夢小説 完結 | ナノ
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笠松がやり直す 中編


「あれ?今吉さんじゃないですか?」

「どうも」

「いやぁ久しぶりですねぇ。後ろのかたは?」

「ああ、今日は俺やのうて此方が客や」


今吉に連れて来られたのは、繁華街から少し外れた所にある小さな店。
歩いている途中で醒めてきた頭を働かせようと中をぐるりと見回してみたけれど…ここは何の店なのだろうか?狭い店内にはカウンターと椅子が少しあるだけだ。


「お兄さん、随分とご機嫌斜めだねぇ?何かあったのかい?」

「彼女に逃げられたらしいで?」

「んな!てめっ!」

「あー…そりゃ災難だったねぇ…付き合ってどれくらいだったの?」

「…5年…」


「は〜そりゃまたどうして別れたの?」カウンターの向こう側で頬杖をついて此方を見てくる、おそらくここの主なのであろう男に「分かったら今頃こんなとこ居ねぇよ!!」と怒鳴ってしまった。
それなのに、ニコニコと笑ったまま「それもそうですねぇ」と返したくる男に更に苛立ちが募る。


「…てめぇ今吉!何のつもりでこんな所に…!」

「5万やっけ?一回?」

「そうですよ」

「ほんなら、笠松。はよぉ万出しぃや」

「はぁ!?」


「はよせい」と催促したくる今吉にいい加減その眼鏡を割りたくなった。
もぅ帰ってしまおう、と踵を返すと「お兄さん、」とさっきの男に呼び止められる。


「初回ですし、後払いでいいですよ」

「ええん?」

「今吉さんの紹介ですしねぇ」

「すまんなぁ」

「いえいえ、それじゃあ…」


「はい、どうぞ」と差し出されたのは1つの飴玉。
…コイツまさかこの飴玉が5万だなんて言うのか!?
ピクピクと頬をひきつらせると「体に害はありませんよ?」と男が小首を傾げる。


「ふっさげんな!!んな飴玉に5万も払えるわけっ「ごちゃごちゃ言うとらんと、一回食べ!」ぐっ!げほっ」


喉に何かが詰まる感覚。
まさか飴を口のなかに放り入れられるとは思わなかった。
ギロリと眉を下げて笑う今吉を睨みながら飴玉を飲み込むと、


「…あ、れ…、」

「いってらっしゃい」


最後に見えたのはユルユルと手を降るクソ眼鏡だった。











ゆ…お、…きお!
なんだか酷く聞きなれた声が頭に響く。
柔らかいその声は妙に愛しく感じた。


『幸男!』

「っ、はぁ!?」

『…大丈夫?何だかボーッとしてたけど?』

「…おまっ……名前?」

『そうだけど…本当に大丈夫?』


大丈夫なわけがない。
目の前に現れた別れたはずの彼女が。
どうしてここにいるのか。
まさか、今吉が…?
バッと立ち上がって辺りを見回すとそこには今吉の姿がない。それどころかここは、


「家?」

『?そうよ、ここは幸男の家でしょ?』


「本当に大丈夫?」と尋ねてくる名前に曖昧に頷いてから、再び座りなれたソファに腰をおろした。
それを見た名前も同じように俺の隣に座った。


『それでね、今週の土日は実家のに帰るから…』

「は?…それ先週だろ?」

『え?…先週は幸男の試合見に行ったじゃない』


…まさか。
ハッとして目の前のローテーブルに置かれていた携帯を開くと更に目を丸くした。


「…1週間前?」

『…ねぇ、幸男…本当に大丈夫?具合が悪いんじゃ…』


ソッと手を伸ばして俺の額に触れようとする名前。
もし、ここが本当に1週間なら、名前はまだ俺の彼女だ。
伸ばされた手を掴むと、キョトンとした目で見られた。
そのままその手を引っ張ると「わっ」と小さな声と共に俺の腕のなかに名前がおさまった。
まだ別れてから三日も経っていないのに懐かしく感じる名前の柔らかさに更に腕の力を強めると、戸惑っていた名前も俺の服を軽く握ってきた。


『…幸男?どうしたの?』

「…いや…何でもねぇんだが…このままで居てくれないか?」

『それは別にいいけど…さっきの話聞いてた?』

「実家に帰るんだろ?」


聞いてたよ、と返そうとしたが、そこでそういえば週末明けにあったとき彼女の様子が変だった事を思い出す。


「…何しに帰るんだ?」

『えっ……そ、それは…』


ビクリと小さな肩が揺れた。
少しだけ体を離して視線を合わせると、何故だか泣きそうな顔をした名前がいて、驚いてしまった。


『…なんでもないの、ちょっと家の事で…』

「…名前、」

『っ』

「…本当のことを言ってくれないか?」

『ゆ…きお?』

「…」


明らかに様子がおかしい。
もし…もし名前と別れる事になる理由が彼女が実家に帰る事にあるなら、俺はそれを止めるために今ここにいるのではないだろうか?

頭を過った今吉の姿。
どうやったのかは知らないが、この際そんなもんどうでもいい。
アイツのおかげでこうしてまた名前に会えたのだ。
例え違法だったとしても構わない。
俺は、未来を変えてやる。

ジッと名前を見つめると、迷ったように揺れた瞳が伏せられた。


『…お見合い、するの』

「っはぁ!?」

『お父さんの会社の取引先の人なんだけど…どうしても断れなくて……でもね、私、ちゃんとお見合い相手の人に言うから!私には凄く大切な恋人がいるからって!だから…』


「だから、信じて」と名前は俺の服を掴む力を強めた。
おそらく普段の俺なら「分かった」と一言返すだろう。
だが、今回はそうもいかない。
ここで行かせてしまっては結果は変わらないのではないか。


「…どうしても行かなきゃダメなのか?」

『…お父さんのためでもあるから…だから…』

「……分かった。
けど、俺も行く」

『え!?』

「俺が行ってお前の親父さんに頭下げる。それから、その見合い相手にも」

『で、でも…』

「…頼む、名前。俺は…絶対に、何があろうとお前を離したくねぇんだ」


もう二度と。
ソッと白い頬に手を添えると名前はその手に自分の手を重ねてきた。
「…一緒に来て、」ギュッと添えられた手に力を入れられたを感じてから、その返事に頬を緩ませると添えている手とは逆の手で名前の後頭部を引き寄せ、唇を重ねる。


『んっ…』

「っ、名前、」


角度を変えながら何度も何度も口付けていると、苦しいのか腕をトントンと叩かれた。
仕方なく離れたけれど、どうしても彼女に触れたくて、そのまま細い肩を押すと「えっ!?」と驚きながらも簡単にソファに倒れてくれた。
逃げられないようにその上に体重をかけると、真っ赤な顔が真下に見えて、ふっと笑みを溢してしまう。


『ゆ、幸男…?ど、どうしたの?』

「…わりぃ…今日はとめらんねぇ」

『で、でも…ここ、ソファだし…それに…「名前」っ、』

「…文句ならちゃんと終わった後に聞く。だから…」


まるでトマトのように赤くなった名前の真っ赤な唇に噛みつくと、彼女の腕がソッと首に回されたのだった。

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