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大学1年になりました30


ガッ

リングが揺れる音がする。大我のダンクが決まった音だ。その直後にブザーが鳴り、審判の声が響く。


「タイムアーップ!」


誠凛にとっての2度目の桐皇戦。101対100。誠凛高校が勝利を納めた。


『か……勝ったの…?誠凛が、勝ったの…?』


嬉しいのにあまりの衝撃に目を丸くしていると、隣に座る清志くんが手を握ってきた。込められる力に段々と目の前の事実を理解し始めると、自然と笑みが浮かんできた。
良かった。テツヤくんが、皆が勝ててよかった。
そっと微笑みながらコートを見つめると、喜ぶ誠凛を見つめながら、呆然とする青峰くんと、顔を俯かせる翔一くんが目に入った。


「…大丈夫です」

『っえ?』

「青峰は、大丈夫です」


思いがけない言葉に声の方を向くと、真っ直ぐに青峰くんを見つめる緑間くんがいた。


「負けてここで立ち止まるような奴なら、今、コートに立ってなどはいません」

『…そうだね』


緑間くんの言葉はやけに説得力がある。
テツヤくんと大我と話す青峰くんから、腰に手を当てて天井を仰ぐ翔一くんへと視線を送る。ライトの光に反射する眼鏡のせいで、目元は見えないけれど、泣いて、いるのだろうか。
初めて見る翔一くんの姿をただただ見つめていると、握られていた手が解かれた。


「行ってこいよ」

『え…?』

「今吉んとこ、行ってやれよ」

『…でも、行っても私じゃ…』

「ばーか、名前でいいんだよ。…ちゃんと、泣かせて来いよ」


小さく笑んだ清志くん。自分よりも子どもだと思っていたのに、いつの間にかこんなにカッコ良くなっているのだから不思議だ。
微笑み返してからゆっくりと立ち上がり、「ありがとう」と言い残してから観客席を抜け出る。
私は、バスケをしていたわけでないし、何かに彼ら程打ち込んでいたわけでもない。でも。










『…翔一くん、』

「…名前さん…?」


下へ降りて、桐皇学園の控え室近くで待っていると、背の高い男の子と2人で翔一くんが現れた。彼も3年生なのだろうか。何かを察したらしい翔一くんのチームメイトくんは、「先行くな」と言うと小さく会釈をして横を通り抜ける。どうやら気をつかってくれたらしい。
どうしてここにいるんだと言うように見つめてくる翔一くんに目尻を下げて手を伸ばすと、彼の頬に触れた手に、翔一くんが小さく肩を揺らした。


『…お疲れ様、翔一くん』


試合に負けた子達に声をかけるとき、どうしてもこの言葉が出てくる。だって本心なのだから仕方ない。頑張っていた翔一くんに、お疲れと声を掛けても仕方ない。
ゆっくりと、翔一くんの頬を包めば、その手の上に彼の手が重ねられる。グッと1度眉根を寄せた翔一くんは、直ぐに笑顔を作ってみせる。そんなふうに笑ったら、誰にでも分かるよ。無理して笑ってるって、分かっちゃうよ。


「おおきに。試合、見とったんやね」

『うん』

「…誠凛の応援やろ?」

『…うん』

「…ははっ、正直やなあ」


軽く笑っているように見えて、やっぱりいつもとは違う。頬を包む手の指で眼鏡の下の目尻を撫でると、作られていた笑みが強ばった。


『…ねえ、翔一くん。前に…私のこと“泣かせたい”って言ってたよね』

「…言うたな」

『…その気持ち、今なら分かるよ。私も…翔一くんのこと、泣かせたい…泣いて欲しい』


レンズ越しに見える瞳が薄らと開く。目を合わせて微笑めば、翔一くんがきゅっと唇を結ぶ。


『泣いていいんだよ、翔一くん。悔しい時や、悲しい時は、泣いても、いいんだよ』

「っ……ほんまっ……ズルイ人やなあ…っ…」


ポロり。1粒だけ、落ちた涙。
それが引き金となったのか、翔一くんの目からキラリと光るものが次々と溢れてくる。こんな翔一くんを見るのは最初で最後かもしれない。
流れ落ちる涙を拭ってあげていると、その手を不意に掴まれた。急に掴まれた手に目を丸くすると、翔一くんの顔がゆっくりと近づいてきた。え、これって、まさか。突然のことに動けずにいると、唇…ではなく、額に柔らかな感触が。


『っ…あ、あの……しょ、いち、くん…?』

「…すんません」


額に落とされた柔らかいキス。目を見開いたまま翔一くんを見つめ返すと、涙で目を赤くした翔一くんが申し訳なさそうに眉を下げた。まるで消そうとするように額を撫でてくれる彼に、何と言えばいいのか分からずにいると、そんな私に気づいたのか、翔一くんがくすりと笑った。


「…怒ってもええんですよ?」

『…さすがに、口にされてたら怒ってたかもしれないけど…おでこだったし…』

「さすがにそっちにはしませんよ」


呆れたような言い方。まるで怒られたかったみたいだ。不思議に思い首を傾げると、今度は翔一くんが私の目尻を撫でる。


「…おおにき、名前さん」

『ううん。少しでも、翔一くんを励ませられたなら良かった』

「…ワシも、はよ名前さん泣かせられるようにならんとなあ」

『ふふ、なにそれ?…でも私ももう大丈夫。ちゃんと泣けるよ。清志くんのおかけで、泣いてもいいって思えるようになったし』

「清志…?それって、宮地のことか?」


翔一くんの眉がほんの少しつり上がった。どうやら機嫌が悪くなっているらしい。何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。
翔一くんの言葉に頷いて見せると、なんとも言えない複雑そうな顔をした翔一くんは、次の瞬間眉を下げて小さく微笑んだ。


「ワシじゃあかんかったっちゅーことやな…」

『え?』


今なんて言った?
パチパチと瞬きをしながら翔一くんを見ると、目尻に触れていた手が離れて行った。
「どうかしたの?」「いいや?なんもないで?」
そう翔一くんは笑って返したけれど、その笑顔が何処か寂しげに見えるのは気の所為だろうか。本当に平気なのかともう一度翔一くんに尋ねようとしたとき、タイミング悪く携帯が鳴った。大我からのメールだ。今から彼の家に集まって鍋を食べるらしい。


「誠凛さんやろ?行ってきいや」

『でも…』

「ワシも諏佐や他の三年連中と積もる話もあるし、平気やって」


「ほら、いってらっしゃい」と背中を押してくる翔一くん。確かに、こんな日は部活仲間と一緒に居たいのかもしれない。気か回らなかった。
それじゃあと小さく手を振って翔一くんと別れると、丁度入れ違いに翔一くんを迎えに来た桐皇の子が現れた。よかった。これなら心配いらないな。
迎えに来た彼にも軽く会釈をして、漸くそこから離れることにした。

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