騎馬戦のルールは至ってシンプル。予選通過者全員に振り分けられたポイントの奪い合いだ。ただし、一位である緑谷くんに与えられたポイントは1000万ポイント。つまり、この1000万ポイントさえ手に入れれば、確実に次に駒を進められるということ。
『緑谷くん……いいのかな………』
「おいおい、人の心配してる場合かよ?俺らも緑谷のポイント狙わなきゃなんねえんだぞ?」
『あ、うん。それはもちろんだけど……』
騎馬戦の直前。各チームで集まってスタートの瞬間を待つ。私がチームを組んでいるのは、切島くん、瀬呂くん、そして爆豪くんの三人。爆豪くん曰く、私は轟くんの氷対策らしい。つまり、轟くんの氷だ身動きが取れなくなる前に、“個性”で避けされろという事だろ。それなら彼が私をメンバーに選んだ理由も分かる。
1000万なんてとんでもないポイントを与えられた緑谷くんを案じつつ、騎馬を組んで爆豪くんを上に乗せる。「半分野郎も、デクも、全員俺がぶっ殺す!!!」とやる気を見せる爆豪くん。きっと“ぶっ殺す”は彼の口癖なのだろう。
「いくぜ!!残虐バトルロワイヤル、カウントダウン!!
3!!!2!!1…!………START!!!!」
「行くぞ、テメエら!!!」
「「おう!!」」
プレゼント・マイク先生の合図とともに騎馬が一斉に動き出す。狙わられるのは、もちろん、1000万ポイントのハチマキだ。
障子くんたちの騎馬から逃れるように浮き上がった緑谷くんたち。すると、そんな彼らを追いかけるように、爆豪くんが騎馬から飛び上がった。………飛び上がった?
『え、うそ!?いいの!?あれ!?!?』
「たぶん!!!」
いや、多分て!常闇くんによって攻撃を塞がれた爆豪くんを瀬呂くんのテープで引き戻す。「騎馬から離れたぞ!?良いのかアレ!?」というプレゼント・マイク先生の実況に、ミッドナイト先生がグーサインを出している。どうやら落ちなければセーフらしい。
その後も緑谷くんを追いかけ、なんとかハチマキを奪おうと画策していたのだけれど、
「単純なんだよ、A組」
「!?」
不意をついた背後からの襲撃。気づいた時には、爆豪くんが巻いていたハチマキはB組の人の手の中に。うそ、いつの間に。慌てて方向転換をして、ハチマキを奪った彼を追いかけようとすると、余裕の笑みを浮かべるB組の男の子は、どこか楽しそうに爆豪くんを煽りだした。
「ミッドナイトが“第一種目”と言った時点で、予算段階から極端に人数を減らすとは考えにくいとは思わない?」
『っえ……』
「だから、おおよその目安を仮定し、その順位以下にならないように予選を走ってさ、後方からライバルになる者たちの“個性”や性格を観察させてもらった。
その場限りの優位に執着したって仕方ないだろ?」
なるほど、そういう作戦か。となれば、予選の段階で堂々と活躍してみせた爆豪くんや轟くんの個性はモロバレしているし、爆豪くんに至っては、開会式での選手宣誓などで、随分と“気性の荒い”タイプであることも丸分かりだ。
騎手をしている爆豪くんを見上げれば、不快そうに顔を歪めている。もし、B組の彼があっと一つ何か地雷を踏み抜けば、爆豪くんの怒りが爆発してしまう。「おい、来るぞ、」と何やら警戒し始めてB組の騎馬。その言葉に周りを確認すれば、別のB組の騎馬から一体こちらに向かってきている。
逃げるなり攻めるなり、とにかく行動に出るべきだと爆豪くんの名前を呼ぼうとしたその時。
「あ、あとついでに君、有名人だよね?“ヘドロ事件”の被害者!」
ブチッッッ
そんな音が聞こえた気がした。
「……切島……予定変更だ」
「あ!?」
「デクの前に、こいつら全員殺そう…!!」
いや、だから殺すって。表現もうちょっとどうにかならないの。とは言え、狙う相手は決まった。「進め切島…!!俺は今…すこぶる冷静だ…!!!」という爆豪くんの声に、「頼むぞ、マジで」と答えながら、切島くんが向きを定める。
しかし、相手も“ヒーロー志望”。そう一筋縄では行かない。B組の彼に追撃したのは良いものの、人の個性を“真似る“個性を持っているらしい彼に、爆豪くんの攻撃はなかなか決まらない。それどころか、右側から攻めてきているB組の騎馬が、何やら攻撃を仕掛けようとしている。
『っごめん!使うよ!!!』
「ああ゛!?」
『“発動!!!!!”』
B組の騎馬からドロリとしたものが襲ってきた瞬間、息を止めて個性を発動させる。ピタリと、私たち以外の騎馬の動きが止まる。あともう少し遅ければ、切島くんの足がこのドロドロしたものに触れるところだった。
「おお…!すげえ、皆止まってやがる……」
「と、とにかく、今のうちにこのドロドロから離れるぞ!!」
