高校3年になりました3
“俺、頑張りますね!だから、最後の全中、見に来て下さいよ!”
そう、和成くんに誘われてしまえば、断るなんて選択肢はないし、そもそも普通なら断る理由もない。そう、普通なら。
けど、誘われた試合が悪かった。
対戦相手は、あの、帝光中なのだ。
テツヤくんとの約束で、彼らの試合は見に行かないようにしていた。
けれど。
『(来ちゃったな…)』
応援の声が響く中、空いている席をみつけて腰かけると、ちょうど試合が始まる所だった。
良かった、間に合った。
少しの不安を胸にコートを見ていると、周りの声が耳に入ってきた。
「みろよ、キセキの世代だ」
「化け物だよな。あんなのに勝てるわけないだろ」
隣から聞こえてきた言葉に、少しだけ首を捻る。
けれど、試合が進むにつれて、その意味がよく分かっていく。
“101 対 25”
もはや、試合の結果は目に見えている。
それでも、和成くんは諦めずに食らい付いている 。
じんわりと虚しさが広がるなか、試合終了のブザーが鳴り響いた。
それと同時に、和成くんの中学最後の夏が終わったのだ。
涙を流す和成くん。負けて悔しいのだから、それは普通のことだ。
けど、勝ったはずの彼らが、笑顔の1つも見せないのはなぜ?
「みろよ、帝光のあの態度。勝って当たり前ってことかよ」
「あいつら、試合しながら誰が一番点とれるか勝負してんだぜ?」
「なんだよ、それ…相手なんて眼中にねぇってか?」
違う。私の知っている彼らとは全然違う。
テツヤくんの言っていた意味がようやく分かった。
“今の僕らのバスケは…苗字さんを傷つけてしまうと思います…”
あの日、テツヤくんに言われた言葉お思い返しながら階段をおりる。
今日は、和成くんに会うのはよそう。
そう思って、出口へ向かったときだった。
「名前さん?」
『っ、…征十郎くん…それに、皆も…』
背中にかけられた声に振り向けば、そこには久しぶりにカラフルな後輩たちの姿が。
一番始めに、テツヤくんを探してしまうのは、罪悪感からかもしれない。
驚いている彼に「約束、破ってごめんね」と言うと、テツヤくんは小さく首を横にふった。
「…僕の方こそ、すみません…」
「?なんの話スか?」
『…ううん、それより、試合お疲れ様』
「…別に、疲れてねぇけどな」
「だよねー。相手弱すぎてつまんなかったし」
ああ、彼らはこんなにも変わってしまったのか。
ソッと目を伏せると、「ところで」とまるで別人のような征十郎くんと目があった。
「…随分会っていませんでしたが、今日は、なぜここに?」
『…知り合いの子の応援にね』
「それは…僕たちではないんですね」
『…うん。違う子だよ』
まるで刺すような視線。
征十郎くんはこんなに威圧感のある子だった?青峰くんはこんなに瞳が暗かった?黄瀬くんは勝ったのに笑わないような子だった?
変わってしまった彼らに、胸が痛む。
「ごめんね」と苦し紛れの謝罪を口にすると、征十郎くんが緩く首をふった。
「別に気にしないで下さい。貴女の応援があろうとなかろうと、僕たちの勝利が変わるわけではありませんし」
「ちょ、あ、赤司っち!…つ、次見に来てくれればいいっスよ!」
『…ありがとう、黄瀬くん。けど…もぅ見には来ないかもしれないな』
「え?」
キョトンとした顔の黄瀬くん。
私は今から、この子たちを傷つける。
『君たちが、試合中に相手を馬鹿にした自分勝手な“ゲーム”のような事をしているうちは見に来ないよ』
「…なにそれ?結局名前ちんもその辺の奴らと一緒なわけ?弱い奴らに合わせて、面白くもない試合に本気だせってこと?」
「…なんで下手な奴らに俺らが合わせなきゃなんねぇだよ?それこそ可笑しいだろ。俺らがバスケを“楽しめる”ように、賭けの1つくらいしたって当然だろ?」
痛い、痛い、痛い。
胸が痛い。目頭が熱い。
和也さんは、いつだって楽しそうにバスケをしていた。
楽しそうにバスケができる彼が羨ましく思ったことだってあった。
だからかな、今、こんな風になっている彼らを見ていると、まるで胸のあたりがポッカリと穴が空いてしまったようだ。
『可哀想』
「…はあ?」
『…さっき、試合を見ててね、周りの人たちは皆のことをズルいとか天才とか化け物とか言ってた。次元が違うってこと…なのかな』
「…それが?」
『私には、貴方たちが可哀想に見えて仕方ない』
大きく見開かれた目。けれど、征十郎くんだけは、そのオッドアイを鋭く細めた。
「…たかが指輪にすがって生きているあなたに、そんな事言われる筋合いはありません
『……それも、そうだね…。だけど、私は…私は、前の皆が好きだった。皆のバスケが好きだった』
ツーっと右頬を伝った何か。
それに目を丸くしたテツヤくんも何故か泣きそうになっていた。
「それじゃあ」と背を向けると、後ろからテツヤくんの呼び止めるような声がした。
ごめんね、テツヤくん。今日だけ、聞こえないふりをさせてね。
もしかしたら、彼らに会うのはこれが最後かもしれない。
込み上げてくる何かを堪えるように下唇をかむ。
無性に、和也さんのバスケが愛しくなった。
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