藹々(鬼滅ALL) | ナノ
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二話

「なるほど。では、名前さんは、未来から来た……と」

『………そう、なるのでしょうか……』


背中に刺さる視線が痛い。
長くなりそうだと屋敷の中に通してくれた“お館様”もとい産屋敷耀哉様。このお屋敷の主人は彼らしく、病気なのか盲目なようだ。そんな彼に従い、全員で屋敷の一室に集まったのはいいものの、先程から怪しげに突き刺さる視線がとても痛い。最初に比べれば随分と優しいものだけれど、頭大丈夫か?みたいな目で見られるの正直辛い。


「未来か……それはまた随分と遠くから来たね」

「!?お館様!!!まさかこんな世迷言を信じると!?!?」

「嘘だという証拠もないだろう?」


血走った目をした男性が声を荒らげる。この人は最初に刀を向けて首を斬ってきた人だ。居心地の悪さに身動ぎする。唯一の救いは、おそらくこの場で一番偉いのであろう“お館様”が、私の話を信じようとしている事だ。


「しかしお館様、いくらなんでも未来から来たと言うのは……」

「確かに、俄には信じ難いね。だが、彼女の纏う雰囲気は随分とこの時代“らしく”ない。それに……名前さん、手を見せてもらっても??」

『え?あ、は、はいっ、』


言われた通りに両手を差し出すと、“お館様”の手が迷うことなく伸びてくる。まるで見えているみたいだ。
晒した手のひらを指先が優しく撫でていく。最後に何かを確かめるように手のひらを合わせたかと思うと、「ありがとう、もういいよ」と“お館様”がゆっくりと手を引いた。


「お館様、なぜ彼女の手を………?」

「…彼女の手は、“綺麗”すぎる」


綺麗、すぎる??どういう意味だろうか。“お館様”に見せた自分の手をまじまじと見つめる。どこにでもある普通の手だ。これのどこが綺麗すぎるというのか。


「今の世を生きている女性であれば、水仕事で手が荒れていたり、働いているなら、仕事で指先が固くなっていたりする事が多い。しかし彼女の手は、荒れているどころか傷一つない。どこかのご令嬢だと言われれば納得も出来るけれど……」

『れ、令嬢??う、うちは普通の家庭ですっ……!』


令嬢だなんてとんでもない。慌てて首を振って否定する私に、「それならば、やはり君の手は綺麗すぎるね」と“お館様”は更に笑みを深める。


「それに、気になることもある」

「気になること?」

「…名前さん、貴女が見つけたという刀は誰のものかお分かりですか?」

『い、いえ……。蔵に仕舞われていたので、誰のものかは…。あ、でも、祖父母の家にあったので、祖父母の持ち物かと…』

「……お祖母様のお名前を聞いても?」


どこか慎重に問いかけられた言葉に、優しく微笑むおばあちゃんの姿が脳裏を過った。


『祖母の名前は、縁(ゆかり)。苗字縁です』

「……そうか……やはり君は縁の……」


何かに納得したように微笑みを零した“お館様”。その笑みを意味が分からないのは私だけではないらしい。後ろに控えている他の人たちも不思議そうに“お館様”を見つめている。
縁。親しげな呼び方だ。私の祖母を知っているのだろうか。じっと“お館様”を見つめると、その視線に気づいたらしい“お館様”はふっと笑みをこぼすし、「ひなき、にちか、」と誰かを呼ぶと傍に控えていた女の子達が立ち上がった。どうやら彼女達の名前らしい。


「あれを、」

「「はい」」


返事をした二人の女の子達は部屋から出たかと思うと、少ししてまた戻ってきた。二人の手には何かを包んだ白い布がそれぞれ乗っていて、“お館様”と私の間にそれを置いた彼女たちは、また元の場所に引き下がって腰を下ろした。


