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大学1年になりました42


「ボクは、影だ」


テツヤくんの掌から押し上げられたボール。その先には、待ち構えていたようにタイガがいた。ボールを手にした大我が力の限り声をあげる。


「うおおああああああああああああ!!!!」


ガシャンっ!と派手な音とともにゴールに叩き込まれたボール。その直後になったブザー音と笛の音。点数板に表示された、106対105の数字。

誠凛が、勝った。
洛山に、誠凛が勝ったのだ。

つまり、


「ウィンターカップ優勝は…誠凛高校――――――!!!」


『っ……』


ああ、もう、また。嬉しいのに、涙が出てくる。今日1日で、一体何回泣いているんだろう。拭っても拭っても溢れてくる涙に思わず笑ってしまうと、それを見ていたアレックスさんに優しく頭を撫でられる。
コートでは、激闘を終えた選手達が握手をかわしている。赤司くんも、テツヤくんに向かって手を差し出し、その手をテツヤくんが握り返した。ああ、やっぱり、彼が、征十郎くんが戻ってきたのだ。

この後は、閉会式を執り行うため、準備のために選手は一旦控え室に戻るらしい。誠凛のみんなに、おめでとうと伝えたい。でも、それよりも先に。


『…征十郎くん、』

「っ……名前、さん…」


アレックスさんに一言理ってから向かった先は、洛山の選手の控え室。その手前で、悔しそうに顔を歪める選手達の中で、一際目立つ鮮やかな赤色を見つけ、思わず声をかける。征十郎くんとともに振り向いた選手の人たちに一瞬怯んだけれど、「先に行っていてくれ、」という征十郎くんの言葉に、頷き返した洛山の人たちは、控え室の中へと入っていく。


『…お疲れ様』

「…ありがとう、ございます」

『それから……おかえりなさい』

「っ………名前、さん……オレは……!」


紅赤色の瞳が悲しそうにゆらゆらと揺れる。目尻を下げてゆっくりと彼に手を伸ばすと、拒まれることなく、その手は征十郎くんの頬に触れた。


『…君なら、きっと、戻ってくるって信じてた』

「…あなたに、酷いことを言ってしまいました」

『…“彼”が言った事は、間違ってないよ。だから、謝らなくていい』

「っですが、」

『また、こうして征十郎くんと会えた。それだけで、今は、十分だよ』


「おかえりなさい」ともう一度、今度は微笑みながらそう言うと、くしゃりと、泣きそうに顔を歪めた征十郎くんは、ツッと涙を流す。その涙を拭いてあげようと、彼の頬から離そうとした右手を、征十郎くんの左手が優しく包み込む。


「ただいま…名前さん」


そう笑った征十郎くんは、とても、綺麗だった。



***



閉会式を見届け、今度こそ誠凛のみんなの元へ向かうため、アレックスさんと彼らの控え室へ。ドキドキと高鳴る胸をそのままにノックをしてから中へ入ると、「名前さん!」とリコちゃんが、真っ先に声を上げる。


『…おめでとう、みんな』


反応はそれぞれだけれど、全員が嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。その中で、あっ、と何かに気づいたように声を上げたテツヤくん。どうしたのだろう?と首を傾げると、神妙な面持ちをした彼は眉を下げて口を開く。


「…名前さん、実は、赤司くんのことなんですが…」

『あ、さっき会ったよ』

「「「「「は!?」」」」」

「え?あ、会ったって…?どうして…?」

『…どうしても、伝えたかったの。“おかえりなさい”って』


征十郎くんの事を思い浮かべながらそう言えば、小さく目を見開いたあと、「そうでしたか」とテツヤくんは微笑んだ。きっと彼も、“赤司くん”が私に言ったことを気にしていたのだろう。テツヤくんに向かって微笑み返してから、視線を日向くんへと移すと、目が合った彼は少し照れくさそうに唇を尖らせた。


「…なんすか?」

『…お疲れ様、日向くん』

「…どうも」


耳を赤くしてお礼を言う彼に小さく笑っていると、「耳が赤いぞ、日向」と鉄平くんもそんな彼に笑い声をあげる。「うるせえ!」と声を上げる日向くんに苦笑いしつつ、ロッカーに背を預けて座り込んでいる鉄平くんの前に膝をつくと、鉄平くんが不思議そうに首をかしげた。


『…膝……やっぱり……』

「…いいんです。自分で決めたことなので、」

『っ……でも、』


彼の覚悟を踏みにじる気はもちろんない。でも、だからといって簡単に納得もできない。鉄平くんのバスケが、ここで終わりだなんて。ギュッと唇を引き結んでテーピングを巻かれた彼の膝を見つめていると、私の後ろに立っていたアレックスさんが徐に口を開いた。


「…アメリカで治療する気はないか?」

「「「「「え?」」」」」

『アメリカ…ですか?』


突然のアレックスさんからの提案にその場にいた全員の視線が彼女に集まる。アレックスさんの話によると、アメリカで治療をすれば、日本で回復させるよりも随分と早い回復が望めるらしい。
「ホントか!アレックス!!」と目を輝かせた大我の声に、「ああ」と大きく頷き返すアレックスさん。肝心の鉄平くんを見ると、惚けた顔でポカンとしている彼に、日向くんが「おい、木吉!聞いてんのか??」呆れたように声を上げる。


「あ、ああ。聞いてるさ。……俺のバスケは、今日で終わりって言う気持ちだったんだ。だから、まさかこんな希望を持てるなんて思ってなくて…」

「病院の紹介や仲介役なら喜んで引き受ける。私も、怪我の辛さはよく分かっているからな」

「…ありがとう、ございます…」


心強い彼女の言葉に鉄平くんが涙混じりの声でお礼を告げる。良かった。まだ、彼のバスケは続いていくのだ。チームメイトに囲まれて嬉しそうに笑う鉄平くんの姿に目尻を下げて微笑んでいると、不意に上着のポケットから振動が伝わる。メールだ。


“誠凛、優勝おめでとう”


たった一言。それだけ添えられたメールの相手は、清志くんだった。思わず緩まった口元をそのままに、“ありがとう”と返事を打つ。けれど、送信ボタンを押す直前で指が止まる。
目の前には、チーム全員で力を合わせ、キセキの世代を破った誠凛のみんながいる。そして、そんな彼らに負けを喫したキセキの皆も、新たに自分の進むべきを道を見つけ、今度こそ正しい方向で歩もうとしている。

では、私は?
皆と出会い、和也さんのことを過去にすると決めた。少しずつではあるけれど、指輪に縋る事もなくなってきた。けど、まだ何処かで足踏みしている自分がいた。次に進むことを本当にしていいのかと迷う自分が。でも、今日、誠凛のみんなが優勝を勝ち取った事で、漸く踏み出す勇気を持てた気がする。

ありがとう。のすぐ下に添えたのは、“話したいことがあるんだけど、今度会えないかな?”という文字。ゆっくりと打ったその文字が、少し恥ずかしい。
今度こそメールを送信し、送信完了の画面を確認してから閉じた携帯。それをポケットの中に戻すと、不思議そうに日向くんが首をかしげた。


「?どうかしたんすか?」

『ううん。…ただ、次は私の番だなって思っただけ?』

「は?」


日向くんは訳が分からないという顔をしていたけれど、今はこれで十分だろう。清志くんへの想いを伝えた後に、報告はさせてもらう。それが、たとえいい結果であろうと、そうでなかろうと、日向くんなら、嫌な顔一つせずに聞いてくれるだろうから。

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