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「名前は、俺と研磨の幼馴染だよ」

放課後練の始まる前、俺やリエーフの「昨日のあの子は誰だったのか」という問い掛けにそう答えた黒尾は無表情だった。いや、正確には何かを隠すような顔していたのだけれど、それを読み取るには“3年間”の月日では足りなかったらしい。研磨なら分かるのだろう。「その割には、なんかよそよそしかったですね」なんて空気を読むと言う事を知らないリエーフの言葉に思わず「馬鹿!」と叫んでしまったけれど、言われた本人は自嘲気味に笑っただけだった。










「俺寄るとこあるから、また明日な」


そう言っていつものメンバーと別れたのはさっきの事。部活を終え、携帯に入ったメールを確認した所、親からの“お使い”を頼まれていた為いつもと違う道を帰ることになったのだ。全くもって息子使い荒い親だ。と内心零しながら1番近いスーパーへ向かう。閉店ギリギリで店内に駆け込み、母親に頼まれたものを即座に買って店を出ると、そのタイミングが腹が盛大に音を鳴す。風呂の前に飯を食おう。なんて考えていると、「離して下さい…!」と何処か聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の主を探そうと辺りを一瞥すると、少し先にある街灯の下で1組の男女がなにやら揉めている。


『やだ…!離して下さい!!』

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん。少しだけ相手してくれればいいんだって」

『いやっ!離して!!』


下品な笑みを浮かべてセーラー服姿の女の子の腕を掴む男に吐き気がする。涙混じりの声を上げて拒否を示す女の子を助けてやろうと2人へ近づくと、暗い道の中でぼんやりとしか見えていなかった女の子の顔がだんだんとハッキリしてくる。あれ、この子って。昨晩会ったばかりの相手に二夜連続で出会った事に驚きつつ、とにかく先ずはこのふざけた男を何とかしようと「おい、」と声をかけると、「ああ?」と不機嫌そうな声を出した男は女の子の腕を掴んだままこちらを振り向いた。


「…んだ、てめえ?俺に何か用か?あ?」

「嫌がってんだろ、その子。離してやれよ」

「なんで俺がてめえみたいな“チビ”の言う事聞かなきゃなんねえんだよ」

「……あ?」


プチッと自分の中で何かが切れる音がした。
今この男なんつった?チビ?誰が?俺が?額に浮かんだ青筋をそのままに男の胸倉を掴んで乱暴に引き寄せると、いきなりの反動に驚いた男の目が大きく見開かれた。


「…離せって言ってんだよ。聞こえねえなら、あんたの耳の鼓膜に破るくらいデカイ声で叫んでやろうか?“ここに変態がいます”って」

「っ…こ、この…糞ガキ…!次会ったら覚えとけよ!!!」


捨て台詞らしい捨て台詞を吐くと、胸倉を掴んでいた俺の手を振りほどいて走り去った男。最初の威勢はどこに行ったのかと呆れた顔でその背中を見送っていると、男に絡まれていた女の子もとい“名前さん”が唇から小さな声を紡ぎ出した。


『あ、あの…ありがとうございます。助けて、くれて…』

「ん?ああ、いいよいいよ。黒尾と研磨の幼馴染さんだし、助けて当然だって」


軽快に笑って言えば、名前さんの目が丸くなる。「あれ?覚えてない?」と彼女の反応に首を傾げると、「あっ、」と声をあげた彼女がポンッと、手を叩いた。


『昨日の…!』

「そうそう。昨日黒尾たちと一緒にいた奴ね」


思い出してくれた名前さんににっと笑って頷くと、忘れていた事を申し訳なく思ったのかほんのりほっぺたを赤くした彼女は顔を俯かせた。


『…あの、昨日の夜もすみませんでした…。皆さんの邪魔をしてしまって…』

「いや、いいっていいって。」


軽快に笑って「気にしなくていいよ」と言えば、ホッと安心したように微笑む名前さん。そんな彼女に釣られるように自分も頬を緩めると、そこでそう言えば、彼女はこんな所で何をしていたのだろうと首を捻る。


「あー…えっと…名前さん…でいい?」

『あ、はい、えっと…苗字名前です。年下なので、さん付けは要りません』

「あ、うん、そっか。じゃあ、名前ちゃんで。俺は夜久衛輔。黒尾と研磨のチームメイトで、音駒高校と三年ね」

『…クロと、同い年なんですね』


ふっと伏せられた瞼の下で、大きな黒目がやけに哀しそうに揺れた。なぜ、こんな顔をするのだろうか。と思っていると、練習前のリエーフの一言が頭を過ぎる。まさか本当に仲が悪いのだろうか?それにしては、昨晩彼女を見かけた時、研磨も黒尾も随分と心配していたように見えたけれど。
悲しげな表情を浮かべたままの名前ちゃんに、話題を逸らすつもりも兼ねて、先ほどの疑問を問いかけてみる事にした。


