夢小説 完結 | ナノ
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大学1年になりました15


『それでね、凄かったんだよー青峰くんも黄瀬くんも』

「…もういい加減黙ってもらないっすかね?」


8月某日。バイトに顔をだせば、久しぶりに真くんが来てくれた。
インターハイで見た桐皇と海常の試合の話をしながら、真くんに珈琲を出すと、うんざりしたように顔を顰められる。そんなに嫌がらなくてもいいのに。
カウンターに肘をつきながらジト目で真くんを見ると、そんなの気にしない彼は淡々と珈琲を飲んでいた。


『真くん、私の扱い、どんどん雑になってくね』

「慣れてきた」

『…そうですか…』


なんか、負けた気分。
少し悔しくて彼の黒髪に手を伸ばすと、嫌そうに顔を歪めながらも避けられなかった。あ、大人しい。
やっぱり、私の扱い方に慣れてきたのかな。
羨ましくなるようなサラサラの髪に指を通しながら、緩く笑むと、「なんだよ?」と不機嫌そうに睨まれてしまった。


『…綺麗な髪で、羨ましいなあって』

「…男が髪褒められて喜ぶと思ってンのか?」

『思わないけど、でも、女の子に負けないくらい綺麗だなって思ったの。和也さんの髪は短髪で、どちらかと言うとツンツンしてたし』

「…カズヤ?」


あ。しまった。何言ってるんだろ、私。和也さんのこと、あんまり口にしないようにしてたのに。
誰だと言うように眉根を寄せる真くん。どうにか誤魔化せないか、と考えていると、それを見透かすように「誤魔化すなよ」と釘を刺される。
真くん、読心術でも持っているのだろうか。


『…和也さんは、ちょっとした、知り合いで』

「…無意識に名前出しちまうようなちょっとした知り合いか?」

『…真くん、鋭いよね』

「あんたが分かりやすいだけだろ」


それ、誰かにも言われた気がする。日向くんだっただろうか。
力なく笑って、視線を落とすと、胸元でキラリと指輪が光った。


『…和也さんていうのは、この指輪をくれた人』

「だと思った」

『…あはは。そんなに分かりやすいかな、私』

「ある意味1番腹立つタイプの馬鹿正直者だろ」

『なにそれ』

「変な所で素直なクセに、1番大事な部分は隠そうとしてんだろ。だから、腹立つタイプの正直者」


真くんのカップに残った珈琲が揺れた。
すごいな、真くん。よく人を見てる。
へらりと笑って躱すと、納得出来なさそうにしながらも、それ以上は追求してこないらしい。
バスケ会では、“悪童”と呼ばれているらしいけれど、真くんは優しいと思う。なんて言ったら、誠凛の子たちに怒られそうだ。
真くんが何も言わないのをいい事に、シンクに残った洗い物を濯ぎ始めると、諦めてくれたのか、深いため息のあと、真くんはまたひとくち珈琲を啜った。


「…そうやって、これからも躱していくつもりかよ」

『…』

「いつまでもそれで通せるほど、甘くないぜ。本気であんたに踏み込んでくる人間が居たら、笑って誤魔化すなんて出来るわけねえよ」

『…真くんは、踏み込んでこないんだね』

「…俺は、そこまであんたに興味ねえよ」

『…そっか』


優しさは人によってちがう。でも、真くんのそれは、凄く分かりにくい。
興味無い、踏み込まないと言っているのが、真くんの優しさなのだと、そう、思う。

もし、彼が言う通り、本当に私に踏み込んでくる人がいるなら、そのとき私は。わたしは、どうするのだろう。










「悪い、待たせたか?」

『ううん、大丈夫。今着いた所だよ』


真くんと話してから数日後。
清志くんから電話があった。

“あの時言った通り、話がある”
“…うん、分かった”

電話越しでも分かるほど真剣なその声に、私は、頷かざる得なかった。
待ち合わせ場所は、私と清志くんが初めて会った公園。夕方、ベンチに座って待っていると、部活終わりなのか、オレンジのジャージをきた清志くんがやって来た。


『部活だったの?お疲れ様』

「…おう」


隣に腰掛けて、エナメルバッグを地面に下ろした清志くん。どことなく緊張した面持ちに見えるのは、多分、気の所為じゃない。
訪れた沈黙。何も言わずに隣の彼が動き出すのを待っていると、清志くんが固く結んでいた唇を、ゆっくりと開いた。


「…気にしないようにしてた、気にしたくなかった。けど、もう、やめる」

「俺は、ずっと名前を見てきた。だから、名前にとって、その指輪がどれだけ大事か、分かる」

「でも、もう、やめる。遠慮すんのは、やめる」


言葉の一つずつが重い。
苦しそうな顔をする清志くん。そんな顔、しないでと言いたいのに、言葉が喉を通ってくれない。


「…ずっと、出会った時から、ずっと」

「俺は、名前が好きだよ」

『…清志くん、それは…』

「もちろん、“恋愛”として、だ」


清志くんの声が、響く。
中学生の頃から、ずっと知っている清志くん。
この公園で初めて会った彼は、小学生で、ランドセルを背負っていた。それが、隣に座る彼は今は、こんなにも大きくなった。もう、高校生なのだ。

ユラユラと沈もうとする太陽の光が揺れている。その光が清志くんの蜂蜜色の髪を照らす。とても、綺麗だ。

“本気であんたに踏み込んでくる人間が居たら、笑って誤魔化すなんて出来るわけねえよ”

そうだね。真くん。
本気でぶつかってきてくれる相手を、笑って誤魔化すなんて、そんなこと、できるわけ、ないよね。
そっと顔を綻ばせて、首掛けているチェーンを外す。不思議そうに見てくる清志くんにも見えるように手のひらに乗せると、夕日によって指輪が輝いて見えた。


『…清志くん、私は、あなたのことをそういう意味では好きじゃない』

「…知ってるよ」

『この指輪をくれた人が、私は、ずっと忘れられない』

「それも、知ってる」

『…ごめんなさい』


指輪が光る。和也さんとの思い出も、まるでこの指輪のようにキラキラ光っている。
眩しくて、目を細めて、指輪を手の平で包み込んで俯く。それを咎めるように大きな手の平が頬を包んできて、ゆっくりと顔をあげられる。


「全部、分かってる。それでも…好きだ」


清志くんの顔が近づいてくる。拒もうと顔を逸らしたけれど、柔らかい感触が頬に落とされる。


「好きになって、ごめんな」


悲しそうな声に、彼を見ると、笑っていた。
とても、悲しそうに、笑っていた。

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