昼休憩後。再びグラウンドへと集まった私たちは今、ひどく後悔している。
「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私……」
「アホだろアイツら…」
峰田くん。そして上鳴くんの嘘により、私たちA組の女子はチアガールの格好となってしまったのだ。やっぱりね。やっぱりね!!可笑しいと思ったよ!!!
深いため息をつきながら、少しでも身体を隠そうとポンポンを抱える。こういう露出した格好は得意じゃない。許すまじ、峰田くん、上鳴くん。「いいんじゃない!!?やったろ!!」と透ちゃんははしゃいでいるけれど、私にはそんな度胸とてもじゃないけどない。
とは言え、着替える間もないので、この格好のままグラウンド中央へ。「似合ってるぜ!!」といい笑顔でサムズアップしてくる上鳴くんを睨むと、へらりと笑い返される。
『最悪。怒ってるよ、私』
「そう言うなって!いいじゃんいいじゃん!似合ってんだからさ!!」
『似合ってない。こういう服は似合わないし、それに、』
それに……この服じゃあ、隠せないのだ。
右肩に残る、忌々しい傷跡が。
キュッと唇を噛み締め、ポンポンで肩の当たりを摩る。お腹や足ももちろん恥ずかしいけれど、何よりもこんな汚い傷跡が人前に晒されるのが一番辛い。顔を顰め、俯こうとしたその時、フワリと、何かに肩をおおわれた。
『え………』
「あちい、持ってろ」
目を丸くして振り向けば、しれっとした顔をした爆豪くんが居て、そのまま横を通り過ぎていく。黒いタンクトップ1枚となった爆豪くん。そんな彼のジャージは私の肩に掛けられている。あちいって。だからって人にジャージ持たせる?もしかして、爆豪くん、気づいて、
少し温もりの残るジャージを改めて羽織らせてもらう。申し訳なさはあるけど、傷跡を晒すより100倍マシだ。
「……あー……苗字、あの、」
「さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目!進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント形式!!一体一の、ガチバトルだ!!」
爆豪くんと私のやり取りを見ていた上鳴くんが何か言おうとしていたけれど、その前にプレゼント・マイク先生が最終種目の発表を行う。なるほど、最終種目は単純なバトルなのか。
壇上に現れたミッドナイト先生。どうやらクジで組み合わせを決めるらしい。彼女の元へと集まるために移動すれば、一瞬、何か言いたげに上鳴くんの手が動いたような気がした。どうせまたチアガールの格好の話だろう。ふいっと視線をそらし、爆豪くんのジャージを羽織ったまま壇上の前へ。
「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ」と言うミッドナイト先生。しかし、それに尾白くんが待ったをかける。
「俺、辞退します」
尾白くんの提案に、皆がざわつく。え、辞退ありなの?と目を丸くしていると、辞退したい理由を尾白くんは語っていく。どうやら、騎馬戦の記憶が彼にはほぼほぼないらしい。「こんな訳わかんないままそこに並ぶなんて…俺はできない」そう零した彼に続くように、B組の男の子も同じ理由で棄権を申し出る。「なんだこいつら…!!男らしいな!」と切島くんが感動しているけれど、そういう話なのだろうか。
「そういう青臭い話はさァ………………こ、の、み!!!
