笠松がやり直す 後編
「お願いします!!見合いを中止にして下さい!」
「お願いします!」と初めてする土下座の相手は名前の父親。
週末、俺と名前は名前の実家を訪れた。
東京都内にある彼女の実家はなかなか立派な敷居をしていた。
「お帰りなさい」と名前を迎えた彼女の両親は俺を見ると驚いたのか目を見開いた。
それから、とりあえずと中に通されて今に至る。
「俺は…僕は彼女を愛しています…!ですから、彼女が見合いをすると聞いて、黙っているわけにはきません!」
『お父さん!私からもお願い!!』
「…」
『っ、お願いします!』
俺と同じように、つまりは土下座をする名前。
その姿に流石に彼女の父も「二人とも、顔をあげなさい」と意外にも優しげな声で言ってきた。
「…笠松くん、だったかな?」
「はい」
「…娘を幸せにする気はあるのかね?」
その質問の答えは決まりきっている。
「あります」
『っ』
失敗に終わった一回目のプロポーズ。
それは名前の記憶にはないので、これは今彼女にプロポーズしているのと同じようなものかもしれない。
真っ直ぐに名前の父親を見ると、ふっと柔らかく細められた目が俺を見つめた。
「…そうか…」
「…」
「分かった、見合いは中止にしよう。相手方にもこちらからお詫びの電話を入れよう」
『お父さん…!』
「…笠松くん、娘を頼むよ」
「っ、はいっ!」
ニッコリと向けられた笑顔に思わず自分も笑みを漏らす。
「良かった…」「幸男、ありがとう…」「…そりゃこっちの台詞だよ」「え?」「…戻ってきてくれてありがとな」「?戻る?なんのこと?」
首を傾げる名前にこっちの話だと返したとき、「でも、アナタ」と今まで黙って話を聞いていた名前の母親が初めて口を開いた。
「…赤司さんにはなんて連絡を?」
「…え、」
「赤司?」思わず聞いたことがある名字に声を出してしまうと、「幸男?知ってるの?」と名前が俺を見た。
「…あの…それって、赤司征十郎、ですか?」
「そうだが…笠松くん、君はアノ赤司家の次期当主と知り合いなのかい?」
「いえ、知り合いというか…高校のときお互いバスケをしていたので…」
『え?赤司さん、バスケしてたの?』
なんで、WC見に来て赤司を知らないんだ、呆れたようにそう言うと「…だって、海常の試合しか見てなかったから…」と嬉しい返しを貰った。
それにしても…そうか、見合い相手と言うのは赤司の事だったのか。
思い出すのは年下と思えないほどの威圧感をもった真っ赤な髪が特徴的な赤司の姿。
面識はないが、黄瀬に言えば連絡先くらい分かるだろう。
「…あの、赤司には俺から言わせてもらえませんか?」
「君から?」
「元々俺の我が儘からです。お願いします」
今度は土下座ではないけれど、それでも深く頭を下げると、「…それじゃあ、お願いしようか」と返ってきた。
ああ、やっぱり名前の両親だ。
顔をあげたとき見た二人の顔表情はとても柔らかくて、名前によく似ていた。
「いやぁそれにしても笠松先輩が赤司っちに会いたい、なんて最初驚いて携帯落としちゃったんスよ?」
「…なんでお前がいんだよ!」
「何言ってるんスか!先輩と名前さんの愛を守るために決まってんじゃないっスか!」
「ね!名前さん!」とモデルのように?ウインクをする黄瀬。
俺に彼女が出来たと森山に聞いて会わせろ会わせろとうるさいコイツに名前を紹介すると、最初は怪しむように彼女見ていたはずが、いつの間にかなついていた。
「人の彼女に何色目使ってんだ」と足蹴にすると「男の嫉妬は醜いっスよ〜」といらん助言を言ってきたので、もう一回蹴っておいた。
『ありがとね黄瀬くん』
「へ?」
『心配して来てくれたんだよね?だから、ありがとう』
「…っ、名前さあああん!!」
「何抱きつこうとしてやがる!黄瀬えええ!!」
「ぐはっ!」
「ひどいっス〜」と涙目で見つめてくる黄瀬を睨んでいると、まぁまぁと名前の諌めるように言われたので仕方なく視線をそらした。
「さ、着いたっスよ」
「赤司っちの会社っス」と黄瀬が少し笑いながら見つめるのはうちの会社よりもずっとデカイ高層ビル。
チラリと隣にいる名前を見ると不安そうに眉を下げている。
「…大丈夫だ、」
『…幸男…』
「行くぞ」ギュッと彼女の手を握って目の前の敵陣に乗り込む。
「ヒュ〜」と冷やかすように口笛を吹いた黄瀬も後に続いてきた。
例え相手が誰であろうと彼女を渡すわけにはいかないのだ。
受付で名前を言うとどうぞとあっさり通された。
三人で案内人なのであろうスーツ姿の男を追ってエレベーターに乗って案内されたのは、最上階。
「失礼します」
スーツの男がノックをして中へはいると、目についたのは懐かしい真っ赤な髪。
「どうも、笠松さん」
「…悪いな、無理言って」
「いえ、気にしないで下さい」
スーツの男に手をあげると、下がっていいという合図だったのか男は部屋を出ていった。
「…そちらは…」
『は、初めまして、苗字名前です』
「ああ貴女が…」
ソッと目を細めて名前を見る赤司。
それがなんだか勘に触って、グイッと彼女の腕を引いて背中に隠すと、赤司は一瞬表情を変えた。
「…見合いは明日のハズですよね?」
『…あの…その話なんですが…「名前、黄瀬」…っ、幸男?』
「赤司と二人にしてくれ」
『でも…』
「頼む」
渋る彼女をジッと見つめているとスッと彼女の背中に立った黄瀬がソッと肩に手を添えた。
「行きましょ、名前さん」と扉の方へ名前を誘導する黄瀬はウインクを見せてきた。
普段なら一発殴っているが、今日だけは許してやろう。
二人が出ていったのを確認してから、赤司と向き合い直すと、赤司の目がスッと細まった。
「…それで?用件はなんでしょうか?」
「…」
さっきまでの雰囲気が消えた赤司は、やはり年下とは思えない程の威圧感を持っている。
それでもここで引くわけにはいかない。
「っ、頼む……見合いの話はなかった事にしてくれっ!」
「…」
「俺には、俺にはアイツしかいねぇんだ!
