大学1年になりました
“神奈川の強豪 海常高校撃破!”
“負けた。誠凛強かったよ”
ほぼ同時に届いた正反対の内容のメール。
そっか。リコちゃんたち勝ったんだ。
とりあえず、彼女たちにはおめでとうのメールを送ることに。
幸くんにはなんて送ろうか。
指をとめて考えていると、ふいに頭を過ったのは金髪の彼。
ついこの間、幸くんの電話で黄瀬くんが海常高校に入学したことを聞いた。
ということは、この練習試合で黄瀬くんは負けたということなのだろうか。
最後に見たあの寂しげな顔。
今黄瀬くんは、どんな気持ちなのかな。
ぼんやりしていると、「大丈夫かい?」とマスターが心配そうに眉を下げた。
『あ、はい。大丈夫です』
「そうかい?ならいいんだけど…何かあったら言ってくれていいんだよ。名前ちゃんはもう娘みたいなものだからね」
柔らかく微笑んでくれるマスターに「ありがとうございます」と返して、煎れてもらったカフェオレを飲むとほどよい甘さに疲れが癒される。
バイトあがりの一杯が一番美味しいかも。まあ、マスターの作るものはいつでも美味しいけど。
もう一度カフェオレに口をつけたとき、チリンチリンと鈴が鳴った。
「あら、名前ちゃん久しぶりね」
『百合さん、お久しぶりです』
「大学合格したんですってね」
「おめでとう」と笑って言ってくれる百合さんはやっぱりとても綺麗だ。
「ありがとうございます」と返すと、「自分の娘のことのようで嬉しいわ」と百合さんは本当に嬉しそうに笑う。
マスターと同じこと言ってくれてる。
なんだか、嬉しい。
顔を綻ばせていると、またドアの鈴が鳴った。
「おや、花宮くんいらっしゃい」
「あら、こんにちは花宮くん」
「…どうも」
入ってきたのは花宮くんで、マスターと百合さんの二人に頭を下げると私の隣のカウンターに腰かけた。
『こんにちは、真くん』
「…大学の勉強はいいのかよ?こんなとこで呑気に油売って」
『そんなに詰まった日程じゃないよ。むしろ高校よりも自分のペースでできていいかも』
「そうかよ」と興味なさそうに返した花宮くんは、マスターが出してくれたブラックコーヒーを飲んだ。
相変わらず、高校生らしからぬ味覚だな。
翔一くんもだけど。
『あ、そういえばさ。キセキの世代の子達、花宮くんの学校には来てないの?』
「あ?来るかよ。つーか要らねえし」
『…そっか。…誠凛にはすっごい一年生が入ってるんだよ』
「そりゃ良かったな」
返事がテキトーだなあ。
恐らく聞き流しているであろう花宮くんに、つまらないとばかりに唇を尖らせていると、マスターが「そういえば」と何かを思い出したように此方を向いた。
「昨日は今吉くんが来たよ。名前ちゃんがいなくて残念そうだったけどね」
「あら?今吉くんてあの眼鏡の子ですね。名前ちゃんはやっぱりモテるのね」
柔らかな笑顔を向けながらそんなことを言うマスターと百合さん。
「モテませんよ」と首をふると、何故か真くんが隣で盛大に顔を歪めていた。
どこに不機嫌になる要素があっただろう?
『真くん?なんでそんな怖い顔してるの?』
「…生まれつきだ」
『えー…』
そんなわけないでしょ。
なんて思いながらも口にはしないで、困った顔で真くんを見ていると、「若いっていいねぇ」「そうですねぇ」とマスターたちが微笑ましそうに顔を見合わせていた。
それから少ししてお店を出ると、少しだけ肌寒く感じた。
まだ春だもんな。
はあっと息をはいて腕を擦っていると、ふいに肩に何かをかけられた。
「…ほらよ」
『え、真くん?…いいの?』
肩にかけられたのは見慣れないジャージだった。
私の後から店を出てきた真くんが掛けてくれたらしい。
何も言わない彼に無言は肯定とみなして、ありがたくジャージを羽織らせてもらったまま歩き出すとその隣を真くんも歩き出した。
時々他愛のないことを話がら歩く帰り道。
こんな日もいいなあ。
なんて思いながら指輪に触れると、今日は少しだけ暖かく感じた。
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