1回戦の試合が次々と行われていく。今は、1回戦第4試合。飯田くんと発目さんの試合中だ。
緊張、は特にない。元々活躍したいなんて思って出場したわけではないし。むしろ、出ることを辞退しようとさえしていたのだ。ここにいること自体が奇跡みたいなものだろう。
1回戦の相手は青山くん。上手い具合に彼を勝たせ、わざと負ける事だって出来なくはないけど、でも………
“お前には勝つぞ”
“僕も本気で、獲りに行く!”
“せんせー、俺が一位になる”
轟くん。緑谷くんが。爆豪くんが。皆が、本気になって勝ち上がろうとしている。この体育祭の一位を目指そうとしている。確かに私はヒーローになれればそれでいい。有名になりたいとか、人気が欲しいとか、ましてNO.1になりたいとか、そんな高い志はない。ないけれど、でも、
そんな人達が戦う中で、わざと負けるようとすることが、間違っていることくらいはわかる。
「そろそろ入場口へ」という係の人の声に、控え室を出て入場口へと向かう。明るい陽の光に吸い込まれるように入場口を潜れば、わっ!と湧き上がる歓声に拳を握る。
「さあ!次の対戦カードはこの2人!!“”の青山VS“瞬間移動!?それともワープ!?”苗字!!」
『どっちでもないんだけど……』
「さあ!!早速始めるぜ!!1回戦第5試合、レディー……………………スタート!!!!!」
「悪いね!すぐに終わらせちゃうよ」
『っ!』
ビュン!と飛んでてきた青白い光を何とか避ける。「やるね」と言いながら間髪入れずにまた次のビー厶を打ってくる青山くん。個性での攻撃手段なら彼の方がうえ。このまま好きにビームを撃たれ続ければ、当たる可能性が高い。
だから、まずは、彼の動きを止める。
すうっと大きく息を吸う。ピタリと呼吸を停めれば、次のビームを出そうとする姿勢で青山くんの動きが止まる。さて、大事なのはここからだ。
“なら、何か武器の扱いを覚えるのはどうだろうか?”
つい1週間前の飯田くんからの提案。
戦闘となれば、やはり何か“攻撃”する手段が無ければ勝ちはない。付け焼き刃にしかならないけれど……何も無いよりはきっとマシだ。
『(ごめんね!青山くんっ!!!)っ、解除!!!!』
「えっ、ちょ、っギャア!!!!!!!」
解除と同時に、持っていた竹刀を思いっきり振りかぶった。自らが出すビームの勢いと、竹刀の衝撃で青山くんの身体が吹っ飛ぶ。ステージの外に転がった彼に、「青山くん場外!苗字さん2回戦進出!!」とミッドナイト先生が声張り上げた。
見ていた人達はというと、何が起きたのか分かっていない様子だ。唯一私の個性を知っているクラスメイト達だけは、「よくやった!苗字!!」「おめでとう!」と声を掛けてくれている。小さく手を挙げて応え、青山くんが救護室に運ばれるのを見届けてから観客席へ。「あ!名前、」と席に戻った私に気づいた響香ちゃんが隣の席を空けてくれる。
「2回戦進出、やったじゃん!」
『あ…うん。ありがとう、』
「でも竹刀って、持ち込みOKなの?」
『事前に申請してれば、道具の使用もしていいって聞いてさ』
「ああ、そう言えばそんなこと先生が言ってたかな」
「何はともあれおめでとう」と言ってくれる響香ちゃん。そんな彼女に続くように梅雨ちゃんや三奈ちゃんも口々におめでとう、と言ってくれる。嬉しい、けれど……どこか申し訳ない。ありがとう、と応えながらそんなことを思っていると、第6試合の選手、常闇くんと百ちゃんがステージへと現れ、皆の意識はそちらへ。
第5試合の決着はあっという間だった。
常闇くんのダークシャドウの攻撃に対し、盾を使って防ごうとした百ちゃん。けれど、防戦一方の彼女は、押し切られる形でそのまま場外アウト。呆然としている百ちゃんを、「ヤオモモ……」と響香ちゃんが心配そうに見つめている。
百ちゃんの個性、“創造”は、かなり強力なものだ。しかし、それを持ってしても常闇くんのダークシャドウには勝てなかったということ。そして、そんな常闇くんと次戦うのは私だ。
「…苗字、次常闇とだね…」
『うん』
「どう?勝てそう?」
『…どうかな。ダークシャドウはかなり強力な個性だし、私には攻撃力がほとんどないし、』
「ちょっとちょっと!何弱気なこと言ってんのさ!」
響香ちゃんの問いかけに苦く笑って答えれば、話を聞いていた三奈ちゃんが前の席から振り返る。
『事実だよ。………まあ、でも、………何もしないで負けるつもりは、ないよ』
それは、多分、常闇くんにも失礼になるだろうし。
「私なりに頑張るね」と笑えば、顔を見合せた響香ちゃんと三奈ちゃんが嬉しそうに笑って背中を叩いてくる。私は、偶然とはいえトーナメントまで勝ち上がってしまった。だから、予選で落ちた二人や他のみんなに失礼にならないよう、せめて出来ることはしよう。顔をあげ、ステージを見ると、第7試合の選手である切島くんと鉄哲くんが出てきたところだった。
