藹々(鬼滅ALL) | ナノ
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三話

お館様の屋敷に住まわせて頂くことが決まった私に、お館様は早速部屋を与えてくれた。広い御屋敷だとは思ったけれど、まさか自室まで貰えるなんて。「ありがとうございます」と何度も何度も頭を下げる私に、「気にしなくていいよ」と彼はとても優しく笑ってくれた。
ちなみに、“お館様”の事はそのままお館様と呼ばせて貰っていいらしい。曰く、「そう呼ばれなれているからね」との事だ。
大正時代にタイムスリップしてきた最初の夜は、不安と緊張で涙が止まらなかった。家族に会いたい。友達に会いたい。自分の時代に戻りたい。はやく、はやく、帰りたい。お館様が用意してくれた布団の中で嗚咽を押さえて泣き続けていると、いつの間にか寝てしまっていて、その日私は夢を見た。


“名前、人はね、生きていると辛いことが沢山ある。でもね、ずっと俯いててはいけないよ。どんなに苦しくて悲しい夜にも必ず朝が来る。朝が来たら顔を上げてごらん。朝日は、どんな時でも美しいから”


昔、小学生の頃だろうか。おばあちゃんがそんな事を言っていた気がする。
次に目を覚ました時には既に朝を迎えていた。部屋から出て縁側から見た空には眩しく輝く太陽があって、おばあちゃんの言う通り、この世界でも朝日はとても美しかった。


「名前さん、今日は色々と入り用の物を買い揃えてくるといい」

『え??』


朝餉を終え、食べ終えた皿を女中さんと共に片付けようとしていたところ、お館様が現れてそんな事を言ってきた。確かに今の私には持ち物の一つもない。それはつまり無一文という事でもある。いや、そもそも、この時代の金銭を持っているはずはないのだけれど。
「これで買っておいで」と渡されたのは、やけに重たいがま口財布と長方形の布財布の二つ。お金である。この時代の金銭価値は分からないが、多分、おそらく、結構あるぞ、これ。さすがに受け取れないと首を振ると、「あの子たちが負わせた傷のお詫びだよ。気にしなくていい」と首を振られてしまう。


『で、でも…!ここに住まわせてもらうだけでもありがたいのに、』

「それはそれだ。第一、ここでどれだけ過ごすか分からない以上、必要なものは持っておかなきゃならないだろう?」

『うっ……それは……』

「今は遠慮せず、受け取ってくれた方が私も嬉しいよ」


そう言って笑うお館様はまるで財布を受け取らない事を許してくれる気配はない。なんと器の大きな人だ。こんな風に言ってもらってまで返す気にはならず、「ありがとうございます、」とお礼を言って財布を受け取ると、「いいんだよ」と満足そうに笑ってくれた。


「もうすぐしのぶと蜜璃が来るから、二人と一緒に買い物に行ってくるといい」

『しのぶさんと……みつりさん??』

「昨日会った子達だよ。女の子が二人いただろう?」


あ、心当たりがある。
泣き崩れた私の背をさすってくれた子と、ハンカチを貸してくれた子の二人だ。どちらも美人さんだったな。綺麗な顔立ちをした二人の顔を思い出していると、「失礼します、」と庭の方から声が。


「お館様、ただいま参りました」

「おはようございます!お館様!!」

「おはよう。しのぶ、蜜璃」


跪いて現れたのはしのぶさんと蜜璃さんの二人だった。噂をすれば、という奴である。「彼女を頼むよ」というお館様の声に、はい。と二人が頷き返す。その返事を聞いたお館様はまた私の方を向くと、「着替えたら二人といっておいで」と声を掛けてくれる。
あ、そう言えば。昨日の夜に借りた浴衣のままだった。慌てて着替えようとしのぶさん達に「直ぐ着替えてきます!!」と伝えて部屋に戻ると、部屋には女中さんの姿が。「お着替えをお手伝いさせていただきます」ということらしい。大変ありがたい。着慣れない着物への着替えを終え、女中さんにお礼を言いつつ外へと向かうと、昨日と同じように黒い服と羽織を着たしのぶさんと蜜璃さんを見つけて、慌てて駆け寄った。


