藹々(鬼滅ALL) | ナノ
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四話

「よお煉獄。お前も来てたのか」

「宇髄か」


片手を上げて挨拶をした俺に煉獄が足を止める。
「お前もあの娘が気になったのか?」「ああ、そんなところだ!」と会話をしながら歩き出せば、いつも通り庭へと着いたところで、「おはようございます、煉獄様、宇髄様」と女中の一人に挨拶をされた。


「ああ!おはよう!!」

「お館様はいらっしゃるかい?挨拶してえんだが」

「ああ、いるよ。おはよう、天元、杏寿郎」

「!お館様!!」


まるで俺たちが来ることを予見していたように奥の部屋から現れたお館様。煉獄と揃って膝をつくと「楽にしてくれて構わないよ」と穏やかな声が落ちてくる。


「お館様、突然の来訪をお許しください!!」

「大丈夫だよ。そろそろ来る頃だろうとは思っていたからね」


「名前さんのことだろう?」と柔らかく問いかけてくるお館様にはやはり全てお見通しらしい。「その後、何かおかしな様子はございませんか?」とお館様を見上げれば、ふっと笑みを零したお館様は眩しそうに空を見上げた。


「……彼女なら、今は裏手の縁側にいるんじゃないかな?気になるなら行ってみるといい。どんな子か気になるんだろう?」

「……じゃあ、そうさせて貰うぜ。お館様」


そう言って立ち上がり、礼を一つして庭の裏側に回っていく。同じように一礼した煉獄と並んで歩いていると、俺たちを見つけた女中達が驚いたように慌てて頭を下げてくる。
まあそりゃ驚くわな。柱合会議でもねえのに、柱が二人も集まるなんて。本来であれば自身の警備している地区を守る為に見回りの一つでもしている時間だが、今日は嫁たちに任せている。そうまでしても気になることがあったのだ。

苗字名前。

七日前の柱合会議の際、突然派手に現れた女のことである。
登場の仕方とは裏腹に、刀を向けた俺たちに随分と怯えた様子を見せたソイツは、あろう事かそのままお館様の屋敷に住まうことになったのだ。お館様の見る目を疑う訳ではない。だからと言って無条件にあの女を信用するには怪しすぎる。鬼舞辻無惨が殺すことの出来ない女の家系か何かは知らないが、どんな奴である己の目で確かめない事には納得できない。
そう思ってお館様の屋敷へと来たのだけれど。


『あれ……?あなた達は確か……えーっと……煉獄さんと宇髄さん……ですよね……?』


床ふきをしていた手を止めた苗字がキョトンとした顔で俺たちの顔を見つめる。たすき掛けをして腕を出し、白い前掛けを付けて雑巾を握っているところを見るに掃除中のようだ。
「なぜ俺たちの名前を?」と煉獄が尋ねると、ああ、それは。と言うように苗字は口を開いた。


「蜜璃ちゃんとしのぶちゃんが教えてくれたんです。多分、これから他の柱の人たちと会うこともあるだろうからと」

「甘露寺と胡蝶が?」

「はい。お二人共時間がある時に来てくださって話し相手になってくれて……色々と教えて貰えて凄く助かってます」


それはまた随分と絆されたものだ。
甘露寺はともかく、胡蝶までこの娘を気にかけているとは。そこでふと頭を過ぎったのは、胡蝶の姉であり、元柱でもある胡蝶カナエの姿。もしかすると胡蝶は存外に年上の女という存在に弱いのかもしれない。


『お館様ならこちらにはいらっしゃいませんよ?』

「お館様にはさっきお会いした。今日はあんたの様子を見に来たんだ」

「その通り!!」

『……私??』


そう言って不思議そうに首を傾げた後、直ぐに何かに納得したように「あ、なるほど」と頷いて見せた苗字。どこか困ったように眉を下げる姿は何処からどう見ても普通の娘である。


『……えっと……監視されるのは別に構わないのですが……何も面白いことはないと思いますよ…?』

「構わん!俺たちの事は気にせず、好きにしてくれ!!」


煉獄の声にそういうことならと再び掃除を再開された苗字。始めは煉獄と二人でそんな彼女を観察していたのだが。

まあ、なんとも監視しがいのない娘である。

そもそも女中でもないのになぜ床ふきなどしているのかと問いかけてみれば、「お世話になっているので、何かしたくて」とへにゃりと笑うその様子に、なるほど中々義理堅い娘であるのだと知る。掃除を終えれば一休みするのかと思えば、今度は籠いっぱいに入った敷布(しきふ)を女中と一緒に干し始めた。女中の手伝いというか、もはや女中同然である。
そんな苗字をただただじっと見ているのも飽き、途中から煉獄と打ち合い稽古を始めて見たけれど(もちろん木刀だ。派手な真剣での打ち合いは止められたからな)、苗字は変わらず女中と会話をしながら干し物を続けるばかり。