***
「君の…!力じゃないか!!」
ボロボロになった緑谷くんの叫びに呼応するように燃え上がった炎。なんと言ったのかは分からない。でも、緑谷くんの叫びは、頑なに左側を使おうとしなかった彼に、轟くんの心に、確かに届いた。
2回戦第一試合。緑谷くんと轟くんとの試合は、序盤から激しい個性のぶつけ合いとなった。轟くんから繰り出される氷を、緑谷くんが個性を使って吹き飛ばす。その繰り返しだ。しかし、試合はどう見ても轟くん優勢。緑谷くんの両手はボロボロだ。あまりに酷い有様に見ていられないとばかりにお茶子ちゃんが顔を歪めている。
燃え上がる炎の中、2人が構える。最後だとばかりに飛び出した二人。ステージでぶつかりあった2人の力が、ブワリと会場全体の空気を揺らす。
「何コレエエ!!!」
『っ、みえ、ない………!!』
ゴオオオオオッと、低い轟音が響き渡ったかと思うと、徐々に音が止んでいき、ステージを包んでいた煙が晴れていく。煙が消えた先、ステージの上に立っていたのは、
「轟くん―――……三回戦進出!!」
激しいぶつかり合いを制したのは、初めて戦闘で左の炎を解放した、轟くんだった。壁にぶつかって気を失った緑谷くんが救護ロボに運ばれていく。「で、デク大丈夫かな…!?」と心配したお茶子さん、梅雨ちゃん、飯田くん、峰田くんは、緑谷くんの様子を伺うために保健室へ。
損壊の激しいステージを直すため、一時的に試合は中断となるらしい。中断が終われば、次は塩崎さんと飯田くんの試合で、その後が私と常闇くんだ。少し時間があるなら、私も緑谷くんの様子を見に行こうかな。席から立ち上がり、観客席から出ようとすると、出入りで丁度そこへ戻ってきた轟くんと鉢合わせた。
『あ、轟くん、』
「………苗字」
『試合お疲れ様。三回戦進出おめでとう』
「………ああ、」
さっきの試合で破れたジャージを着替えてきたのか、轟くんのジャージは新品のものへと変わっている。怪我もそれほど酷くなかったのか、目立った外傷はなさそうだ。これなら、三回戦も問題なく戦えるだろう。
「……控え室か?」という彼に小さく首を振り、「ステージ修繕の時間があるから、緑谷くんの様子を見に行こうかなって」と伝えると、轟くんの眉が僅かに動いた。
「……………なあ、苗字、」
『うん?なに?』
「………前に、食堂で言ったよな?“遅くない”って」
『え………?……あ、お兄さん達とのこと?確かに言ったけど…』
「………本当にそう思うか?」
迷っているような、そんな声だった。
冷静沈着。そんな言葉が似合う彼にしては珍しい複雑な表情。握った拳を震わせ、俯き気味になっている轟くん。どうして彼がこんな顔をしているのは分からない。でも、多分今彼は、彼の心は揺れている。緑谷くんとの、あの試合によって。
「……たとえば、俺の存在自体で苦しむ人がいて、その人とやり直したい思っても、疎まれているだけでやり直すなんて不可能かもしれない。それでもお前は、………遅くないと、そう、思えるか……?」
零された言葉は地面に吸い込まれるように消えていく。ギッと奥歯を噛み締めた轟くん。そんな彼に向かってゆっくりと唇を開いた。
『思えるよ』
「っ!」
『……もしかすると、轟くんの言うようにやり直す事は“不可能”なのかもしれない。でも、“かもしれない”だけで、“絶対”じゃない。……轟くんが、その人と何があったのかは知らないし、過去にあった事は変えられない。でも、』
『未来は、変えられる』
顔が上がる。轟くんの美しいオッドアイが一瞬、ほんの一瞬、キラリと光った気がした。
過去は変えられない。それがどんなに辛く、苦しいものだとしても変えられない。それは私もよく知ってる。私だって何度も思った。変えたいと。“あの日”をなかったことにしたいと。でも、無理だった。“あの時”の悲しみは、今も私の中に残り続けている。
だからこそ、轟くんには動いて欲しい。望む未来があるのなら。“やり直したい”と、そう思える誰かが、まだ、声の届く場所にいるのなら。どうか、何もしないまま諦めないで欲しい。
力が入りすぎたのか、轟くんの拳が血の気を失っている。そっと手を伸ばし、彼の拳を両手で包み込むと轟くんの瞳が小さく見開かれた。
『…何も知らないくせに、勝手なこと言ってごめん。でも……どうかそう言う考え方もあるって知ってて欲しい。未来は、変えられる。轟くん自身の、力で』
緩く微笑んだ私に、轟くんの拳から力が抜けていく。温もりを取り戻した手を、緩く握ると、拳を解いた掌が応えるように握り返してきたのだった。
MY HERO 15