夢小説 完結 | ナノ
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再会


バスに揺られること数時間。目的の合宿所に着いたのは、お昼前だった。
バスを降りて、狭い車内から開放された体を思いっきり伸ばすと、「黄瀬くん、」聞き覚えのある、柔らかな声が聞こえた。あ、この声は。


「黒子っち!!」

「どうも」

「おう、今日からよろしくな」

「おっす!火神っちもよろしく!!」


黒子っちと火神っちの2人に笑いかければ、普段は表情を崩さない黒子っちの頬が、ほんの少し綻んだのが分かった。それに吊られるように自分も口元を緩めていると、「黄瀬、行くぞ」笠松先輩に呼ばれた。
そういえば、笠松先輩が合宿に参加するのもこれが最後だ。最後の思い出にと、各校の3年生も何人か参加するらしい。
暫く聞かなかった懐かしい声に「はい!」と元気よく返して先輩の後を追うと、先輩がどことなく嬉しそうに笑ったのが見えた。

あ、懐かしいと言えば。

ここに来る前、バスの中で夢を見た。帝光時代の、まだ、名前っちと笑いあっていたあの頃の。
黒子っちに言おうと思っていたのに、忘れていたな。後で話そう。
なんて考えながら、落ちそうになったエナメルの肩紐をかけ直して、合宿所の中へ。


「あらあら、皆さんどうも」

「この度は、どうぞよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


出迎えてくれたのは、優しそうなおばあさんだった。なんだか自分の祖母を思い出す。この人がここの管理をしているのだろうか。と考えていると、「お手伝いに若い子もいるので、何かありましたら、その子か私にお伝え下さい」とおばあさんはニッコリ笑って後ろを振り向いた。


「名前ちゃーん!お客様、着きましたよー!」

『はーい!』

「……え…」


少し張り上げられた声で呼ばれた名前と、それに答えた声。嘘だ。そんな、まさか。
目を見開いて固まっていると、奥の廊下から現れたのは。


『すみません、えっと…ここのお手伝いをさせて貰ってます。苗字名前です。よろしくお願いします』

「……名前…っち……?」


ずっと探していた彼女が、そこに、いた。

どうして、なんで、ここに。
聞きたいことが多すぎて、考えもあまり纏まらないまま彼女に詰め寄ると、驚いた顔をした名前っちが後ずさろうとする。それを止めようと肩を掴めば、「お、おい!黄瀬!」森山先輩の諌めるような声がした。


「い、今までここにいたんスか!?」

『っえ?』

「ずっと!…ずっと、探してたんスよ…?俺、謝りたくて、それでっ『…あの』っ」

『…あの、何処かで、お会いしましたか…?』

「……え?」


困ったように見上げてくる彼女に、次に出てくるハズの言葉が飲み込まれ、変わりに情けない声が漏れた。
今、なんて言った?冗談スよね?
引き攣る頬で無理矢理笑顔を作って「何言ってるんスか?」返せば、困ったように眉を下げる名前っちに心臓が嫌な音をたてた。

嘘だ。こんなの、嘘だ。
だって、これじゃあまるで。


「……まだ、怒ってるんスか?だから、そんな嘘ついてるんスか??」

『嘘…?…すみません。あの、本当に分からなくて…』

「っそ「黄瀬、少し黙れ」っ…赤司っち…」


そんなはずない、と言おうとしたけれど、それを遮るように赤司っちが前へ。未だに困惑した表情を見せる名前っちと向き合った赤司っちは、ほんの少し、何かを恐れるように、ゆっくりと口を開いた。


「すみません…あなたが…あまりに、知り合いに似ていて、」

『え…じゃあ、私の中学の時の友達、とかですか?』


パチパチと、瞼を瞬かせる様子は、嘘をついているように思えない。もしかすると、同姓同名の別人なのか、と思ったとき。


『すみません、私、中学の時の記憶が全部ないんです』

「……記憶が……?それって…」

『記憶喪失なんです。部分的なものですけど』


それは、俺たちにとって、あまりに酷な台詞だった。
何も言うことが出来ずに俯いたまま固まってしまう。「そう、なんですか、」と応えた赤司っちの震えた声に、ゆっくりと顔をあげれば、そこにはやっぱり名前っちがいた。ぱちっと目が合うとふにゃりと笑って見せたそれは、俺がよく知る彼女と変わらない。あの頃の、まだ俺たちが体育館で笑いあっていた頃の、笑顔だ。
なんだか泣きそうだ。
堪えるために下唇を噛んでみたけれど、握った拳が震えてしまう。溢れてくるものを隠すように顔を反らせば、タイミングよく黒子っちが声をあげた。


「人違いですよ」

「「「!!」」」

『え、そうなんですか?』

「…はい。さっき彼も言いましたが…僕らの友人に、あなたがよく似ていたので…」


「すみません」と言った黒子っちはどんな顔をしていたのだろうか。もしかしたら、俺と同じように情けない顔をしていたのかもしれない。だって、後ろの緑間っち達は、そんな顔をしていたから。

何処かホッとしたように肩を落とした名前っち。「それなら、いいんです」と向けられた笑顔は、やっぱり、俺たちのよく知る笑顔そのもので、また、泣きたくなった。

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