31 私の帰る場所
『っ』
「…気がついたか」
目を覚ますと白い天井が見えて、少し視線をずらせば花宮さんが目にはいった。
わたし、まだ生きてる。
ボーッとしながら花宮さんを見ていると、その綺麗な顔に貼られている大きなガーゼが目に入った。
『(これは…わたしの、せいだ)』
ゆっくりと体を起こしてから、ギュッと唇を噛んで花宮さんの頬に手を伸ばす。
すると、「おい、」と低い声を発せられたのと同時にその手は捕まれてしまった。
「…これは自分のせいだ、なんてまた馬鹿の1つ覚えみてえに思ってんじゃねえだろうな?」
『っ、』
「…言っておくが、これは俺が勝手に作った傷だ。てめえは関係ねえ」
「分かったら寝てろ 」と額を小突かれたので、反射的にそこを押さえると、花宮さんはわたしが起きるまで読んでいたのであらう本を読み始めた。
起きるまで待っていてくれたのだろうか、と花宮さんを見ていると、「なんだ」と面倒そうに眉を寄せた花宮さん。
それでも視線を外さずにいると、「はあ」とため息をついた彼は、ベッドの横にある棚からノートとボールペンを取り出した。
「言いたいことがあんなら書け」
スッと目の前に置かれたそれと、花宮さんの顔を見比べてから、ゆっくりとボールペンを手に取ると、なんだか懐かしい感触だった。
『〈起きるまで待っていてくださったんですか?〉』
「…さあな」
『〈ごめんなさい〉』
そう書いて見せると、今まで見たなかで一番なんじゃないかと言うくらいに眉をしかめられた。
ああ、やっぱり怒っているんだ、と視線を下げると、「はあ」と盛大なため息をつかれた。
「…なんで謝る?」
『〈花宮さんに迷惑をかけてしまったから、それと〉』
それと、その先を書くのに少し迷った。
けれど、トントンと紙を いた花宮さんが促すようにしてきたので、ゆっくりとペンをはしらした。
『〈ひとりにならなかったから〉』
書いた文字は自分でも情けなくなるくらいにガタガタな汚い文字だった。
それを読んだ花宮さんは紙から視線をわたしにやると、大きな手を伸ばしてきた。
「ばあか!」
『っ!?』
音でもしそうな勢いのデコピンにジンジンと痛む額を押さえる。
目を見開いて花宮さんを見ると、その瞳には明らかに怒気を含んでいた。
「誰も1人で生きろなんて言ってねえだろうが」
『〈でも〉』
「第一に前提が間違ってんだよ」
前提?花宮さんの言葉の真意が取れず、首を傾げていると、何だか部屋の外からドタドタと足音のようなものが聞こえる。
「…てめぇが1人になれないのは当たり前だ。なんせ…」
ふっと笑った花宮さんの視線の先はこの病室の扉。
そういえば、どうして私なんかがこんな豪華な個室を貰っているのだろうか、と今さらながら疑問に思ったところで、バーン!!と凄い音と共に扉が開かれた。
「1人になんてさせてもらえねぇんだよ」
「「「「「「苗字(さん)!!」」」」」」
『!!』
雪崩れ込むように部屋の中に入ってきたのは、私がこの数日間、避けて避けて、とにかく避けてきた皆だった。
なんで、そう小さく口を動かすと、「苗字さん、」となんだかひどく懐かしく感じる赤司くんの声が耳に届いた。
「…君は、1人じゃない。…いや、これだと少し語弊があるかな?
1人になんてさせるわけないだろう?」
柔らかく笑った赤司くんはその後ろにいる皆に視線を向けた。
怒った顔、笑った顔、泣きそう顔。
いろんな顔の皆の視線の先には私がいる。
「苗字さん」
『(黒子くん…)』
「…無事で何よりです」
そっと頭を撫でられる手から、黒子くんの優しさがじんわりと伝わってきた。
嬉しい。こんなわたしををこんなにも思ってくれる人達がいる。凄く、凄く嬉しい。
けど…私と一緒にいると、優しい皆を傷つけてしまう。
そっと視線を下げて、自分の手をギュッと握ると、その手はそっと包まれた。
「すみません、苗字さん」
『?』
「実は…君のことを勝手に調べてしまいました」
『!』
黒子くんの言葉にはっとして顔をあげると、申し訳なさそうに細められた瞳と目があった。
「君の言いたいことは分かります。だから、僕たちのために避けていたんですよね?」
黒子くんの言葉に再び視線を落とすと、「でも、」と力強い声と共にギュッと手を強く握られた。
「君のせいで、僕らが不幸になってしまうなんて、そんなことあるはずがありません。
むしろ、君がいないことの方が僕たちにとっては重大な問題です」
そっと視線をあげれば、いつになく真剣な目の黒子さんに自分の瞳が揺れるのが分かった。
「僕らには君が必要です。側に居てほしいんです」
『(…わたしは…)』
さ迷わせた視線を目の前の紙とボールペンに合わせる。
そっとペンに手を伸ばして、震える手で文字を綴った。
『〈い っ しょ に い て い い の ?〉』
さっきと同じようなガタガタな字。
それを見た黒子くんは水色のを優しく細めた。
「居てもらわなくては、困ります」
『っ、』
気づいたら、紙を濡らしてしまっていた。
ポロポロと涙を溢していると、黒子くんの指で優しくそれを拭われる。
ああ、そうか、わたしは
『(間違っていたんだな…)』
「っ!」
ドンっと勢いよく黒子さんに抱きつけば、驚きながらもしっかりと抱き止められた。
暖かい優しいぬくもりは、涙を止めるどころか更に促してくる。
声にならない声で泣き続けていると、黒子くんの柔らかな声が耳に入った。
「おかえりなさい」
その言葉にそっと黒子くんから体を離して、全員の顔を見回した。
“ただいま”
久しぶりに自然に浮かんだ笑顔と共にそう口を動かせば、皆は一瞬驚いたような顔をしてから、すぐに同じように笑顔を返してくれた。
「たく、心配ばっかかけやがって」
「良かった!名前ちゃんが無事で本当に良かった!」
「名前っち!またバスケしようね!」
「…仕方がないから今度ラッキーアイテムを持っきてやるのだよ」
「ぶはっ!真ちゃんそれお見舞いのつもりかよ!?」
「名前ちん、今度一緒にケーキ食べようねー」
「それは俺も参加させてもらってもいいかい?アツシ?」
「えー?…まあいいけど?」
ガヤガヤと賑やかな病室にふふっと笑っていると、「苗字さん」と赤司くんがわたしを呼ぶ。
なあに?と言うつもりそちらを向けば、頬に感じた柔らかい感触。
『!?』
「「「「「「「なっ!?」」」」」」」
「…今度はどこに行こうか?名前?」
不敵に笑った赤司くんに顔を真っ赤にするわたし。
「征ちゃんやるー!」「てめ、赤司!」「抜け駆けもいいとこだぞ!!」「ズルいッス!!俺も、俺も!!」「なっ!?黄瀬ぇ!!てめもふざけんな!」
「随分騒がしくなってしまいましたね?大丈夫ですか?苗字さん」
『〈うん。大丈夫!今はね、今は…〉』
〈これが凄く嬉しいの〉
笑って黒子くんに目を向ければ「そうですね、」と黒子くんは騒いでいる皆を見た。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、わたしまだ三人の所には行けません。
だってわたしにはここに…
―帰る場所があるのだから―
END
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