「あー…あのさ、名前ちゃんはこんな時間に何してんの?」

『え……それは………レッスンの、帰りで…』

「レッスン…ああ、そう言えば昨日もピアノのレッスンの帰りって…。あれ?でも、昨日が特別遅かったんじゃ…」


そこまで言うと、目の前の彼女の顔がみるみるうちに青ざめて行く事に気づく。なるほど。どうやら昨日彼女は黒尾たちに嘘をついていたらしい。気まずそうに顔を俯かせている名前ちゃんに眉を下げると、小さく震える唇がゆっくりと開いた。


『…クロと研磨には、言わないで下さい…』

「え、でも…」

『2人が知ったら、また…心配、かけちゃうから…。だからお願いします、言わないで下さいっ…』


頭を下げているせいで、名前ちゃんの顔は見えないけれど、声の震えから泣きそうになっているのが分かる。そんなに知られるのが嫌なのか。けれどもし言わなければ、彼女は今後も1人でこの暗い道を帰ることになるだろう。
どうしたものか、と頭を働かせていると、顔を上げないまま、名前ちゃんがもう一度「お願いしますっ!」と声を張った。…ここまで頼んでいるのに、無下にするのも可哀想だ。「分かったから、顔上げて!」と半ば勢いで言うと、ゆっくりと顔を上げた名前ちゃんは安心したように息をついた。


『…困らせてしまってごめんなさい…。でも、クロや研磨にはこれ以上ピアノの事で迷惑掛けたくなくて…』


「すみません」と心底申し訳なさそうな顔をする名前ちゃん。一旦是と答えてしまった以上、黒尾や研磨に彼女の帰りを伝える事は出来ないだろう。「いいよ」と苦笑いで返し、「家まで送るよ」と申し出れば慌てた様子で首を振られる。
「だ、大丈夫です…!」「いや、流石にこのまま帰らせるわけには行かないって」「でも…!」「俺の面子の為に送らせてよ」
いや。けど。でも。を繰り返す彼女に、流石にこれだけは譲れないと笑顔で押せば、また申し訳なさそうに眉を下げた名前ちゃんは、渋々と言った様子で「それじゃあ、お願いします」と深々と頭を下げた。


「…あのさ、これ以上ピアノの事で迷惑掛けたくないってどういう意味?」


暗い道を並んで歩きながら、ふと先ほどの彼女の言葉から拾い上げた疑問。単純に何故だろうと思って聞いてみたそれは、彼女にとってはあまり良い質問ではなかったらしい。


『…クロと研磨は、私のピアノ、…あんまり、好きじゃないので…』


諦めたような言い方に、思わず「そんな事ない」と否定しそうになったのをなんとか喉でお仕留めた。
黒尾や研磨が幼馴染みの頑張っているものを否定するとは思えないけれど、名前ちゃんと2人の間には何か事情が有るのだろう。「そっか」としか返す事が出来ず、他に何か話題はないかと考えれば、彼女の興味を引くような話題は残念ながら持ち合わせておらず、結局黙り込む事になる。そもそも、中学生の女の子と語り合える話題なんてあるわけがない。
仕方なくこのまま黙々と歩こうかと思い始めた時、彼女の腕に抱えられた、ピアノのマークが入った手提げカバンが目に入る。


「…名前ちゃん、いつもこの道帰ってんの?」

『あ、はい』

「…ピアノのレッスンってどこでやってんの?さっき絡まれてたとこの近く?」

『えっと…近くですけど…』

「…ちなみにレッスンって毎日あんの?」


普通ここまで色々聞かれれば怪しく思うのが普通なのだろうけれど、名前ちゃんは不思議そうな顔をしながら「月曜と土日はないですけど…?」と首を傾げながら答えた。そんな彼女に「週4日も通ってるんだ」なんてテキトーに返しつつ、頭の中では今聞いた情報をしっかりと記憶しておいた。


『あ、ここで大丈夫です。そこを曲がった通りに家があるので…』

「この通り…ってことは、ホントに黒尾と研磨とご近所さんなんだね」


以前黒尾の家を訪れた際にも通ったことのある通りの手前で立ち止まった名前ちゃん。小さく頷いてみせた彼女はやっぱり何処か気まずそうだ。
「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀をしてくれた名前ちゃんに、「気にしなくていいよ」と返すと、安心したように微笑んだ彼女は踵を返して歩いていった。


「…月曜と土日以外、ね」


そう確認するように呟いて、自分も家路を歩き出した。

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