『す、すみません…!お待たせしました!!』

「大丈夫ですよ。全然待ってないので」


にっこりと笑ってくれる二人。ところでどちらがしのぶさんでどちらが蜜璃さんなのだろうか。そう思ったのは伝わったのか、「私は胡蝶しのぶです」「甘露寺蜜璃です!よろしくお願いしますね!」と二人が自己紹介をしてくれた。そんな二人に倣って「苗字名前です。よろしくお願いします」と頭を下げると、「では名前さん、早速ですがこれはを」としのぶさんの手には白い手拭いが。


『??えっとこれは……??』

「目隠しです」


え?キョトンとする私にしのぶさんの手が伸びてくる。あっという間に視界を遮られたかと思うと、「それじゃあ行きましょ!」とおそらく蜜璃さんのものであろう手に腕を捕まれそのまま歩き出すことになった。





*****





『なるほど、それで目隠しを……』

「すみません。規則なもので」


目隠しが取れたのは、街の入口に着いてからだった。どうやらお館様のお屋敷の場所は一部の人間しか知らないらしく、情報を与えないように目隠しがされていたらしい。納得である。びっくりはしたけど。
活気づいた町を歩きながらしのぶさんからその説明を聞いていると、「他にも刀鍛冶の里があるんですけど、そっちも秘密の場所なんですよ」と蜜璃さんが教えてくれた。刀鍛冶の里ってなんだ。


「さて。お館様からは苗字さんの買い物の手伝いと護衛を仰せつかっているのですが……」

『買い物の手伝いは分かるんですけど……護衛って??』

「苗字さんが例の一族の子孫である場合、それを知られてしまえば鬼が狙ってくる可能性があるからです」

「でも、鬼は昼間は行動出来ないので、今は大丈夫ですよ!」

『へえ……そうなんだ……』


昨日から幾度となく聞いている“鬼”という単語は、未だに耳に馴染まない。珍しい街並みを横目に昨日のお館様の話を思い出してみたけれど、タイムスリップはともかく、鬼やら鬼殺隊やらは未だに現実味がない。


「とりあえず、今は買い物優先ですね。何から買いましょうか??」

『入り用の物を、と言われたんですけど……』

「では、先ずは服ですね」


そう言って目的の店に向かって歩き出したしのぶさん。その後を蜜璃さんと共に追いかける。
買い物中、二人から色んな話を聞かせてもらった。この時代のこと。鬼殺隊のこと。二人のこと。大抵の買い物を終え、茶屋で一休みした頃には、年上だからと私の敬語は外していいと言われていて、二人のことも“しのぶちゃん”と“蜜璃ちゃん”と呼ぶようになっていた。


「おいし〜〜!!すっごく美味しいお団子ね!!」

「そうですね」


モグモグと三色団子を頬張る蜜璃ちゃんの幸せそうな子。どの時代でも、女の子って甘い物が好きなんだな。蜜璃ちゃんに倣って団子を一口食べてみると、モチモチとした食感に思わず頬が緩んだ。


『ほんとだ…凄く美味しい…!!』

「それは良かったです。昔から、このお店のお団子は評判いいなんですよ」

『そうなんだ…。しのぶちゃんは前にも来たことがあるの?』

「ええ、昔。姉と二人で来たことがあります」


しのぶちゃんにはお姉さんがいるのか。
「お姉さんも鬼殺隊の人なの?」という問いかけに、二本目のお団子に手を伸ばそうとしていた蜜璃ちゃんの手が止まる。手に持っていた湯呑みのお茶を僅かに揺らしたしのぶちゃんは、どこか悲しそうな顔で微笑んだ。


「……ええ、鬼殺隊の一員でした」

『そう………なんだ……』


これ以上は聞いてはいけない気がする。そう感じて、話題を逸らそうと「ところで、蜜璃ちゃんはどうして鬼殺隊に??」と蜜璃ちゃんの方へと視線を向ける。突然話を振られた事に驚きながらも、「私??」と自分を指さして数回瞬きを繰り返した蜜璃ちゃんは、二本目のお団子を手に持ちなごら、うっとりとした顔で頬を赤く染めだした。