『…これは……?』

「開けてごらん」


促す声に片方の包みに手を伸ばす。結び目を解いて布を捲ると、中に入っていたのは折れた簪だった。


「それは、縁が付けていたものらしい」

『おばあちゃんが…?』


目を見開きつつ、もう一つの包みにも手を伸ばす。こちらは少し大きい。固い結び目をなんとか解いて包みを開けると、現れたのは木箱だった。何の変哲もないように見えるそれの蓋には一枚の御札のような物が貼られていて、「貸してごらん」という“お館様”の声に木箱を手渡すと、彼が蓋に手をかけた。しかし、


「開かない…?」

「む、なぜだ??」


“お館様”が力を加えても箱の蓋はビクともしないのだ。まるで頑丈な鎖で括らているみたいだ。「お館様!俺が開けましょう!」と獅子のような髪をした男性が箱を受け取って開けようと試みてみたけれど、男性がどんなに力を入れてもビクともしない箱に、信じられないと言うように全員が目を見開いた。


「見ての通り。この箱には封印の札が貼られていて、我々では開けることが出来ない。もちろん札を剥がすことも不可能だ。……しかし、唯一この封印を解くことが出来る人間がいると言われている。

……名前さん、」

『っ、は、はいっ、』

「…開けてみて貰ってもいいかい?」


“お館様”の声に男性から木箱を差し出される。彼にも無理だったものが私に開けられるとは思えないのだけれど。おそるおそる受け取って蓋に手を掛けると、カタリと動く音がして、あれ?と首を傾げながら更に蓋を持ち上げた。すると、


「開いた……!」

「煉獄さんでも開けれなかったのに!?なんで??」


いとも簡単に持ち上がった蓋。むしろどうしてこれが開けられなかったのか不思議なくらいである。ポカンとしながら固まる私に、「おい、中には何が入ってる?」と口元を隠す黒髪の男性が問い掛けて来て、慌てて中身を確認した。


『……これは……刀??』

「護り刀ですね。…みたところ、日輪刀同様に鬼を斬れるものかと」

『あの、これは一体……?』


よく分からない簪やら刀やらを見せられて正直頭がついて行かない。そもそも、この“お館様”は、祖母を知っているのはなぜだ。ここが大正時代であるなら、私がいた時代からおよそ100年以上前の場所である。祖母がこの時代を生きていたとなると、どう考えても計算が合わない。
箱の中に手を伸ばして護り刀を手に取ると、サイズの割に随分と重さのあるそれに、本物である事を思い知る。


「我々は、“鬼殺隊”という鬼を狩る者たちだ。鬼とは、人を喰らって生きる者たちの事を言う。……その様子を見るに、君のいた時代には鬼は居なかったようだね」

『は…はい。見たことも、聞いたこともありません……』

「そうか。それはとても喜ばしいことだね。しかし、この時代には人間の敵である鬼がいる。鬼は、平安の時代から今日まで蔓延り続けてきた」

『へいあん……』


平安時代だなんて歴史の授業でしか聞いたことの無い、途方もなく昔の話だ。唖然として固まる私に、更に“お館様”は声を続ける。


「……さて、ここからは少し昔話になるのだけれど……平安時代に産まれた最初の鬼。それが今我々が倒すべき鬼達を率いている人物、“鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)”だ」

「っ!」


周りの人達の目が見開かれる。まるで、“この女にそれを話していいのか”と言うように驚く彼らを他所に、“お館様”はゆっくりと瞬きを一つ落とすと、自身の右手を持ち上げてそっと右眼を覆った。


「私のこの身体は鬼舞辻の呪いによるものでね。平安の時代から、我が一族は代々鬼を狩る為に身を尽くしてきた。……そして、そんな私たちと同様に、共に戦っていた一族がいたんだ」

「な……そんな一族が…?初めて聞きますが……」

「……柱である皆も初耳だろうね。その血は既に途絶えたものとされていたから」

『…し、死んでしまったということですか?』

「……いいや、少し違う。途絶えたのは、消えてしまったからだ」


消えた??どういうことかと尋ねるように“お館様”を見つめると、それに応えるように“お館様”の唇が動き出す。


「始まりは、鬼舞辻無惨がまだ人であった頃、奴にはどうしても手に入れたい娘がいたんだ。しかしその娘には既に相手が居てね、鬼舞辻の想いが届くことがなかった。鬼舞辻は鬼になった後、怒りからその娘を食おうとした。