息を止めている間は話すことが出来ないため、代わりに頷いて答えれば、「アイツらの前に回れ!!!」という爆豪くんの声に、ハチマキを奪われた方のB組の騎馬の前方へ回り込む。本当なら、このままハチマキを奪うことが出来るのが理想なのだけれど、残念ながら“止まっている”間は、人や物を動かすことは不可能なのだ。
ていうか、やばい。そろそろ息が、
「いいぞ!苗字!!」
『っ“解除!!!”』
「!?なっ……!!」
「ばっ!?爆豪!?!?」
『え……!?』
時間が動き出した途端、騎馬から飛び上がった爆豪くん。突然の単独行動に、私たち三人も目を丸くする。
B組の彼らも、飛び掛ってきた爆豪くんに驚きながらも、「円場!!ガード!!」という叫び声の後、爆豪くんを阻むような透明の壁を作り出す。ドンッと見えない壁にぶつかった爆豪くん。しかしそこで諦めるような彼ではない。大きく振り上げられた拳。まさか、と思ったのもつかの間。バリンッと何かの割れるような音と共に、爆豪くんの腕が騎手の首元へと伸ばされる。
「っ、取られた!2本…!!」
『せ、瀬呂くん!!』
「お、おう!!」
ハチマキを奪った爆豪くんを瀬呂くんがテープでなんとか引き戻す。2本のハチマキを奪った事で、私たちの騎馬の順位は現在3位に。
「飛ぶ時言えってば!!」「でもこれで通過は確実…」という瀬呂くんと切島くんのやり取りに、バッと顔を上げた爆豪くんが声を張り上げた。
「まだだ!!!」
「はあ!!?」
「完膚なきまでの1位なんだよ、取るのは!!さっきの俺単騎じゃ踏ん張り効かねえ。行け!!
俺らのポイントも取り返して、1000万へ行く!!」
なんて無茶な要望。けれど彼は本気だ。本気で言っている。
口は悪いし、行動も粗暴。殺すだの死ねだの、仮にも人を救う立場に立とうとしている人間が使う台詞では決してない。でも。
“俺はなァ、オールマイトを超えるNO.1の……!カッケエヒーローになるんだよ!!!そのためにここにいる!!”
“せんせー、俺が一位になる”
爆豪くんが口にする言葉はきっと、いつだって、“嘘”ではない。
「しょうゆ顔!テープ!!」
「瀬呂なっと!!」
爆豪くんの声に、ニヤリと笑った瀬呂くんがB組の騎馬の傍にテープを伸ばす。「外れだ」と嘲笑うB組の騎手。さあ、本当に“外れ”だろうか。
「ノロマ女!!止めろ!!!」という声に深く吸い込む間もなく息を止める。
世界が、止まった。
瀬呂くんが伸ばしていたテープが縮まる。そこに爆豪くんの爆破で更に勢いがつく。B組との距離が一気に詰まった。
「解け!!!!!」
『“解除!!!!”』
解いた瞬間動き出した時間。そして、
BOOOOOOOOM!!!!!!
「爆豪!!容赦なし――――――!!!つーか今、何が起きた!?爆豪チーム瞬間移動か!?」
「次!!デクと轟んとこだ!!」
時間が動き出した瞬間、爆破で勢いをつけた手が、B組の彼からハチマキを奪い取った。逆転だ。そして残り時間20秒。今度は攻防を続ける緑谷くんと轟くんのチームの元へ向かう。
2人の姿を見つけた爆豪くんが飛び上がったその時、
「TIME UP!!!!!」
プレゼント・マイク先生の終了の合図。飛び掛かろうとしていた爆豪くんがズゴッと地面に落ちる。騎馬を崩し、「大丈夫か、爆豪?」と切島くんが爆豪くんに声をかけたけれど、どうやら聞こえていないのか、反応しない爆豪くんは肩を震わせている。
「早速上位4チーム見てみようか!!
1位、轟チーム!!
2位、爆豪チーム!!
3位、鉄て…アレェ!?オイ!!!心操チーム!!?
4位、緑谷チーム!!
以上4組が最終種目へ……進出だああ―――――――!!」
「だああああああああ!!!クソ!!クソが!!!」
悔しそうに地面に拳を叩き付ける爆豪くん。2位。私からすればいい成績だと思うけれど、やはり彼には納得できない結果らしい。苦く笑いながら、「爆豪くん、」と声をかけると、これでもかと言うほど眉間に皺を寄せた爆豪くんがゆっくりと振り向いた。
「1位じゃなきゃ意味ねえんだよ……!!1位以外は全てがゴミカスだ……!!!!」
「ごみかす……」
「お前、ホント口悪いよな……」
『まあでも、これが爆豪くん。って感じだよね』
「あ゛!?」
『1位以外意味無いなら、まだ、“意味ある”ね』
ニッと笑う私に、爆豪くんの眉が小さく動く。
『次が最終種目。それで本当の順位がつくから……ゴミカスな結果にならないよう、頑張ってね』
ポンッと軽く肩を叩けば、「触んな!!」とその手を振り払われる。爆豪くんだなあ、ほんと。ふふっと笑いながら、昼休憩へと向かう皆を追いかければ、ふんっと鼻を鳴らした爆豪くんと漸く立ち上がったのだった。
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