なるほど。これでは流石に毒気が抜かれてしまう。

そもそも殺気の一つすら感じない娘である。無害そうである見た目通り身のこなしに武芸の心得も見当たらない。己の三人の嫁たちとすれば線も細く、いかにも堅気の女という様子である。敷布を干し終えた苗字が屋敷の中へ入っていくのを見て、打ち合いを止めて煉獄と二人で縁側に腰掛ける。
「なんとも普通の女子(おなご)だな!」と快活な声を張る煉獄に「拍子抜けもいいところだぜ」と小さく息を吐き出した。


『あの、お二人とも、』

「ん?……ああ、なんだ?次は昼餉の支度か?」

『いえ、この時代の調理場は勝手が違うので……』


そう言って苦く笑った苗字は、「どうぞ」と麦茶を差し出してきた。カランと氷の音を立てたそれはなんとも冷たく美味そうだ。


『あ、淹れたのは私ではなく女中さんです!なんなら、毒味しましょうか!?』

「……いや、頂こう」


慌てて両手を振る苗字に、煉獄が躊躇なく麦茶に手を伸ばす。ゴクリと喉を鳴らして茶を飲む姿を見た苗字は、どこか嬉しそうに目を細めた。
元忍びの性分か、知らぬ人間から差し出されたものを口にするのは正直あまり好まない。しかし、煉獄が何の問題もなく飲んでいるのに俺が手をつけないと言うのもおかしな話だ。煉獄に続くように茶を飲むと、渇いた喉を潤すそれにふっと息を吐いた。


「それにしてもよく働くな!!」

『い、いえ、お手伝い程度です。分からない事の方が多くて、教えて貰ってばかりで……』

「未来はもっと様変わりした世になってるってことかい?」


少し揶揄うようにそう言えば、「そうですね」と何の意も介さない素直な返事が返ってくる。


『色々と便利になっていますよ。皿洗いも洗濯も、ボタン一つで機械がしてくれる時代なので』

「ほう!それは興味深いな!!」

『ここに来て、自分はとても楽な生活をしていたのだと思い知りました』


へらりと笑う苗字の穏やかなことよ。未来の日本は、便利どころか阿呆みたいに平和な世界に違いない。なにせこんな娘がのうのうと生きていられるのだから。
「中々不安も大きいだろう?」と煉獄が尋ねれば、一瞬固まった後、苗字はどこか気恥しそうに頬を掻いた。


『…実は、ここに来て最初の晩は不安で堪らず泣いてしまったりもして…』

「ま、そりゃそうだろうよ。お前さんの話が本当なら、未来なんて派手な場所、帰り方すら分かんねえからな」

『……でも、昔おばあちゃんに言われた事を思い出したんです』

「祖母殿に??」

『人は、生きていれば辛いことが沢山ある。でも、どんなに苦しくて悲しい夜にも必ず朝が来る。どんな時でも朝日は美しいのだと言われたことを思い出して、次の日の朝、朝日を眺めてみたんです』


柔らかく笑んだ苗字に煉獄と二人で小さく目を剥く。そっと目尻を下げた苗字は、愛おしむように唇を動かした。


『おばあちゃんの言う通り、この世界でも朝日はとても綺麗だった。朝日だけじゃない。私は、とても恵まれている。お館様にここに居ていいと言って貰えて、しのぶちゃんや蜜璃ちゃんに気にかけて貰っている。それに、普通なら経験することが出来ない事も経験出来る。
……そう考えたら、凄く勿体ない気がしたんです。不安に囚われて、ただただ嘆いているだけなのは』


「もちろん、不安が全部消えたわけじゃないですが」そう付け足すように繋げた苗字に、煉獄の瞳が穏やかに細まる。怪しい娘だと見張りに来たのが嘘のようだ。いや、きっと俺も似たような顔をしているのだろう。

この娘の空気は、殺すか殺されるかの世界を生きる俺たちにはあまりに柔らか過ぎるのだ。

「いい心掛けだ」と笑う煉獄に、嬉しそうに微笑み返す苗字。突然現れた奇妙な娘である事は変わらないけれど、それでも、少しは納得した。お館様がなぜこの娘を安全だと言うのかを。
微笑み合う二人にふっと笑みをこぼし、残っていたお茶を飲み干す。「もう一杯頼めるか?」と言って茶器を向けた俺に、苗字は嬉しそうに頷いたのだった。

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