しかし、食えなかったのだ」

「なっ……!鬼舞辻が食えない?なぜ……?」

「それは、鬼になってなお、鬼舞辻の心から彼女を欲する“欲”が消えなかったせいだ」


鬼。元は人であった筈の鬼。それは一体どんな相手なのだろうか。あまりに突拍子のない話に恐怖は浮かんで来ない。けれど、周囲を包むピンと張り詰めた空気に、自然と額に汗が滲んだ。


「己の友であった男が“鬼”となった事を知った彼女は、我々と共に鬼を倒すために闘うこととなった。それを知った鬼舞辻は更に彼女を憎み、彼女が死んだ後、その娘を殺そうとした。しかし、出来なかった。鬼舞辻は、人であった頃の強い“欲”のせいで、その女性の血を継ぐ“娘”を手に掛ける事が出来ない身体となっていたのだ」

「そんな相手が……!」

「しかし、それでも彼女の一族を殺す事を諦められなかった鬼舞辻は、今度は己の生み出した鬼たちに彼女の血を絶やすように嗾けた。自分の手に掛けられないのなら、別の鬼に任せてしまえばいいとそう思ったのだろう。けれど、それさえも叶わなかった」

「どういうことでしょうか……?」

「彼女の一族は鬼狩りとして鍛え抜かれた人間が多く、その血を継ぐ娘たちも日輪刀を持って戦う優秀な剣士だった。そのため、そこら中に居るような弱い鬼に殺られる事はなかったんだ」

「しかし、それならば十二鬼月が黙っていないのでは??」

「その通りだ。煮えを切らした鬼舞辻は、十二鬼月達に彼女の血を引く娘を殺すように命じた。けれど、十二鬼月は彼女を殺すどころか、傷つけることさえ出来なかった」

「十二鬼月が…!?」


驚きで声を上げる周りの人達に肩が揺れる。十二鬼月とは何のことだろうと首を傾げれば、そんな私を見抜いたように“お館様”が口を開く。


「十二鬼月は、鬼舞辻の血を多く注がれたより強い鬼たちだ。十二鬼月の鬼たちは上弦と下弦の六人ずつに別れていて、上弦の鬼はここにいる柱三人分の力を持つとも言われている」

『……あの、柱って言うのは…?』

「柱というのは、鬼殺隊の中で最も位の高いとされている剣士様達のことです」

「そしてここいる九名の皆様が、その柱でございます」

『え、』


白い髪の女の子たちの声に身体が固まる。
鬼殺隊という組織がどういうものなのかいまいちピンと来ていないのだけれど、今ここにいる人達はその中でもかなり偉い立場であるということ。そんなに偉い人に囲まれていたのか、私。背筋を伸ばして姿勢を正した私に、「そう固くならずとも大丈夫ですよ」と紫の髪の女の子に笑いかけられる。おそらく私よりも年下であろう彼女も、鬼殺隊という組織の中ではトップの存在らしい。とんでもない出世の速さである。


「でも、なんで十二鬼月の、それも上弦の鬼たちが殺せなかったのでしょうか?」

「…それは、上弦の鬼たちの性質に関係しているんだよ、無一郎。十二鬼月は、鬼舞辻の血をより多く注がれている。そのせいで、鬼舞辻の人間の頃の“欲”まで受け継いでしまったんだ。鬼舞辻にもそれは誤算だっただろうね。強い鬼ならば彼女の血を絶やせる筈が、強ければ強い鬼ほど手を出せなくなるなんて。

