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高校3年になりました2


『お邪魔します』

「あ!名前さん!!」


休日練習の休憩時間、静かに扉を開けて入ってきたのは、オレ達の2つ上先輩である苗字先輩だった。

指輪を探しだした翌日、彼女はまた体育館へやってきた。
「昨日のお礼です」そう言ってレモンの蜂蜜漬けを差し入れしてくれてから、先輩は監督とも、俺たちともドンドン仲良くなった。

「これ、今日の差し入れ」と笑いながら監督にタッパーを渡す先輩の姿は、もう見慣れたものだ。
ここに来るとき、必ずと言っていいほど何かを持って来てくれる先輩は、ありがたいのだけれど少し申し訳なくも感じる。
監督と柔らかく笑いながら話す先輩を見ていると、ふと、頭に過ったのは彼女の泣き顔だった。


“っ…あり、がとう…!!ありがとうっ、本当に、ありがとう…!! ”


こぼれ落ちる涙は、何故かとても綺麗で、泣きながら安心したように笑う先輩もとても綺麗だった。

ぼんやりとそんな事を考えていると、「伊月」と日向に話しかけられた。


「いいのか?苗字先輩のとこ行かなくて?」

「は?なんだよ、それ?」

「先輩が来たら、いつも駆け寄っていくだろ?しかもすげー嬉しそうに」

「なっ…!そ、んなことないだろ!」

『何の話?』


日向に声をあげていると、話題の人物が不思議そうに首を傾げて現れた。
なんてタイミングだ。
「いえ、その、なんでもないです」となんとか誤魔化していると、日向が笑いを堪えているのが分かった。
イーグルアイなめてんのか。
少し納得できなそうにしながらも、それ以上は追及して来ない先輩に感謝しながら、話題をそれとなくそらす。
「今日の差し入れはなんですか?」「ああ、ゼリーだよ」「もしかして手作り?」「…一応…」「マジですか?監督にも見習ってほし」「何か言った?日向くん?」「…な、ナンデモナイデス」
下らない話で盛り上がっていると、「…そういえば、」と監督が日向の頭を一殴りしてから、思い出したように声をあげた。


「伊月くん、名前さんの前だと、いつもの寒ーいダジャレ、言わないわよね」

「え」


そんなこと…あるだろうか?
「ダジャレ?」と首をかしげる苗字先輩と「そういえばそうだな」なんて不思議そうにチームメイト達も首を傾げる。


「そう…かな?」

「うんうん、言ってない!言ってないわよ!」

「伊月がダジャレを言わないなんて…ただのイケメンになっちゃうじゃん!!」

「!!それはダメだ!!」


やいやいと好き勝手騒ぐコガや日向たちに白い目を向けていると、ふいに苗字先輩が小さく呟く。


『聞いてみたいなあ』

「え」

『伊月くんのダジャレ、聞いてみたいな』


「ダメかな?」なんて眉を下げて尋ねてくる先輩に、何故か頬が熱くなる。

“先輩が来たら、いつも駆け寄っていくだろ?しかもすげー嬉しそうに”

ああ、もう、さっき日向が変なことを言ったせいだ。妙に意識してしまう。
ジッと見つめてくる大きな瞳を見つめ返して、「ダメじゃないですけど」と返すと、苗字先輩の目が嬉しそうに見開いた。


『本当?』

「あ、いや、その…ダメ、じゃないんですけど…その…なんか今、思い付かなくて…」


これは本当だ。
今、俺の頭には、ダジャレのダの字も出てこない。
身体中の全神経が全て目の前の彼女へと注がれているように、今は、苗字先輩が頭から離れてくれない。
せっかく先輩が俺のダジャレを聞きたいと言ってくれているのに、なんて使えないんだ、俺の脳。

「そっかぁ、なら、また今度聞かせてね」といってくれる苗字先輩に頷き返すと、先輩は柔らかく笑う。
ああ、やっぱり綺麗だ。
熱い顔で先輩を見ていると「じゃあ、今日はもう帰るね」先輩は小さく手をふると、体育館の出口から出ていった。
その姿を見つめてから、小さく息をはくと、「伊月ー」他の部員たちがニヤニヤしながら見てきた。


「…なんだよ?」

「“なんか今、思い付かなくて”だと?年がら年中頭の中、ダジャレが詰まってるようなお前が?」

「う、うるさいなぁ…本当のことなんだからしょうがないだろ」

「むふふ、伊月くん。なんで名前さんといるとダジャレが思い付かないのか分かる?」


楽しそうにそう聞いてくる監督。
目が輝いているな。
ワクワクと効果音がしそうな監督と仲間たちにため息をついてから、さっき先輩が出ていった扉を見る。


「分かってるよ」

「じゃあ!」

「けど、言えるわけないだろ?」

「なんでよー?」

「…名前先輩の目に映ってるのは、1人だけだからだよ」


そうだ。言えるわけない。
ソッと目を細めると、輝いていた監督の瞳も同じように伏せられた。
誰にでも分かる。あんなに大事そうにしているのを見せられたら、なおさらだ。
いったいどこの誰ともしらない、彼女に指輪を渡した相手。
きっとそれが、名前先輩の大事なヤツなのだろう。
ぼんやりしながら、名前も知らない人物を羨んでいると、「それでいいのか?」日向が言う。


「…俺が、名前さんに“好きだ”と伝えたところで、困らせるだけだろ?」

「けどよ」

「まあまあ日向。伊月がいいって言うんだ。それなら、今はそれでいいじゃないか。相手を想う形なんて人それぞれだしな」


いつも通りの笑顔の木吉に頷き返すと、「」れもそうねとか監督も笑った。
日向はどこか納得できなそうな顔をしているけれど、俺に言わせれば、人のことより自分のことに集中してほしい。
中学時代から監督に告白できずにいるのは、どこのどいつだ。

苦笑いしながら日向の肩を叩いたところで、監督から「練習再開っ!」と合図をもらう。
あの人が、名前さんが苦しまないようにできることをしたい。
そんなことを考えながら、練習を再開するのだった。

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