「えっと…実は私……添い遂げてくださる殿方を見つけようと思いまして!!」

『…………ん???添い遂げてって……結婚してくれる人を探してるってこと???』

「はい!!そうなんです!!」


力強く頷く蜜璃ちゃんにポカンとしてしまう。鬼殺隊って鬼を狩る為の組織だって話だけれど、そんな場所で婚活しているなんて強者すぎる。というか彼女はまだ十九歳なのにもう結婚を考えているのか。いや、大正時代なら普通なのかもしれないけれど。
お団子を食べる手を止めて目を丸くしている私に、何を思ったのか蜜璃ちゃんが少し気まずそうに頬を掻く。「やっぱり変かしら?」とへにょりと眉を下げる蜜璃ちゃんに慌てて首を振った。


『え!?変なんてこと全然ないよ!?』

「そ、そうですか……?………私、十七の時にお見合いした殿方に、髪色の事とかよく食べる事を凄く、その……変だって言われてしまって……」

『髪色?……あ、確かに珍しい色だね。地毛??』

「昔は黒髪だったんですけど、桜餅が好き過ぎて、食べ過ぎたらこんな色に……」

『桜餅で!?』


そんなことがあるのか。とてもフィクションな話である。
とは言え、蜜璃ちゃんが嘘をついている様子はないし、この時代にここまで綺麗に髪を染めるという技術があるとは思えない。おそらく本当なのだろう。
「好きな物と同じ色になるなんて素敵だね」と笑って返せば、蜜璃ちゃんの目が驚いたように目を見開かせた。


「すてき……?この髪色が……??」

『うん。だって、桜餅が好きで、桜餅と同じ色になったんでしょ??好きな物と同じ色の髪なんて凄く素敵じゃない?それに、珍しい髪色だけど蜜璃ちゃんに似合ってるし』

「っ、で、でも……この髪、気に入らない男性もいて……それに、よく食べる所も女の子らしくないって言われてね、それで、その……少食なふりをしたりもして……」

「甘露寺さん……」

「私、人より力も強いみたいで、全然女の子らしくなくて……でも、お館様がそれは私の個性だって言ってくれたの。だから今は全然気にしてないわ!だってお館様が認めてくれた力だもの!……でも、でもね、時々、本当に時々、黒髪だったらもっと早く添い遂げる相手を見つけられてたのかなとか、思ったりしちゃって……」

『髪の色は関係ないよ』


え?と二人分の視線が一気に向けられる。あまりの勢いに湯呑みのお茶を零しそうになっていると、「どうして?」と蜜璃ちゃんがとても不思議そうに首を傾げた。


『だって、髪の色でその人がどんな人が分かるわけないから』

「っ」

『蜜璃ちゃんのお見合い相手の人がどんな人かは分からないけど……でも、髪色や食べる量で人を判断するような人は間違ってると思う』

「……ふふ。確かにそうですね。苗字さんの言う通りです」

「っしのぶちゃん……」

「甘露寺さんには甘露寺さんの魅力がある。その男性はそれに気づけなかったということですよ」


しのぶちゃんの言う通りである。
「見る目のない人もいるんだね。こんなに可愛いのに」とボヤくように呟くと、蜜璃ちゃんの瞳がうるうると潤いだす。え、と思った時には彼女の目からポロポロと涙が零れていて、あらあら。と困ったように笑ったしのぶちゃんがそんな蜜璃ちゃんに手拭いを差し出した。


『だ、大丈夫??私、変なこと言っちゃったかな…?』

「ぐすっ…う、ううん、違うの…!嬉しくて……!そんなふうに言って貰えて凄く嬉しいの!だから、だからね、ありがとう。しのぶちゃん、名前ちゃん」


えへへ。と顔をほころばせて笑う蜜璃ちゃんはとても可愛らしい。見合いを断ったという人は、やっぱり見る目のない人だったのだろう。
思わずしのぶちゃんと顔を見合わせると、「ここは私の奢りね!」と蜜璃ちゃんは嬉しそうにまた団子を頬張り始めたのだった。

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