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大学1年になりました17


夏が過ぎて、秋になった。皆のいない秋だ。


日向くんとの電話から更に1ヶ月が過ぎた今も、皆からの着信やメールが耐えない。
“大丈夫か?”“今どうして?”“連絡をくれ”
心配を掛けているという自覚はあっても、それに応えることはしない。そう、決めた。だから、寂しいなんて、思っちゃ、いけない。


肌寒い風が吹き抜ける中、学校帰りに買い物をし、今日は遠回りをして帰ろうと、土手沿いの道を歩く。下に見える川が、太陽に反射して光っている。
綺麗だなあ。なんてその景色を横目に歩いていると、ドンッと肩に何かがぶつかった。その衝撃でキンッと地面に何かが落ちる音がした。


『っ!え……』

「あ?なんだ?」

「うお!可愛子ちゃんじゃーん!ラッキー」


ぶつかった相手は軽薄そうな3人組。
どうせわざとぶつかられたのだろう。よくある話だ。
そんなことより、さっき何かを落としてしまった。小銭が落ちるような、そんな音がした。
恐る恐る胸元に手をやると、そこにいつもあるはずのものが無いことに気づく。
全身から血の気が引いていったとき、「あ?なんだこれ?」3人組の1人が何かを拾い上げた。やめて、それは。


『っ触らないで!!!』

「うお!んだよ、これあんたの?」

「うわ、まじかよ…これ結構いい指輪じゃね?」

「売れば金になるかもな」


やめて。
やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて。
それに、触らないでっ。

手を伸ばして奪い返そうとすると、ニヤニヤ笑いながらまるで遊ばれるように躱されてしまう。
「これ返して欲しいのー?」「いやいや、売っちまおうぜ」「これで釣ればヤラセてくれんじゃね?」
吐き気がする。にやついた顔が憎い。そんな目で、見ないで。その手で指輪に触らないで。
キリキリ傷む胸を抑えて、奥歯を噛んだ時、目の前に、大きな背中が現れた。


「…何してやがる?」

「っ!!!」

「な、んだよてめえ!!!」

「あ?それはこっちのセリフだっつーの」


黒いジャージを着た大きな背中。
守るようにして立っているのは、青峰くん、だ。どうして、彼が。
目を丸くして固まっていると、突然現れた彼に動揺したのか、3人組が逃げようとする。待って、まだ、指輪が。
それを止めようとすると、意図に気づいてくれたのか、青峰くんが指輪持っていた男の肩を掴んだ。


「それも、返せ」

「っ、うっせーんだよ!!!んだよ!!こんなもん!!!」

『っ!やめて!!!!!!』


ポチャン。
そんな音がして、川の水が跳ねた。
何が起こったのか理解出来ずにいる間に、青峰くんの手から逃れた男は走り去ってしまった。

今、何が、起こったの? 指輪は?

ハラハラと頬を流れた涙を拭わずに呆然としていると、気まずそうに頬を掻いた青峰くんが大きくため息をついた。


「仕方ない、諦めろ」


諦める? 何を?
そう聞こうとする前に、身体が、勝手に動いた。「っおい!」と静止する声も聞かずに土手の下へ走って川の中へ入っていく。
夏が過ぎて、もう秋だ冷たい水の中に入って川の底に手を伸ばすと、「やめろ!」と声を荒らげた青峰くんにまで川に入ってきて、腕を掴まれた。


「見つけられるはずねえだろ!!!」

『うるさいっ!!!!』

「なっ…!」

『…あれがっ、…指輪がないなら、生きている意味がないの…!だから…っ離して…』


青峰くんの手を振り払う。
そうだ。探さなくちゃ。
指輪がなきゃ、意味がない。私が生きる、糧がなくなる。幸いこの川の流れは早くない。まだ、流されてないかもしれない。もしかしたら、石に引っかかっているかも。
青峰くんから離れるように、川の奥へ進むと、太腿まで浸かってしまった。服が濡れるだとか、顔が汚れるだとか気にせずに、手を伸ばして指輪を探していると、「っくそっ!」と言う言葉と共に、青峰くんが携帯を取り出した。
一体何をしているのだろう。もう帰ってもいいのに。
よく分からない青峰くんを尻目に指輪を探し続けていると、バチャッと音をたてて色黒の腕が隣に伸びてきた。


