高校3年になりました5
「…そう、ですか…じゃあ、また来ます」
「ごめんなさいね」と謝ってくる笠松のお母さんに首をふる。
高校2年の夏のIHが終わったあと、笠松が部活に来なくなった。
真面目で責任感の強いアイツのことだから、未だにあのパスミスが尾を引いているのだろう。
けれど、このまま終わりになんてさせない。
笠松は必要な存在なのだから。
笠松家の門を出て、小堀と二人で再び笠松の家を見つめていると、「あの、」と綺麗なソプラノが響いた。
『すみません。私、笠松さんに用があるのですが…』
「え、…あ、ああ、す、すみません」
声をかけてきたのは、俺たちとそう変わらない年くらいの女性だった。しかもかなりタイプだ。
慌てて門の前から退くと、「ありがとうございます」と笑った彼女はそのまま笠松家の玄関へ。
ポカンとしながら彼女の行動を見ていると、俺たちが訪れたときと同じように笠松のお母さんが中から出てきた。
「名前ちゃん!?」「お久しぶりです。…あの、おばさんから幸くんの話を聞いて…幸くんは…?」「…ごめんなさいね、あの子、今家にいなくて…」「どこにいるか分かりますか?」「いいえ…わざわざ来てくれたのに…ごめんなさい」
謝る笠松のお母さんに気にしないでくれと首をふる彼女。
笠松の知り合いなんだろうか?いや、けどアイツは女の子が苦手だし…。
なんて考えていると、いつの間にか笠松のお母さんと別れた彼女が門から出てきた。
雰囲気からして年上っぽいな。
なんて、つい見つめていると、
『…あの、』
「えっ…あ、はいっ」
『もしかして、幸くんのお友達?』
首を傾げてそう聞いてきた彼女に、つい小堀と目を合わせてしまう。
…幸くん?
「…あの、幸くんって、もしかして笠松幸男のことですか…?」
『え、ああ、うん。ごめんなさい。昔からそう呼んでて…』
なん…だと…?
昔から?つまり、この美女は笠松の幼なじみ的な感じなのか!?
「笠松め…羨ましいいいいいいいいい!」とつい口に出してしまうと、小堀に頭を叩かれた。酷いな。
ダメージを受けた頭を擦りながら小堀をジト目で見ていると、それを無視する小堀が笠松の幼なじみさんと話始めた。
「あの、お名前は?」
『苗字名前、高校3年です』
「俺は、小堀浩志です。高2です」
「も、森山由孝です!同じく高2です!」
「俺たち、笠松と同じバスケ部で…」
『あ、やっぱり幸くんの友達だったんだね。二人のこと、幸くんから聞いたことあるんだ』
笠松が俺たちのことを?
キョトンとしたまま小堀と目を会わせると、苗字さんはクスクスと笑った。
『幸くん、凄い楽しそうだった。バスケ部の…君たちのこと話してくれるとき』
「そう、ですか?」
『うん。…けど、この前のIHのこと聞いて心配になって…電話にも出てくれないし…』
「だからわざわざ家まで?」
『それくらいしか、思い付かなかったの』
眉を下げて自信無さそうに微笑んだ彼女。
羨ましい。こんな幼なじみがいるなんて。
そして、今すぐに笠松をぶん殴ってやりたい。
この人にこんな顔をさせるだなんて。
「もう、帰られるんですか?」
『うん。私、東京住みだから…あ、でもその前に1つ寄って帰ろうかな』
「寄る場所?」
『この近くの公園なんだけど、よくそこで幸くんがバスケしてたのを見てたんだ』
懐かしそうに目を細める苗字さん。
「俺たちも一緒に行っていいですか」と尋ねると快く了承してくれた。
それから三人でその公園に向かって歩きながら、ふと気になることを思い出す。
「あの、神奈川に住んでらしたんですか?」
