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「それじゃあ、苗字さん。行こうか、」

『はい』


プロヒーローの言葉に素直に頷き返す。
出来ることなら来たくなかった。なんて私が思っていることを、この人は知りもしないだろう。

体育祭明けの学校。水族館に行った翌日。
水族館でのことを改めて切島くんたちに謝罪した私に、「だから気にすんなって」と四人は軽快に笑ってくれた。そんなみんなに感謝しつつ授業を受けていると、その日のヒーロー基礎学で“ヒーロー名”を決めることに。
なんでも、職場体験に行くにあたり、必要となるからとのこと。皆楽しそうにしているけど、私は全然楽しみじゃない。

梅雨ちゃんの“フロッピー”を皮切りに、続々とヒーロー名が決まっている中、私と二度不採用を受けた爆豪くんだけが取り残されてしまった。一度も案を出していない私は兎も角、“爆殺王”とか“爆殺卿”とか、爆豪くんは物騒なヒーロー名しか考えつかないのだろうか。
放課後も少し残ってヒーロー名を考えていると、同じ理由で教室に残っていた爆豪くんがイライラした様子で立ち上がった。「あれ、決まったの?ヒーロー名??」と声を掛けると「知るか!!!」と叫んだ彼は帰る準備を始める。どうやら諦めて帰るらしい。まあ、今日絶対に決めなきゃ行けないわけじゃないし。私も帰っちゃおうかな。爆豪くんに倣って帰り支度をしようとした時、ふと体育祭での事を思い出し、「爆豪くん、」ともう一度彼に話しかける。


「……っんだよ?」

『いや、その……ちょっと気になって。体育祭でジャージを貸してくれた時のこと……なんで、貸してくれたのかなって』


鞄を持って歩きだそうとした爆豪くんの動きが止まる。
私の席は、爆豪の席がある列の1番後ろだ。その為、今は彼の背中しか見えない。一体どんな顔をしているのだろうか。
振り向く事もせず、じっと前を見据えたままの爆豪くんは面倒そうに答えを口にする。


「…………暑かったから脱いだだけだろうが」

『ああ、うん。まあ、そう言うと思ってたけど……』


はは、と眉を下げて笑ってみせれば、チッと舌打ちをした爆豪くんが漸く振り向いた。不機嫌そうに眉根を寄せる彼は、鮮やかな赤い瞳に私を映し出した。


「……興味ねえし言い触らすクソみてえな趣味もねえ」

『っ、それって、』

「んなに隠してえんなら、あんな阿呆みたいな服そもそも着るんじゃねえよ」


それだけ言うと教室の扉へと向かおうとする。全くもって彼の言う通りである。
一度視線を下げてから、「爆豪くん!」と慌てて彼を呼び止めると、顔を顰めた爆豪くんがゆっくりと振り返る。


『あの………ありがとう』

「なんの礼だそりゃ?要らんわ、うざってえ」

『うざ………でも、こういう感謝の気持ちは思った時に伝えないと後悔するし……だから、言わせて』


「ありがとう、爆豪くん」ともう一度お礼を言えば、何も返す事無く爆豪くんは歩いていってしまった。要らねえ、と今度は言われなかったという事は。受け取って貰えたということで良かったのだろうか。

そんなわけで、ヒーロー名は決まらないまま、私は職場体験に行くことに。プロヒーローと一週間も一緒なんて物凄く嫌だけれど、背に腹はかえられない。これもヒーローになるためだ。約100件ほど来ていた指名の中、あまり有名ではない場所を選び体験先へ。今一緒にパトロールをしているのは、その事務所のプロヒーローで、首に巻いたスカーフが特徴的な金髪の女性だ。
「今日は隣の市まで行くよ」というプ彼女の言葉に「隣の市ですか?」と首を傾げると神妙な顔をした彼女が深く頷いた。


「そう。最近保須市であった事件は知ってる?」

『あ……ヒーロー殺しの……』

「その事件の影響で、保須市からヒーロー増援の要請が来てるの」


なるほど、それで保須市に。納得しながら電車に乗って保須市へと向かう。

ヒーロー殺し。それは、最近ニュースで話題になっているヴィランの一人だ。17名のヒーローを殺害し、23名のヒーローを再起不能としたソイツは、先日、保須市でもヒーローを襲ったらしい。とんでもなく凶悪なヴィランである。

保須市に到着し、早速見回りを始めていると、遠くの方からドオォォンという大きな音が。「何の音??」と眉間にシワを寄せるプロヒーロー。音の正体を確かめるべく彼女と共に移動しようとしたその時、


「っ避けろ!!!!」

『っ!!』


聞こえてきた声に反応し、バッとその場を飛び退けば、飛んだきた何かが先程まで私たちが立っていた場所に降り立つ。“ソレ”が何なのか分かった時、見開いた瞳がそいつと、“脳無”とかち合った。


『脳無……!?なんでここに、』

「下がってて!!」


プロヒーロー達が脳無に向かっていく。
現れた脳無は二体。そのうち一体は羽を持っている。USJの時のヤツとは違う脳無だ。こんな街中に、どうした突然。それも二体も。目を見張って脳無とヒーローの攻防を見つめていると、巻き上がる粉塵の中に一瞬、見知った顔を見つけた気がした。あれは。


『緑谷くん……!?』


私の事務所のヒーローである彼女に下がるように指示を受けた緑谷くんは、一瞬動きを止めたかと思えば、すぐ様踵を返して来た道を戻るように走っていく。こんな状況で何処に。思わず緑谷くんを追い掛けようとすると、「苗字さん!!そこから動いちゃダメよ!!!」と指示され、足が止まる。

いいのか、これ。動かなくていいのか、私。

脳無との戦闘を続けるヒーロー達に目を向ける。
緑谷くんの事を伝えようにも、そんな余裕は無さそうだ。

今の私は職場体験に来ているただの学生。勝手な行動をすふことが良くないことだとは分かっている。
分かっている事だけれど、でも。


“なに、このニュース…なんで……!!”


