夢小説 完結 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

大学1年になりました14


とりあえず、誠凛高校夏合宿の全日程が終了した。
合宿中、秀徳との練習試合は3度行われたようだ。結果は全て負けてしまったけれど、何かを掴んだらしく、皆にどことなく目が光っている。
良かったなあ、なんて考えながら荷物を持ってお世話になった合宿所を後にしようとすると、「名前、」玄関で待っていた清志くんに呼び止められた。


『あ、清志くん』

「…誠凛、今日までなんだな」

『うん、秀徳はまだ残るんだね。頑張ってね』

「おう……あとさ、帰ったら、話、あんだけど」


ドクンと心臓が変に音をたてた。
清志くんの目が、真剣だ。
「うん、いいよ」と笑って見せると、ホッと安心したように肩の荷をおろした清志くんは、クシャっと私の髪を撫でると、そのまま去ってしまった。
清志くんの“話”とは、なんなのだろうか。
彼の大きくなった背中を見ながらぼんやりしていると、「名前せんぱーい!帰りますよー!」リコちゃんに呼ばれた。今は、考えないようにしよう。

先に出ていたみんなに追いついて、全員で合宿所に礼をする。「疲れたなー」「おー」という会話をする小金井くんと伊月くんの後ろを歩いていると、不意に携帯にメールが受信された。誰だろうか。


『(あ、翔一くんだ)』


“今から、海常と試合”


たったそれだけ送られてきたメール。ギュッと胸が痛くなる。そっか。幸くんと翔一くんの試合か。
頭の隅に2人の顔を思い浮かべたとき。


「このまま見に行くわよ。インターハイ」


リコちゃんの声が、暑い真夏の風を揺らした。










「席空いててラッキーでしたね」

『…うん。そうだね』


誠凛の皆に付いて行き、到着したインターハイ会場は物凄い熱気に包まれていた。クーラーが入ってる筈なのに、凄く暑い。
パタパタと手で顔を仰ぎながら、偶々空いていた席に座ると、既にアップをとる選手の姿が目に入った。
幸くんと翔一くんの姿を見つけた時、やっぱり胸の辺りが痛くなったのは、どちらかが負けなければいけないという事実のせい。

ブザー音と共に始まった試合。
白熱するプレーの最中、後半、残り5分。

黄瀬くんが、青峰くんのプレースタイルをコピーした。


『…凄い…』


ポツリと零れた感想。
ソレが聞こえたのか、隣に座っていた木吉くんが、小さく笑った。


「苗字先輩は、キセキの世代と知り合いなんでしたね」

『…うん…だから、かな…ちょっとだけ、苦しいの』

「…」

『見ているだけなのに、黄瀬くんが、青峰くんが、それに、幸くんや翔一くんが、誰かが負けて傷つくと思うと、泣きそうに、なるんだ』

「…それは、先輩の美徳でもありますよ」


木吉くんの手がポンッと肩に乗せられる。大きな手だ。
「ありがとう」と笑って、そのまま試合を見続ける。

その結果は、98対110。
桐皇学園の勝利で、幕を閉じた。

幸くんのインターハイが、終わった。


『…私、ちょっと寄るところあるから、先に帰っててもらっていいかな?』

「え?でも…」

『大丈夫。1人で帰るから』


試合を見届け、帰ろうとする皆に一声かける。
やっぱり、幸くんが気になる。彼にとってインターハイは、特別だと思うから。去年の夏の、公園に1人佇んでいた幸くんをことを思い出して、向かうのは、海常高校の控え室。入口付近で待っていれば会えるかもしれない。
途中人波に押されながらも、なんとか人混みを抜け出すと、隣を通った女の子たちの会話が届く。


「あの人カッコイイね」

「うん。黄瀬くん目当てだったけど、ラッキー!」


ああ、この子たち黄瀬くんのファンなのか。やっぱりモデルをしているだけあってモテルんだな。
ほうっと感心しながら、嬉しそうにはしゃぐその子たちを見送っていると、「名前……?」聞き覚えのある声に、心臓が、大きく跳ねた。