『うん、小さいときにね。中学に上がる前に東京に引っ越しちゃったけど、その前は幸くんとはお隣さんだったんだよ』
なるほど、それで幼馴染みか。
小さいときから知っていたなら、笠松が彼女を苦手としないのにも頷ける。
「そうなんですね」と納得したように返すと、ふふっと笑った苗字さん。
けれど、そのすぐ後に彼女は足を止めて、笑みは消して、驚いたように目を丸くした。
どうしたのかと思い、小堀と二人で足を止めると、彼女の視線の先をおった。
そこには、恐らく彼女の言っていた公園があった。
でも、それだけじゃない。
『ゆき、くん?』
「か、笠松っ!!」
公園のベンチに座っていた笠松は、俺の声に肩を揺らしてからゆっくりと振り返った。
「っ…お前ら…それにっ…なんで名前姉まで…」
目を見開いてこちらを見る笠松は、明らかに表情が暗い。
何してんだはこっちの台詞だ。
いつまで落ち込んでんだ。
あれはお前一人の責任じゃない。
言いたいことは山ほどあるのに、どれも口から出てこなくて、つい押し黙ってしまうと、俺たちの隣にいた彼女がいち早く動いた。
『…幸くん、』
「っ」
笠松の前まで歩いていった苗字さんは柔らかく笠松の名前を呼ぶ。
それから逃げるようにうつむいた笠松に、彼女は眉を下げて悲しそうに笑った。
『…幸くん。話、聞いたよ』
「…俺は…もうバスケはやめるって決めたんだよ」
『それでいいの?幸くん、それで後悔しないの?』
「は?」
『幸くん、バスケすごく好きなのに、それなのに今やめて、幸くんは「黙れよ」っ』
「バスケしたこともねぇくせに、名前に何が分かるんだよ!!!」
「おい!笠松!そんな言い方!」
わざわざここまで会いに来てくれた彼女に失礼だ。
そう言おうとすると、それを遮るように苗字さんが緩く笑った。
それも、とても綺麗に。
『…そうだね。私、バスケのことはあんまり知らない』
「だったら」
『でも、幸くんのことはよく知ってるよ』
真っ直ぐに笠松をとらえる視線に笠松はうつ向かせていた顔をあげた。
『私の知ってる“笠松幸男”は、責任感が強くて、いつだって自分の気持ちに真っ直ぐに生きる男の子だよ』
「っ」
『だから……逃げないでよ、幸くん。幸くんは後悔するよ。今、ここで逃げたら絶対後悔するよ?だから、逃げちゃダメ』
「…けど、もうチームに俺なんて必要ないだろ…?」
『お馬鹿!じゃあ、なんで森山くんと小堀くんはここにいるの?』
「え…」
苗字さんの言葉に笠松は驚いたように俺たちを見た。
何そんなに驚いてんだよ。
なんで当たり前のこと分かってないんだよ。
俺たち、仲間だろ。
『…心配してくれる二人からも、逃げるわけ?』
「それは…」
迷ったように瞳を揺らした笠松。
けれど、次の瞬間、笠松は顔をあげた。
あ、笠松だ。いつもの笠松だ。
「……悪い、森山、小堀…。俺は…」
「謝るなよ、笠松」
「そうだ。俺たちはお前に謝って欲しくて来たんじゃねぇしな」
「………そうだな」
真っ直ぐな目の笠松は俺たちから再び苗字さんへ視線をうつした。
「ごめん、名前姉。あんな言い方して…」
『ううん、いいの』
「…俺、逃げねえから。だから、今から監督んとこ行ってくる。行って、謝ってくる」
そうだよ笠松。それでこそお前だよ。
嬉しそうに笑った苗字さんは「いってらっしゃい」と笠松に微笑んだ。
その後すぐに、笠松は監督の元へ行って謝ったらしい。
そこで新キャプテンに任命された笠松は、俺たちよりもまず名前さんに電話をしていたのだった。
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