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「そこまでー。後ろからテスト用紙回収しろー」


どこか気怠げな坂田先生の声で、ついにテスト最後の科目が終わった。
この手応えなら赤点は大丈夫だろう。
奈良くんに感謝しないとな。
ホッと息をついていると、「んじゃ、今日は終わりなー。かいさーん」坂田先生は集めた用紙を片手にサクサクと教室を出ていった。


「アイツ、帰りのHRは無視かよ」

『あはは、坂田先生らしいね』


呆れたように坂田先生の出ていった扉を見つめる黒崎くんの言葉に笑っていると、ふいに机に影がおとされた。


『総吾くん?どうかした?』

「明日、付き合って欲しい所がある」

『え?私に?』


明日は土曜日。
休日なので暇は暇だけれど、なんで私?
キョトンとしながら総吾くんを見つめていると、「ダメですかぃ?」捨てられた仔犬よろしく総吾くんも見つめ返してきた。
慌てて大丈夫だ、と頷くと「それじゃあ明日の10時に駅で」と言い残して総吾くんは部活へ行ってしまった。












土曜日。
言われた通り駅に行くと、私服姿の総吾くんがいた。
あまり会話もないままに電車に乗り、都会の喧騒から離れた静かな駅で降りてまた歩き出した。
今日の総吾くんはなんだか口数が少ない。
何か事情があるのだろう、と何も言わずについていくと総吾くんは途中小さな花屋さんによって綺麗な花束を1つ買うと、また無言で歩き始めた。
一体どこへ行くのだろうと思い出したところで、総吾くんの目的地が見えてきた。


『ここって…』

「…行きやすぜ」


一度足を止めた私に総吾くんは一言言うと、迷うことなくまた足を進めた。
もしかして、総吾くんが行きたいところって…。


“沖田家之墓”


そう刻まれた墓石の前で、総吾くんは足をとめた。


『…総吾くん、ここは…』

「…俺の、姉上…沖田ミツバの墓だ」


ヒュウっと柔らかい風が吹いて、近くの木が優しく揺れた。
お姉さんの、お墓。
小さく息を飲んだ私に気づいたのか、それとも気づいていないのか、お墓を見つめる総吾くんは徐に口を開いた。


「…親は二人ともガキの頃に死んじまったから、俺は姉上に育てられたようなもんだった。姉上は優しくて…俺とは違って、本当にデキのいい人だったんだ」


愛しそうに墓石に向かって微笑みながら、持っていた花束を置いた総吾くん。
そんな動きの1つ1つから、総吾くんがどれだけお姉さんを好きだったのか分かる。


「けど、2年前に病気で死んじまって…」

『…そっか……。でも、どうして私を?』

「…名前を、姉上に紹介したかったんだよ」


どうして?
そう、聞こうとしたのだけれど、総吾くんがお姉さんに向かって手を合わせ始めたので開きかけた口を閉じた。
そんなこと聞かなくてもいいのかもしれない。
大好きなお姉さんに私を紹介したい、そう言ってくれただけで十分なのだから。
総吾くんに倣って、私もミツバさんに向かって手を合わせた。


『(ミツバさん、総吾くんは優しい素敵な人です。こんな彼に会わせてくれて、ありがとうございます)』


心のなかで呟いたお礼の言葉。
まるでそれに答えるように、また柔らかな風が吹いた。
「…行くか」そう言って隣の総吾くんが立ち上がったのに気づいて、自分も折っていた膝を伸ばしたとき。


「あれ?総吾に苗字?」

『え?…黒崎くん?』


振り向くと、来たときの総吾くんと同じように綺麗な花束を持った黒崎くんがいた。
どうして黒崎くんもここに?
ビックリしている私をよそに「やっぱり今年も来てたんだな」と黒崎くんが眉を下げて笑った。


『今年も?』

「ああ、去年もここで総吾と会ったんだよ」

「そうでしたかねぃ?」

「そうだよ。お前、覚えてるくせに忘れたフリすんなよな」


疲れたようにため息をついた黒崎くん。
去年もここで総吾くんと会った、ということは彼も誰かのお墓参りに来ているのだろうか。
なんだか聞きづらくて黙っていると、そんな私に気づいた黒崎くんが先に口を開いた。


「俺は、おふくろに会いに来たんだ」

『…お母さんに…?』

「親父や妹たちも来ててな、多分先に行ってる」


そう言った黒崎くんが見つめる先からは、なんだか賑やかな声がした。
まさか、黒崎くんのお母さんが亡くなっていたなんて…。
なんだか申し訳ないことを聞いてしまった気がして、少しうつむいてしまうと、ポンッと頭に手をのせられた。


「これ、持っててくれねぇか」

『え、花束を?』

「おう、総吾の姉貴に挨拶しようと思ってよ」


そう晴れやかに笑った黒崎くんは花束を私に預けると、ミツバさんに手を合わせた。
「うし、んじゃ俺はそろそろ行くわ」と挨拶が終わったのか黒崎くんが再び花束を手に行こうとすると、「一護、」総吾くんが彼を呼び止めた。


「?なんだよ?」

「なんだよじゃねぇ。…お前が姉上に手を合わせたんなら、俺もお前のおふくろさんに挨拶するべきだろぃ」

「…はは、そういや去年もしてくれたっけ」


この二人が優しくて人の痛みを分かるのは、二人の境遇が似ているからなのかもしれない。
「そうでしたかねぃ?」「そうだよ。だから、忘れたフリすんな」というやりとりを見て、ほんの少し胸の辺りを暖かくしていると、ザアッと今日一番の爽やかな風が吹いた。
その風につられるように、なんとなく後ろを見ると


『っ、え…』

“総ちゃんを、よろしくね。それと、これ…あの人に届けてあげてね”


総吾くんによく似た女の人が、立っていたように見えた。
もしかして、ミツバさん…?
錯覚だろうかと、目を擦って見ると、そこにはすでに誰もいなかった。
やっぱり、気のせいだったのだろうか。
そう思ったとき、ふとさっき彼女が指を指していた方が気になった。


“あの人に届けてあげて”


まさか、と思いながらそこを見ると見覚えのあるものが落ちていた。


「?苗字?どうした?」

『えっ、…ううん、なんでもないよ』

「?そうか?…よかったら、苗字もおふくろに会ってやってくれよ」

『うん、もちろん』


黒崎くんに答えながら、見つけたものを拾って立ち上がると「行くぜ」総吾くんが歩き始めた。
それを追いかけるように足をだしたとき、
“ありがとう”
と聞こえたのは、気のせいではない気がした。
41 拝啓、姉上とおふくろへ

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