…しかし、数十年前。その女性の一族の血は絶えてしまった」

「…なぜ?」

「鬼舞辻が愛した女性の一族は多くいたけれど、鬼舞辻が手を出せないのは産まれてくる子の中の一人のみ。それも女性だけだった。…最後の一人とされていたのは、今から数十年前に姿を消したとされる鬼殺隊の剣士の一人だった」

『姿を消したって言うのは、どういう……?』

「そのままの意味だよ。任務中だったらしい。血気術という異能を使う鬼二体と戦っている時、二体の鬼の術がぶつかった瞬間、その子は姿を消してしまったんだ」

「血気術の暴発、ですか?」

「おそらくね。消えてしまったその子を探してはみたものの、何の手掛かりもなく消息不明のまま今日まで時が流れた。今話した話は全て伝聞だ。私は父から、父は祖父から聞かされたもの」

『……あの、どうしてその話を私に……?』

「………消えたその隊士の名前は、“縁(ゆかり)”。君のお祖母様と同じ名前なんだよ」

『え……』


おばあちゃんと同じ名前?
同姓同名の人間なんて探せばいくらでもいる。けれど、祖父母の家には見覚えのない“刀”があった。それに、周りにいる“柱”の人達。よく見ると、皆似たような黒い服を着ている。見覚えのある生地感の服。これは多分、蔵で見つけた風呂敷の中に入っていたものと同じもの。
ごくり。と息を飲む。まだ頭の整理はついていない。ここが大正時代であると言うだけでも信じられないのに鬼だの剣士だの聞かされ、挙句の果てには祖母はその鬼と戦っていた隊士だと言う。嘘を言っているとは思えない。思えないけれど、はい分かりましたと素直に頷くことは出来ない。


「…突然の話で頭が追いつかないのも無理はない。そもそも、君のお祖母様が鬼殺隊の“縁”であると言う証拠はないし、君がその一族の血を継いでいるという確信もないからね。……けれど、鬼舞辻が唯一手を出すことが出来ない血というのは、とても貴重で出来れば絶やして欲しくないものだ。
……そこで名前さん、一つ提案をさせて欲しい」

『てい、あん……?』

「君は未来から来たというのなら、この時代には居場所がないはずだ。見たところ特別持ち物もないね」

『あ……は、はい……その通りです……』

「先程、この子達に斬られた傷の償いも含めて、名前さん。君が元の時代に戻るまでの間、この屋敷に住まわないかい?」

『え、』

「「「「な…!!!!」」」」


突然の申し出に間の抜けた声が出る。驚いたのは私だけではないらしい。「お館様!!」と慌てた様子で“柱”の人達が声を上げている。


「いくら何でもそれは…!」

「杏寿郎、先程も話したように、彼女が本当に縁の血筋であるなら守らなければならない血だよ」

「しかし!この娘が本当にその一族の人間である確信はないのでしょう…!!!もし害をなす存在であるなら、お館様に危険が及びます!!」

「では実弥、君の目に彼女が、私に害をなす危険な存在に映っているのかな?」

「っそれは………!!」


“柱”の人達の動きが固まる。彼らがどんな力を持っているのかは知らないけれど、少なくとも私は、刀を扱うことも、武道や武術の経験すらもない。そしておそらく、この人たちはそれに気づいている。「……弱そうだよね」と髪の長い男の子の呟きはその通り過ぎて、反論さえ浮かんでこない。


「少なくとも、私には彼女が誰かを手に掛ける事が出来るような人には思えない。それに、」

「……それに?」

「……これはあくまで勘だけれど、彼女を無碍に扱う事はとても良くない気がするんだ」

「お館様……」


反対しようとしていた声が消えていく。どうやら渋々とはいえ納得したらしい。それを見届けた“お館様”が、さて。と言うように再び私に向き直る。「貴女自身の返事を聞いていなかったね?」と答えを促す声に、残された選択肢は一つだ。
こんな状況で断るなんて出来るはずがない。


『えっと、その……よ、よろしくお願い致します…』

「ああ。よろしくね、名前さん」


深々と頭を下げた私に、“お館様”はとても穏やかに微笑んだ。

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