魚たちがすぐ傍を通って泳いでいく。モービルの中から見える景色は、青一色でとても美しい。「綺麗だね」と零した私に、「ああ、」と思わずと言うように轟くんも頷き返してくれる。体験時間は確か15分くらいだっただろうか。これなら、飽きなく楽しめそうだ。

そうして暫く水中散歩を楽しんでいると、ふと轟くんが何も言わなくなった事に気づく。「轟くん?」と隣に座る彼を見ると、視線を下へと落とした轟くんが徐に唇を動かした。


「体育祭のとき、」

『え?』

「……体育祭のとき、苗字に言ってた“やり直したい”相手……あれ、俺の“お母さん”の事なんだ」

『おかあ、さん…?』

「苗字、個性婚って知ってるか?」


個性婚。確か、より強力な個性を持った子を作るためにのみなされる、愛のない“結婚”のことだ。倫理感的な意味で問題になったとされているけれど、どうして今その話題を。まさか。


「…俺の父親、エンデヴァー。あいつは、“個性婚”で母と結婚し俺や姉さんたちを母に産ませた」

『っ』

「クソ親父の望み通り半冷半熱の個性を持って産まれた俺を、アイツはオールマイト以上のヒーローになる為に育て上げようとした。そして、そんな結婚を強いられ、子供を産まされた母は心を病んでしまい……結果、俺は母に煮え湯を浴びせられ、その時にこの火傷を負ったんだ」

『………なんで……なんでそれを私に……?』

「…俺はずっと思ってた。アイツの思い通りになんかなって溜まるか。アイツの個性である左側の力なんて使わなくても、俺は一番になってみせるって。……でも、その考えを緑谷が変えてくれた」


“君の、力じゃないか!!!”


「トーナメントの時、アイツが……俺のこの左側の力は、エンデヴァーの、クソ親父のものなんかじゃない。これは俺自身の力だって行ってくれた時、“なりたい自分になっていいんだよ”。そう言ってくれた母の姿を思い出したんだ。んで思った。俺が頑なに左を使おうとしないのも、病院にいるお母さんに会いに行かないのも、全部、“逃げよう”としてただけなんじゃないかって。そんでそんな俺に、苗字が言ってくれた」


“未来は、変えられる”


「そう言われた時、目の前が晴れた気がした。お前の言う通り、過去は変えられなくても、未来は俺の行動次第でどうとでもなるんだって、そう思えた。
…だから昨日、お母さんに会ってきたんだ」

『……病院にいるお母さんに?』

「ああ。……10年ぶりに会いに行って、最初は正直ビビってた。お前の顔なんか見たくねえったそう言われるんじゃないかって。でも、病室の前に立った時、緑谷と、そして、お前になんか背中押された気がしたんだ。頑張れ、ってな。したら、ビビってたのが嘘見てえにあっさりに中に入ってた。
……お母さんは、かなり驚いてたよ。驚いて、泣いて謝ってくれた。そんで、俺の事も笑って許してくれたんだ」


轟くんの目尻がそっと下がる。柔らかく微笑んだ顔がゆっくりと上がると、轟くんの視線は、水槽ではなく私に向けられた。


「だから、お前に礼が言いたかった。その為に今日は来た。……ありがとな、苗字、」

『そんな……お礼なんて』


そう。お礼なんて言われるような事は何もしていない。彼が気づく切っ掛けをくれたのは緑谷くんだし、その後お母さんに会いに行こうと決める決心をしたのは他でもない轟くん自身だ。だから「私は何もしてないよ」と首を振ってみせると、「いや、」と轟くんがゆるりと笑う。


「お前の言葉に背中を押されたのは事実だ。だからせめて、礼くらい言わせて欲しい」

『…轟くん………』

「この先も俺は“ヒーロー”を目指す。もちろん親父の為でも、復讐の為でもない。俺自身のなりたい姿になる為にだ。だから苗字。見ててくれ。俺がどんなヒーローになるのかを」


轟くんの瞳は真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎて目をそらすことが出来なくなってしまう。
じっと向けられる視線。その視線に応えるように笑ってみせると、轟くんの目が小さく見開いた。


『うん。じゃあ、楽しみにしてるね。轟くんが“なりたい姿”になるのを』


フワリと微笑んだ私に、轟くんは「ああ、」と頷いたかと思うと、なぜか不思議そうに首を捻って胸の辺りを摩った。「?どうしたの?」と首を傾れば、「……いや、なんでもねえ」と答えた轟くんは手を離して、また水槽へと視線を戻したのだった。



***



「いやー!楽しかったな!!アトラクション!」

「おー!ほんと苗字様様だぜ」

『誘ったかいがあってよかった』


だいたいのアトラクションを回り終えた私たちは、帰る前に最後にショーを見ていこうと、イベントゾーンの方へと移動する。イルカやら、ペンギンやら、色んなショーがあるけれど、時間的に見れるのはひとつになりそうだ。
「どれ見る??」という上鳴くんの問いかけに、全員一致でド定番のイルカショーに決まる。そりゃそうだよね。と皆で笑いながらイルカショーのステージに向かっていると、前方から「きゃー!!!」という甲高い悲鳴が。