『…青峰くん…?』

「…さっさと探すぞ。死なれたら、俺も気分悪いしな」


“多分離しちゃったら私は…”
“死んじゃうから”


『…覚えてるんだね…』

「…いいから、手動かせ」


冷たい水の中。一緒に指輪を探してくれる青峰くん。
なんだ、彼、まだいい子じゃないか。
泣きそうになるのを堪えて「ありがとう」と零すと、「見つかってから言え」とぶっきらぼうに返された。

それから暫く2人で川の中を捜索していると、「青峰くん!!」といつも落ち着いているハズの声が、少し荒らげ聞こえてきた。
ハッとしてそちらを見ると、肩で息をしているテツヤくんと、その後に、誠凛の皆がいた。


『…どうして…』

「俺はテツに電話しただけだ」


しれっとした顔で言う青峰くんを責めることなんてできるはずもない。確かに、この川の中を2人で探すのは不可能だ。でも。


「僕たちも、手伝います」

『…テツヤくん…』

「手伝わせて、下さい」


そう緩く微笑んでテツヤくんは、ザブザブと川の中へ。それに続くように大我も伊月くんも、木吉くんも、皆が笑って頷いた。
込み上げてくる何かを堪えるように下唇を噛むと、それを見透かしているのか、日向くんに少し乱暴に頭を撫でられた。


「ほら、探しますよ」

『…うん』


日向くんの言葉に止めていた手を動かし始める。
皆、優しい。
自分勝手な理由で離れて、心配だけさせるくせに、理由も言わずにいた私のために、どうしてここまでしてくれるのか。

水の冷たさに震える手で、探し続けたけれど、見つからない。太陽も沈んできた。このままじゃ、夜になってますますみつけにくくなる。
遠くに消えそうになる和也さんの姿を思い浮かべて、また泣きそうになると、「名前、」という呼びかけと共に、まぶしい明かりが向けられた。


「…大丈夫か?」

『…き、よしくん…』

「ホンマ、こんなときばっか泣くんやなあ」

『っ翔一くん…』

「名前さん!俺たちも手伝いますよ!」

「今日のラッキーアイテムは懐中電灯。抜かりはないのだよ」

『和成くん、緑間くんまで…』


気づくと、皆が集まっていた。
私が、避けようとしていた皆が集まっていた。
清志くんたちの後ろには、彼らのチームメイトである大坪くんや木村くんもいる。
どうして、と声には出さず、震える唇を動かすと、土手の上から、更に誰かが降りてきた。それが誰なのか確認したとき、涙が、勝手に、溢れてきた。


「名前姉!!」

「名前さん!!」

『っ…幸くん…黄瀬、くん……』


「うお、マジで来たのか笠松」「当たり前だ。あんな連絡受けて、ジッとしてられっか」
幸くんと清志くんの会話をぼんやりと聞きながら、キュッと唇を噛み締める。
分からない。どうして皆来てくれるの。指輪を探すために、どうして。
冷たい川の水のせいか、それとも他の何かのせいなのか、震える体を抱きしめるように両手で抱くと、「まだ、分からねえんすか」と呆れたようなため息をはいた日向くんが正面に立っていた。


『…分からない、よ…どうして、どうして、皆…』

「んなもん、あんたが和也さんを大事だと思うように、俺たちは、苗字先輩、あんたが大事だからだよ」

『っ…だい、じ…』

「先輩には、和也さんしか見えてないのかもしれない。けど、俺たちは…そんな先輩が大事なんすよ」


大事。私が、和也さんを思うように。みんなは、私を。
懐中電灯と夜空に浮かんできた月の光のした、冷たい川の中にいるハズなのに、体の芯がやけに温かくなる。

“幸せに、なれよ”

それは、以前見た夢の中で和也さんに言われた言葉。


『(…私は…)』

「っ、先輩!?」


グラりと揺れた視界。
薄れゆく意識の中、和也さんの声が、聞こえている気がした。


“名前、幸せになってくれ”


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