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大学1年になりました43


彼と出会ったこの公園に来るのは、何度目だろうか。白い雪がしんしんと空から降ってきている。雪と言えば夜空をイメージしがちだけれど、日が傾きつつあるこの夕暮れの空から舞い落ちる雪も、とても綺麗だと思う。


「名前、」

『清志くん、』


待ち人は、案外早く来た。制服の上にコートを着込んだ彼は、凄く暖かそうなのに、鼻の頭が赤い。もしかしたら、急いできてくれたのだろうか。「寒くない?」という私の問いかけに、「こんぐらいどうってことねえよ」と返しながら、清志くんは小さく笑う。その笑顔が無償に愛おしく思えて仕方ない。


「で?なんだよ、話って?」

『…その前に、一ついい?“話したいこと”に全く無関係ってわけじゃないんだけど、どうしても伝えておきたいことがあって…』

「?なんだよ?」

『…ありがとう、清志くん』


突然お礼を言う私に、「はあ?」と清志くんは間の抜けた声を出した。何言ってんだこいつ。って顔で見るのはやめて欲しい。そんな彼に苦笑いしながら空を見上げると、日が完全に落ち、いつの間にか公園の電灯に明かりがついていた。


『…ここで初めてあった時、清志くん、まだ小学生だったね』

「…あー……そうだな」

『すっごく、可愛かった。ランドセル背負う清志くん』

「やめろ、気持ち悪い」

『中学にあがると、急に身長伸びたよね』

「成長期だったんだろ」

『声も、低くなった』

「男だしな」

『高校生になってからは、バスケ一筋だったよね』

「そのために秀徳選んだんだよ」

『…すごく…すごく、かっこよくなったよね』

「……贔屓目だろ。そりゃ」

『けど、モテたでしょ?』

「…興味ねえよ、そういうの」


はあっと吐かれた清志くんの息が白くなる。それを見て自分もゆっくりと息を吐き出すと、「息、白いな」と少し子供っぽく清志くんが笑う。「そうだね」と笑って返し、首元に巻いていたマフラーをとり、それを清志くんの首に巻こうとすると、「要らねえよ」と断られ、私のマフラーは行き場を無くし、仕方なく手に持つことになった。


「…首、寒いだろ。つけてろよ」

『うん、寒いね。今日は一段と』

「ほらな。だから…」

『指輪がないだけで、こんなに“ここ”が寂しくなるなんて思わなかったな』

「……は?」


清志くんの目が大きく見開く。思った通りの反応に笑ってしまうと、彼の視線が、首元へと落とされる。


「っ、名前、指輪は…」

『うん。置いてきた』

「な、んで……だってお前、あんなに、」

『…すごく、すごく大事なものだよ。今でもそれは変わらない。あの指輪をくれた人のことだって、これから先、忘れたりなんて出来ないと思う。でも、でもね…

指輪のない寂しさも、不安も、清志くんと一緒なら、きっと…乗り越えられると思ったの』


蜂蜜色の目が丸くなる。今日は驚かせてばかりだなあ。なんて呑気に考えながら、ゆっくりと彼に歩み寄ると、清志くんの唇が、小さく震えている事に気づく。寒いのかな。ううん、きっと違う。だって、清志くん、泣きそうなんだもん。


『最初に言ったありがとうはね、私に、また、“恋”を教えてくれたから。この公園であなたと出会ってから、正直清志くんの事はずっと弟みたいに思ってた。だから、ここで清志くんに好きだと言われても、その気持ちに応えることが出来なかった』


臆病な自分に時々嫌気がさす。真っ向から好きだと言った彼の気持ちに、あの時私は逃げ出した。和也さんを忘れないためと言いながら、きっと私は、自分を守るために逃げたんだと思う。でも、


『清志くんは、それでも私のそばに居てくれた。私が皆から逃げ出した時も、こんな私のために指輪を見つけようとしてくれたよね。合コンの帰り道でも、助けてくれた。…あの時、改めて思い知った。清志くんは、もう、子供なんかじゃなくて、“男の子”なんだって』


黙ったまま、ただじっと私の話を聞いてくれる清志くんに手を伸ばす。冷たい指先で彼の左手を握ると、私とは正反対の温かい手にじんわりと胸に熱が篭る。


『好きだよ、清志くん』


冷たい空気を揺らして、初めて告げた彼への想い。ひゅっと息を呑んで肩を揺らした清志くんは、今、何を思っているのだろうか。


『…自分でも、虫が良すぎるって分かってるの。でも、どうしても、伝えたくて。たとえ届かなくて、それでも、「んだよ、それ」っえ?』

「なんで、“届かない”って決めつけてんだよ」


握っている手と反対の手でガシガシと少し乱暴に髪を掻いた清志くん。そんな彼に今度は私が目を丸くすると、握っていた手が、強く、握り返される。


「言ったよな、ここで、好きだって。あと、好きな奴のことは、全部受け止めたいって。なのに、なんで今更俺が名前を振るなんて選択肢があると思ってんだよ」

『っだって……こんな身勝手な想い、迷惑かなって…。今まで、ずっと、ずっと別の人を見てきた。それなのに、突然好きだなんて言われても、きっと信じられないんじゃないかなって、』

「だから、さっきから言ってんだろ!“全部受け止める”って!」

『っ』

「身勝手だろうが、なんだろうが、名前が俺のことを好きだって言う気持ちが本当なら、信じるに決まってんだろ!好きな女の想いを!信じないわけねえだろうが!」

『っきよし、くん…っ』

「名前が指輪の奴をみてたことなんて、百も承知なんだよ!!なのに今更、他の奴を好きだったのに俺に好きだなんて言って迷惑だ?ふざけんな!んな、器量の小せえ男じゃねえわ!!つーか、むしろ、」


清志くんの言葉止まる。え、と顔を上げると、眉を下げて微笑む彼の右手に頬を包まれ、清志くんの端正な顔がゆっくりと近づいてきた。


「嬉しすぎて、ビビったわ」


そっと合わさった唇。少しカサついた彼のそれが離れ、改めて目を合わせると、ほんの少し頬を赤く染めた彼に涙と一緒に笑顔がこぼれる。


「笑うな、轢くぞ」

『だって、顔、赤いんだもん』

「…寒いからだよ」


照れくささを隠すように目をそらす清志くん。ああ、なんて愛おしいんだろう。緩やかに微笑んで清志くんの手を握る。


『ホントだ。手、冷たい』

「…名前もだろ」

『そうだね』


冷たい指先を両手で包み込むと、優しく、でも強く、握り返される。

冷たい空気につつまれた夜空の下。清志くんの大きな手と繋がれた手は、何故かひどく温かった。

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