『っ、た、つや……?』

「どつして、ここに君が…?」


視線を交じわしたまま固まる私と、辰也。
どうして、彼がここに。
震える唇で、そう尋ねようとすると、それよりも早く辰也が動き出して、長い腕が伸ばされる。
あ、これは、駄目だ。
距離をとろうとしたけれど、一歩遅く、逞しい腕は私を捕らえると、そのまま腕の中へ。


『っは、はなして、辰也!』

「嫌だ」

『っ』

「今離したら、逃げてしまうだろ?せっかく会えたのに、それは困るな」


耳元で、そう囁く辰也。
再会を喜びたいのに、素直に喜ぶことができないのが悔しい。辰也の目が声が、未だに私を好きだと言ってくる。それが、凄く、辛い。
随分と人が捌けてしまった通路。次の試合が始まったのか、気づけばガラリと周りに人がいない。
「はなして、」と苦し紛れにもう一度言ってはみたものの、逆に腰に回る腕に力が入れられ、辰也の端正な顔が、近づいてくる。


『っやめてっ!』


焦って顔を逸らすと、辰也が哀しそうに顔を歪めたのが分かった。そんな彼を見ないように視線を下げた時、グイッと強引に手首を引かれて、辰也から離される。
え、と引かれた方を見ると、怖いくらい眉間に皺を寄せた幸くんがいた。


「…てめえ何してんだよ…」

「…邪魔しないでもらえますか?」


一触即発とは、こういう雰囲気のことを言うのだろうか。幸くんの手が、何かを耐えるように震えている。
慌てて2人の間に入って止めようとしたとき、「笠松ー」「あ、いた。氷室ー」とふたりを呼ぶ声が。


「て、え!?名前さん!?」

「うえ!?なんでここにいるんすか!?」

「…福井か」


幸くんを呼びに来たのは森山くん。辰也を呼びに来たのは健介くんだった。良かった。これで殴り合いにはならなさそうだ。
私たちを見て不思議そうに「何してたんすか?」と首を傾げる健介くん。うん、癒される。


『…ちょっとね』

「氷室、お前名前さん知ってんのか?」

「…はい。福井さんも名前と知り合いなんですね」

「…まあな」


…あれ、おかしい。今度は健介くんと辰也の雰囲気が悪くなっていないか。
とめに入ろうとすると「名前さん、どうしてここに?」今度は森山くんがその空気を切ってくれた。


『近くまで来てたから、ちょっと試合を見に来たの』

「…カッコ悪いとこ、見せちまったな」

『…ううん、そんなことないよ。凄く、感動した』


「お疲れ様」と微笑んで幸くんの頬を撫でると、泣きそうになりながらもクシャリと顔を崩して笑ってくれた。良かった。思っていたよりも大丈夫そう。
「ありがとな」と小さく笑んでくれる幸くんに頷いたところで、思い出したように「あ、」と健介くんが声を漏らした。


「そうだった…!監督に呼ばれてたんだった!行くぞ氷室!」

「…じゃあ、また、名前。絶対、会いに行くから」

『…うん。またね、辰也』


健介くんに引っ張られる形で行ってしまった辰也。
少しだけホッとするくらい許して欲しい。
胸元の指輪に触れて、小さく息をつくと、「大丈夫か?」心配そうに幸くんが目尻を下げた。


「…アイツ、福井と知り合いっつーことは陽泉か…。てことは、キセキの世代の紫原と一緒だな」

『…紫原くん、健介くんと同じ学校なんだね』

「…氷室、だったか?アイツと名前姉って…」

『…アメリカに短期留学したときに、良くしてもらったの。同じ日本人だしね』

「それだけか?」

『…うん。それだけ、だよ』


笑顔を返してはみたものの、あまり上手く笑えていなかったかもしれない。

“愛してる”

脳裏を過ぎった辰也の声は、やけに切なくて、甘くて、ちょっとだけ、泣きたくなった。

prev next