庄田、尾白の棄権を認めます!」
『好みで………』
出来るなら私だって棄権したいけれど、私の理由では多分棄権は認められないだろうし、相澤先生の怒りにも触れかねないので諦める。
その後、棄権した2人の代わりにB組の塩崎さんと鉄哲くんと言う人が繰り上げとなり、そこで漸くくじ引きが行われ、組み合わせが決定される。
緑谷くん VS 普通科の心操くん
轟くん VS 瀬呂くん
塩崎さん VS 上鳴くん
飯田くん VS 発目さん
常闇くん VS 八百万さん
鉄哲くん VS 切島くん
麗日さん VS 爆豪くん
そして、私の初戦は、
「うふ、よろしくね!!!」
『あ……う、うん、よろしく、』
1回戦。私の相手は青山くんらしい。
***
「あ、あー!ちょい!ちょいまち!!苗字!!!」
『?』
「んあ?上鳴??」
最終種目の前にはレクリエーションを挟むというので、レクリエーションの準備の間に服を着替えようとグラウンドを出る。「苗字、レクリエーションどうする?」「出ないかなあ」と切島くんと会話をしながら歩いていると、少し慌てた様子の上鳴くんが追いかけて来た。
足を止め、切島くんと2人だ振り返ると、何やら気まずそうな様子の上鳴くんは視線を彷徨かせている。
『?なに?上鳴くん?』
「いや、その……………ごめん!!!!」
『え、』
ガバッと勢いよく頭を下げてきた上鳴くんに、切島くんと目を合わせる。ごめん。ごめんて、あれか。この衣装のことか。怒ってるよって言ったから、謝りに来たのか。ポカンとしたまま上鳴くんの後頭部を見つめていると、顔を上げないまま上鳴くんは言葉を続ける。
「たぶん、っつーか絶対……!苗字、その服着たくねえ理由があったんだよな??だからあん時、一瞬、すげえ嫌そうな顔して、」
「服?チアガールの服のことか??」
「そう!でも俺、直ぐに気づけなくて………したら爆豪が苗字にジャージかしてて、苗字、なんか安心した顔してたから、そこでやっと気づけたんだ……。
だから、ごめん!!!無神経だった!!!」
真摯に頭を下げてくる彼の声が廊下に響く。他のみんなは既に更衣室や観客席に行っているのか、辺りには私たち以外誰も見当たらない。ちらりと、伺うように切島くんが私を見る。下げられたままの上鳴くんの顔。さっきまで、女子のチアガール姿に鼻の下を伸ばしていたのが嘘みたい。
ふっと頬を緩め、「上鳴くん、」と目の前の彼の名前を呼ぶと、小さく肩を揺らした上鳴くんが恐る恐る顔を上げた。
『……もういいよ、怒ってないから、』
「…まじ?」
『うん。こうして謝ってくれたし……あ、でも嘘をついたのは良くないから、他の女の子達にもちゃんと謝ってね??』
「あ、はい。それはもちろんだけど………え、ホントにいいのか??」
『うん、いいよ。…上鳴くんからすれば、そもそも私が怒る理由なんて分かんない訳だし、怒らせたくて怒らしたわけじゃないでしょ?だから、いいよ』
「怒ってる、なんて言ってごめんね」と眉を下げて謝り返せば、「なんで苗字が謝ってんの!?」とブンブン首を振られた。仲直り、みたいな事でいいのだろうか。
「あー……つーかさ、苗字のそのジャージ爆豪のだったのか。アイツ、苗字を気遣ってジャージ渡したってことか??」
『どうだろ…?あちい、って言いながら渡されたけど……』
羽織ったままのジャージをそっと撫でる。爆豪くんってよく分かんないだよなあ。と思いながら、ジャージを貸してくれた彼のことを思い浮かべ、小さく笑うと、今度は上鳴くんと切島くんが意外そうに目を合わせる。
『?なに?』
「いや、苗字ってさ、わりと爆豪のこと気に入ってる??」
『え?』
「いや、ほら、さっきも…なんか激励してたし、」
激励って……ああ、あれか。ゴミカスな結果にならないように頑張ってね。って、激励になってるのか?
「気に入ってるとかはないけど、」と言いながら、羽織るジャージに目を向けると、私のものよりも少しサイズの大きいそれに、ちょっとだけ悔しくなる。
『でも、すごい人だな、とは……思うよ。爆豪くんはもちろん、ここに居る、みんなは、全員、』
「全員って、」
『もちろん切島くんも上鳴くんもだよ?……みんな、私には無いものを持ってる。私には分からないものを分かってる。だから、すごいと思うの』
ないものねだりだと分かってる。そして、多分この先、私には分かりえないものだと言うことも。
ヒーローになりたい。
そう真っ直ぐ、迷いなく望める心は。
『……あのね、切島くん、上鳴くん。私、皆には“正しい”ヒーローになって欲しいの』
「正しい…」
「ヒーロー…?」
『何が正しいのかなんて、誰にも分からないのかもしれない。でも、せめて、』
そう。せめて、
『誰かが傷つく未来を壊すような、そんな………そんなヒーローに、なって欲しい』
「だから、トーナメント、頑張ってね」と笑った私は、ちゃんと笑えていただろうか。
MY HERO 13