俺に出来ることならなんでもする、だから…」
自分より2つ下の相手に頭を下げるなんて、情けないというやつもいるかもしれない。
けど、これでアイツを守れるなら、安いもんだ。
「笠松さん、」という落ち着いた声に顔をあげると、驚いたことに赤司は柔らかく微笑んでいた。
「…俺はこういう立場ですから、見合いの話も多く来ていて…正直面倒でした。
けれど…たまたま開いた見合い写であなたの恋人を見つけて…会ってみたいと思いました」
「!!」
「ああ、でも誤解しないで下さい。俺が彼女に会ってみたいと思ったのは…似て、いたんです」
似ていた?誰に?
そう思って少し眉を寄せていると、自分のデスクなのであろうその上にあった写真立てを赤司は手に取った。
「…亡くなった母に、少し似ていたんです」
「…」
愛しいそうに目を細めて写真を見つめる赤司。
多分そこにはその母親がうつっているのだろう。
コイツもこんな顔をするのか、と内心驚いていると、赤司の視線がこちらに向けられた。
「見合いの話はなかったことにします。後、彼女の父親の会社との関係も切ったりはしません」
「!ほ、本当か!?」
「はい…けど1つ条件があります」
「結婚式には呼んで下さいね」そう笑った赤司に一瞬目を丸くしてから、「ああ、 」と頷いたのだった。
『ねぇ幸男、いったいどうやったの?』
「別に特別なことはしてねぇよ」
黄瀬は残って赤司ともう少し話したいというので、二人で赤司にお礼を言ってから赤司の会社を出ると、名前は不思議そうに赤司をどうやって説得したのか聞いてきた。
まぁ俺自身、あんなにあっさりと引いてくれるとは思っていなかったので驚いたが、なんとなく赤司の気持ちも分かるような気がする。
『…けどまさか、会社の事も了承してくれるなんて…赤司さんて好い人ね』
「…そうだな」
名前の言葉に頷いてから、ふと赤司の言葉を思い出す。
“結婚式には呼んで下さいね”
「…」
『幸男?どうしたの?』
足を止めると名前も同じように止まった。
覗きこんでくる彼女の肩を優しく掴むと、「幸男?」と更に不思議そうに首を傾げた。
「…名前」
『なに?』
「結婚しよう」
ギョッと見開かれた目。
本来なら今日買うはずだったので結婚指輪はないけれど、ここで言っておかなければならない気がした。
『…私で、いいの?』
「当たり前だろ、バカ」
『…嬉しい…』
赤くなった目に涙を浮かべた名前は綺麗に微笑んだ。
『…私でいいなら…よろしくお願いします』
「…おう」
引き寄せて抱き締めると、名前の腕も背中に回った。
ああ、俺は成功したのだ。
嬉しさからギュッと腕に力を込めて、目をつぶったときだった。
「あ?起きたん?」
「………はぁ!?」
目の前にいるのはニヤニヤとした笑みを浮かべる今吉。
ちょっと待て。
「なっ……ま、まさか…今の、全部…」
夢立ったのか、そう言おうとしたときブーブーと携帯のバイブ音がした。
「鳴ってるで?」という今吉の言葉に仕方なく携帯を手にとって表示された名前を見る。
“名前”
それ見た瞬間、自分でも驚くようなスピードで通話ボタンを押した。
「名前か!?」
『え…う、うん。そうだけど…。
幸男、あとどれくらいで帰る?』
「お前…今何処にいる?」
『え?何処って……家だよ?』
「お前の家か?」
『……お前のって…幸男?酔ってるの?』
呆れたように電話越しにため息を吐いた名前。
その反応に自分も眉を寄せていると、今吉が肩を叩いてきた。
なんだよ、と言うように目をやると今吉の指が俺の左手を指した
ふと視線を下げるとそこには銀色に光る指輪が。
「……そ、うか…変わった…のか…」
『?幸男??大丈夫?』
「…今から帰る。だから、待っててくれ」
『え?……森山くんたちはいいの?』
「ああ、今すぐお前に会いたい」
『……ふふ、じゃあ…待ってるね』
電話を切って今吉と店主を見ると似たような笑みを向けられた。
ポケットから財布を出して五枚の一万円札をカウンターに置くと、「毎度あり」と店主がそれをとった。
「上手くいったみたいやなぁ」
「…今吉、ありがとな」
「わっはっは…気にせんでええよ。はよ、家に帰って奥さんに会えや」
「ほなな」ヒラヒラと手を降ってくる今吉に苦笑いしてから店の扉に手をかけた。
「ありがとうございましたー」という店主の声を聞いてから、愛する彼女の元へ向かったのだった。
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