もう、あんな想いしたくない。ヒーローになんて頼らないで、自分の力で“目的”を達成させる。だからこそ、わざわざ雄英を受験した。大っ嫌いなヒーローが沢山いる、ヒーロー科の名門校を。
ヒーローたちに緑谷くんの事を伝えたところで、緑谷くんがどこにいるのか、何をしようといるのかなんて分からない。そんな根拠の無い言葉に付いてきてくれるほど、この人たち“プロヒーロー”を信じられない。なら。


いま、自分で、動くしか、ない。


『ッ!!』

「ちょっと!?!?苗字さん!?!?」


呼び止める声に応える事無く走り出す。
緑谷くんがどこに向かったのか分からない以上、虱潰しに探していくしかない。逃げ惑う人々。轟く破壊音。
どこ。こんな状況で、緑谷くんは一体どこに。


ブー、ブー、ブー


『っなに…?連絡……?』


不意にポケットに入れていたスマホが鳴った。もしやさっきの彼女かと一応連絡相手を確認すれば、メールを送信してきたのは、今探している相手、緑谷くんだった。なぜ、彼から連絡が。慌ててメールを開くと、送られてきたのは位置情報のみ。このタイミングでこれが送られてきたという事は。

場所を確認し、すぐ様方向転換する。
走って、走って、走って。とにかく走って、緑谷くんが送ってきた住所に辿り着いた時、私の目に映ったのは、


『っ緑谷くん!!飯田くん!!轟くん!!!!』

「!?」

「苗字くん!?」

「苗字…?なんでお前がここに、」


位置情報に示された路地裏に着くと、そこには緑谷くんの他に、轟くんと飯田くんもいた。どうして二人が。いや、そんなことよりも。ハッと目を見開いて轟くんの持つロープの先を辿ると、そのロープに縛り上げられている“ヤツ”の正体に目を丸くする。


『っソイツ……まさか………!!』

「ヒーロー殺しだ」


気を失っているヒーロー殺しを睨みながらそう答えた轟くん。ヒーロー殺しってあの?沢山のヒーロー達の、人の命を奪ってきた、あの??
ヒーロー殺しから視線をあげ、三人の姿を見れば、飯田くんは腕からかなりの量の血を流し、緑谷くんと轟くんも腕や足に怪我を負っている。


『っ、三人とも、怪我して………!』

「……轟くんと緑谷くんの怪我は俺のせいだ…。俺が…。己の復讐心から身勝手な行動をし、二人を巻き込んだ……」

『っふく……しゅう………?』

「……コイツに、ヒーロー殺しに兄を傷つけられ、その怒りに囚われてしまったんだ………っ本当にすまない、二人とも…!」

「飯田くん、そんな………」

「とにかくまずは表に出るぞ」


ロープを持ったまま歩き出した轟くん。その後ろを見覚えのないヒーローに背負われた緑谷くんが続き、更にその後を飯田くんが追う。

復讐。飯田くんは今そう言っていた。
そうか、彼のお兄さんがヒーロー殺しに襲われて……だから、飯田くんはヒーロー殺しを憎んで。


『…………飯田くん、』

「………なんだい?」

『お兄さんは、その………』

「…大丈夫、生きてるよ」


飯田くんの答えに、ぎゅっと拳を握り締める。


「ただ、もうヒーローとして復帰は出来ないそうだ…。情けないだろ?兄に憧れ、立派なヒーローになる等と宣っていたくせに、ヒーローとしてではなく、私利私欲の為に俺はヒーロー殺しに復讐しようとしたんだ」


飯田くんの視線が下がる。
前を歩く二人がチラリと気にするように、一瞬こちらを向いた。

情けない、なんて、そんな風に思えない。だって私にはその気持ちが痛いほど分かるから。大切な人を傷つけられて、失う悲しみを、誰よりも知っているから。だから私には彼を怒ることは出来ない。復讐なんて考えちゃダメだなんて言えない。けど、せめて、


『……でも、生きてる』

「っ!」

『飯田くんは今、生きてる。緑谷くんも轟くんも、三人とも生きてる。………生きてるんだよ』


飯田くんの顔がほん少しあがった。フラフラの身体を支えるように背中に手を添えると、目を丸くした飯田くんが「苗字くん、」と私の名前を呼ぶ。


『飯田くんが間違ってたって気づいたなら、次は間違わなければいい。大丈夫。この世に間違わない人なんていない。大事なのは、間違いに気づいたなら、同じことを繰り返さないことだから』

「……っ……ああ、………その通りだな………!」


飯田くんの目に滲んだ涙が、彼の頬を伝って地面に流れ落ちた。それを見ないように前を向いて歩みを進めたのだった。
MY HERO 19

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