「誰かー!!!ひったくりよー!!!」

「っどけええええええ!!!!」


人の波を掻き分けるように前から走ってきたのは、30代くらいの男だった。大事そうにピンクのカバンを抱え込んでいる所をみると、この男がひったくり犯で間違いなさそうだ。
向かってくる男に目を細めた時、偶然にも男と目が合ってしまった。すると、何を思ったのか、ゴソゴソとポケットを漁る男は私たちの方へと突っ込んできた。なんでこっちに、と目を丸くしていると、男がポケットから何かを取り出す。右手に握られたギラりと鈍く光る“ソレ”は、刃渡り15cmほどのナイフ。


『っあ…………』


向けられた切っ先に足が竦む。
脳裏に浮かんだのは、忌々しい“あの日”の光景。
動けない私に気づいたのか、男がナイフを振り上げる。その男の姿が、“あの日”の“奴”と重なった。


「“死ね!!!クソガキ!!!!”」

『っ!』

「苗字!!!!」


ひゅっと息を飲んだその瞬間、目の前に現れた誰かの背中。それが切島くんのものだと気づいたのは、男の手に握られたナイフが、切島くんへと突き刺さった後だった。


『っ切島くん!!!!!!!』

「っ瀬呂!!!!テープ!!!」

「あいよ!!!」


カランっ!とナイフの落ちた音がしたかと思うと、ひったくり犯の腕を掴んでいた切島くんが瀬呂くんの名前を呼ぶ。その声にすぐさま反応した瀬呂くんがひったくり犯をテープで拘束している間に、落ちたナイフを轟くんが拾い上げる。
「ビビったな……苗字、大丈夫か?」とひったくり犯が動けなくなった事を確認した切島くんが振り返りながら尋ねてくる。けれど、この時の私にはそんな切島くんの声が聞こえておらず、情けなく震える足で切島くんへと駆け寄るのが精一杯だった。


『き、きりっ、きりしまくん!!!け、けが、けがは…!?』

「うお!?え、けが??してねえよ??あんなナイフくらいなんとも、」

『でもっ!いま、刺されてっ……!ナイフ、ナイフが、切島くんにっ…………!!!私の、私を、庇ってっ…!!!!』

「お、おい、苗字?どうしたんだよ??落ち着けって!」

「切島の個性忘れたのか??こんなナイフじゃ傷一つつかねえよ」


は、と短く浅い息を吐く。「なんともねえだろ??ほら、」と無事を示すように両手を広げる切島くん。そんな彼にゆっくりと手を伸ばすと、そのまま、縋り付くように、切島くんに抱き着いていた。


「!?は!?ちょ、苗字!?!?」

「はああああ!?おい切島!!!何やってんだよ!!羨まし、『よかった…………』

「っえ……?」


『切島くんに………怪我がなくて、本当によかった………!!』


彼の服を掴む手が震える。ぎゅっと下唇を噛み締め、暖かい胸に耳をつけると、そこから聞こえてくる心臓の音に、どうしようもなく安心してポロポロと涙が溢れてくる。
「苗字…?」と不思議そうにしながらも、落ち着かせようとしていくれているのか、切島くんの大きな手が背中を撫でてくれる。その手の優しさにまた涙が溢れてきて、結局、警備員の人が来るまで、私は切島くんから離れることが出来なかった。


『…………ごめん』

「いや、いいって!」

『でも、あの、あんな取り乱して……それに、切島くんの服濡らしちゃったし、結局ショーも見れなかったし……』


帰り道。駅まで向かって歩きながら私はひたすら皆に謝罪を繰り返していた。
ひったくり犯を捕まえた私たちは、一応警察の人に軽い事情聴取を行われ、「学校の方にも一応連絡させてもらうね」と一言告げられた後に漸く解放されたのだ。ちなみに、正当防衛であったため、個性を使ったことについてはもちろん不問である。さっき連絡が来た相澤先生からも「災難だったな。怪我がなくて何よりだ」と瀬呂くんが電話を受けていた。

一応ヒーローを目指している身であるにも関わらず、ナイフを持ったひったくり犯なんかに竦んで動けなくなるなんて情けないにも程がある。おまけに、あんな大衆の面前で泣いて切島くんに抱きつくなんて……本当に申し訳ない。


「まあ確かにショーは見れなかったけどよ、ひったくり犯捕まえてくれた礼ってことで、ココと同じ運営先の遊園地のタダ券貰えたし!ラッキーってことにしようぜ!!」

「そうそう!」

『………うん……その……ありがとう、』


これ以上謝っても、きっと同じように「気にするな」と笑ってくれるのだろう。ホント、皆優しい人達だ。
駅に着き、それぞれが帰る方向の電車に乗る。「送るぞ??」と皆が気にしてくれたけれど、これ以上迷惑を掛ける訳には行かないと全力で断らせてもらった。

「また明日ね」と手を振りながら、電車に乗り込む。窓から見える街の風景が流れていくのを横目に、左手でそっと右肩を押さえる。


“死ね!!!クソガキ!!!!”


血だらけになった母に抱き締められる私に突き刺さったナイフ。あの日の傷が、ズキリと傷んだ気がした。
MY HERO 18

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