笠松がやり直す 前編
『…ごめんなさい幸男…私、貴方と結婚できない 』
「…それで!?別れたのか!?」
「応えられないのに付き合ってられない…だとよ…」
「うわちゃあ〜…」額に手を当てる森山は大きくため息を吐いた。
ため息つきたいのは俺の方だ。
度数の強めの焼酎を一気に煽ると「おいおい」と小堀が俺からコップを取り上げた。
「飲みすぎだぞ、笠松」
「飲まないでやってられるか!!」
思わず声を張り上げると二人は目を会わせた。
本当はこんなはずじゃなかった。
予定ではここで結婚の報告をして、今頃、“元”彼女とコイツらと四人で飲んでいるハズだった。
それなのに…。
「…クソッ…」
クシャクシャと頭をかくと森山が心配そうに肩を叩く。
久々に会った高校時代の仲間たちは相も変わらず良い奴等である。
まぁ森山とは大学まで一緒だったが…ああ、そういえばアイツに会ったのも大学2年のときだった。
高校までずっとバスケ一筋で色恋沙汰なんて全く考えていなかった俺が、大学入学して2年がたったとき、無理矢理連れていかれた合コンにアイツはいた。
ひたすら黙っている俺に痺れを切らして、話し掛けてくる女もいなくなってきた時だった。
“笠松くん、であってるよね?”
“っ!”
“あ、驚かせてごめんね?実は私友達の付き添いで、高三のときのWC見に行ったの”
“…WC?”
“うん、だから…海常と誠凛の試合も見てたよ”
“…あれか…”
“凄かった…素人目から、だけど、笠松くん、凄いカッコよかった”
その飲み会で初めて俺は女とまともに会話した。
と言っても、目を会わせたりはできなかったけれど。
話題はバスケの話しだったけれど、嫌な顔1つせず楽しそうに話を聞いてくれた。
連絡先を聞いたのは俺からだった。
なんとなく、というか実際はこの時から気になっていたんだと思う。
それから出会ってから半年、俺は人生初の告白というものをした。
“す、好きだ…。できれば、付き合って欲しい”
“…嬉しい”
見事に告白をし、20年間生きてきて初めての彼女が出来たのだ。
それから5年。
喧嘩をしたこともあったが、それでも別れる事なくやってきて、大学卒業と共に二人とも無事就職し、俺は社会人チームでバスケをしながら働いて、それなりに稼げるようにもなった。
そして一昨日、俺は彼女にプロポーズをしたのだ。
“お前以外考えられねぇ。結婚してくれ”
給料3ヶ月をつぎ込んだ婚約指輪を差し出て、彼女を見ると一瞬目を見開いたかと思うと、すぐに悲しそうに臥せられた。
“ごめんなさい幸男…私、貴方と結婚できない”
はっきり言って断られない自信があった。
それだけに、彼女の言葉へのショックは大きかった。
空になったコップを見つめて店員にもう一杯頼もうとすると、森山から「やめろ、バカ!飲みすぎだっけの!」と横槍を入れられた。
だから、飲まずにこの状況をどうしろと言うのだ。
「まぁお前も俺もまだ25だぞ?きっと他に素敵な出会いがあるさ」
「…ねぇよ…つか、要らねえし…俺には、…俺にはアイツしかいねぇんだよ」
「笠松…」小堀の心配そうな声が酔った脳内に響く。
多分今俺はとてつもなく情けない顔をしているのだろう。
大きく息をはいて「…わりぃ…帰るか…」と席を立ったとき、ガラッと居酒屋の扉が開かれた。
冷房の効く店内に少しだけ入ってきた外の熱気。
何の気なしにそちらを見ると「あら?自分ら何しとるん?」高校時代のライバルの姿が。
「今吉!?」
「お久しゅう」
「おお……後ろに居るのは諏佐か?久しぶりだなぁ」
「まぁそれはええんやけど…自分らの主将、そうとう出来上がっとるなぁ…どないしたん?」
「いやぁ…まぁいろいろあってな…」
森山と小堀が元桐皇の二人が話すのを何となく聞いていると、「笠松、」と変わらない笑みを浮かべる今吉に話しかけられた。
「…なんだよ…」
「自分、随分イラついとるなぁ?女にでも逃げられたん?」
「「!!」」
「…」
「あら?もしかして図星なん?」
「当たってもうたわ」とケタケタと笑う腹黒メガネをビキと眉を寄せて睨み付けると、「いやぁすまんすまん」と返ってきた平謝り。
胸糞わりぃ
「行くぞっ!!」と森山達を促したとき「ちょいまち」今吉が腕を掴んできた。
「んだよ!てめぇに構ってらんねぇんだよ!!」
「まぁそう言わんと、…諏佐ぁ!すまんけどそこの二人と飲んどいてや
「はぁ!?お前何言って…」
「すまんけど、笠松、借りるで」
「はっ!?」
「ほな、行くで」
「ばっ!てめっ…離せ!!」
「ありがとうございましたー!」という事務的な挨拶と共に外を出た。
置いていかれた森山と小堀の呆然とした顔を見てから自分を引っ張っている今吉に目を向けると、何故か至極楽しそうに笑っているではないか。
「てめっ…どこ行く気だ!」
「まぁまぁ落ち着きぃ。とりあえず来てみたら分かるわ」
「はぁ!?ふざけんのも大概に「より、戻したない?」っは?」
「せやから、彼女さんとやり直したないん?」
ニヤリと笑った口の端。
こいつ、何言ってんだ?
足を止めて振り返った今吉を怪訝そうに睨むとパッと手を離させた。
「騙されたと思って、付いてきてや」
「…」
「ほな行くで」返事を聞かずに再び歩き出した今吉。
なんで俺が…。
ガシガシと頭をかいてから、仕方なくのせ背中を追うと今吉は更に愉しそうに笑った。
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