高校3年になりました8
和也さんと出会ったのは、私が短大の一年生のときだった。
高校の同級生で、同じ大学に通う男友達のバイト先に遊びに行ったとき、そこで初めて和也さんに出会った。
「おっ?コイツの知り合い?俺、市ノ瀬和也。よろしくな」
にこやかに笑う和也さんは3つ年上とは思えないほど無邪気な笑顔を見せてくれた。
一目惚れ、に近いものだった気がする。
それから数ヶ月後、私と和也さんは晴れて恋人同士になることができた。
毎日が幸せだった。
喧嘩をすることもあった。
それでも、私たちの毎日はキラキラと輝いていた。
そんな、ある日。
大学を卒業して、当たり障りのない事務職に就いてから1年。
ようやく仕事にも慣れてきたある冬の日。
和也さんの帰りを家で待っていると、携帯に一本の電話がかかってきた。
『もしもし?』
“っ、名前ちゃん…っ!!”
電話の相手は、和也さんのお母さんだった。
いつもと違う様子のお義母さんに、「どうしたんですか?」と首を傾げると、返ってきたのは最悪の言葉だった。
“…和也が……和也が、死んだのっ…”
『…え?』
“っ、地面が凍ってて…スリップした車に跳ねられて、それで…!”
そこからは、あまり記憶がない。
気づいたときには、病院の霊安室にいた。
横たわる和也さんはまるど眠っているようで、その頬に手を伸ばすと、ひんやりとした冷たさを感じた。
和也さんが、死んだ。
そこでようやく現実が目の前に突きつけられた。
動かなくなった冷たい和也さんを前に立ち竦んでいると、お義母さんから泥だらけになっている小さな紙袋を渡された。
「…あの子が…和也が、事故に遭ったとき持っていたの…。まるで、抱え込むみたいに、大事そうに…」
渡された袋の中身をだすと、小さな箱が入っていた。
まさか。
震える手でゆっくりとそれを開けると、中に入っていたのは紛れもない、結婚指輪だった。
『っな、んで…!!』
なんで和也さんが。
どうして彼でなければならなかったのか。
指輪を胸に抱えてその場に泣き崩れると、お義母さんが支えるように肩を抱いてくれた。
その日から、私の世界に色はなくなった。
あれだけ輝いていた世界が真っ白に見えるようになり、体重も激減した。
けれど、心配してくれる家族や同僚のみんなのおかげで、少しずつ体調を整え始めていたのだけれど、あっという間に1年が過ぎてしまった。
和也さんの、命日になったのだ。
彼のお墓を訪れると、無償に思い出してしまう彼の笑顔。
残されたのは、左手の薬指に嵌めた指輪だけ。
その夜、現実から逃げるように大量のお酒を飲んだ。
アルコールは気を紛らわせてくれるから。
そして、目が覚めたときには。
『私は、この世界にいたの』
これが、私の全て。
話終えたときには、辺りは真っ暗になっていた。
頼りない外灯の明かりに照らされるベンチに座る私と日向くん。
信じてくれる、そう言ってくれた彼に全てを話してはみたけれど、本当によかっただろうか。
チラリと隣を盗み見ると日向くんは眉を寄せていた。
「…それ、他に知ってる奴は?」
『いないよ。今初めて話してる』
「…んだよ、それ…」
やっぱり、ふざけた話だと怒っているのだろうか。
不安で日向くんを見つめていると、「ダアホ!!」とおでこを弾かれた。
『いたっ!!』
「なんで一人で抱え込んでんすか!もっと周りを頼って下さいよ!!」
『…日向くん…』
「…話しにくいこと…っつーのは分かります。それでも、その…苦しいことなら尚更一人で抱え込まないで下さい」
日向くん、君は本当に優しいね。
ううん、彼だけじゃない。
ここで出会った皆は優しい。
優しくて暖かい…私の世界を、また色づいて見せてくれる。
「ありがとう」と情けなくも、涙を流しながら言うと、日向くんは無言で頭を撫でてくれたのだった。
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